蒼の行く手は、相手チームに阻まれた。長い脚に、相手の脚が蹴りを入れる。うわあ、痛そう。それでも蒼は転ぶことなく、再びボールを目指して走り出す。
「……蒼ちゃんが試合してるとこ、初めて見たかも。こんな感じなんだ……」
吐息のような声は、選手たちの掛け声にかき消され、夏の空気に溶けていく。陽光を浴びた日菜子の瞳は、光を反射して濡れていた。
選手たちがフィールドを颯爽と駆け抜けていく。力の差は、サッカーなんて全然分からないわたしでも分かるくらい。西高の選手が蒼たちのボールをパッと奪って、ゴールに向かって突っ込んでいく。まるで、西高はボールと戯れているみたいだった。そんな西高を、東高が必死で食い止めようとしている。
蒼が身体をぶつけながら、ボールに脚を伸ばす。日菜子が小さく声を漏らした。わたしと若葉も、息を止めてその姿を見守っている。
「蒼ちゃん……!」
祈るような声が、落ちていく。蒼がボールの主導権を取り返し、ゴールを目掛けて走っていく。その後ろを、沢山の選手が追いかけた。逃げ切って! そう思ったとき、隣の人影が揺れた。
「蒼ちゃあああん! 頑張ってえええ!」
日菜子が柵を勢いよく掴んで身を乗り出し、場内を裂く声で叫んだ。わたしと若葉が呆然と見ると、日菜子は細い喉を震わせて、レンズの向こうの潤んだ瞳は太陽にきらきらと揺れていた。
空気が止まる。蒼の目線が、一瞬こちらに向けられた。そして、綻ぶ。
蒼の蹴ったボールが、ゴールに突き刺さった。網がガサッと揺れて、東高サイドから歓声が沸いた。チームメイトに肩を組まれて笑う蒼が、日菜子に大きく手を振る。隣の選手に何か聞かれた蒼は、爽やかな笑顔でこう叫んだ。
「可愛いでしょ? ……私の彼女!」