バタバタしながら電車に乗り込み、主要駅で別の路線に乗り換える。日菜子は口数少なく、緊張したような顔で窓から景色を眺めていた。
「はー、西高の女子サッカー部、強そうだね。昔からあるっぽいし」
若葉がスマートフォンをスクロールしながら言う。画面には、さっき見た西高のSNSが映っていた。
「そうなんだ……そもそも女子サッカーって珍しいよね。海浜にはないし、東と西にあるのも知らなかった」
相槌を打つ。運動神経が悪いので、女子サッカーなんて全然知らなかったし、興味もなかった。そういえば、カナデって運動どうなんだろう、とふと思う。見た目は結構、出来そうな感じがするけれど。
「……東高の女子サッカー部は、最近出来たんだって。でも、部員の数が足りてなくて。部長の人が蒼ちゃんの知り合いみたいだから、しょっちゅう助っ人に入っているの」
流れる景色を眺めながら、日菜子が口を開いた。見慣れない街並みが、一瞬で通り過ぎていく。
「……蒼ちゃん、誰にでも優し過ぎるよ」
日菜子が呆れたように呟く。目を伏せた顔に、諦めたような影がちらっと見えた。蒼の姿を思い出す。人の良さそうな笑顔を浮かべ、物腰柔らかで丁寧なその姿勢は、きっと誰からも好かれるだろう。ちょっとだけ、ほのかに似ているような気がした。以前見た二人は仲が良さそうだったから、通ずるものがあるのかもしれない。
電車に揺られ、スタジアムの最寄駅に到着する。人気のない駅前のロータリーには、地元のサッカーチームのマスコット像が、一人ぽつんと鎮座していた。いたるところにそのキャラクターが描かれた旗やチラシが見えるので、どうやら街では愛されているみたいだった。マスコットを横目に、スタジアムを目指す。
十分ほど歩くと、木々が茂る運動公園が見えてきた。その奥に、コンクリートのスタジアムがどっしりと構えている。地元チームの試合がない日だからか、辺りはシーンと静まり返っていて、わたしたちの足音だけが響いていた。
真夏の太陽が容赦なく照りつける。楽器ケース、駅に預ければ良かったな。重さに引っ張られるケースをチラッと見て、後悔した。
「若葉ちゃん……本当に行くの?」
「ここまで来て何言ってんの日菜子氏!」
気まずそうな表情をした日菜子の腕を、若葉がぐいぐいと引っ張る。人気がなさすぎて、スタジアムに入るのを躊躇う気持ちは少し分かる。わたしも一人だったら、本当に入って良いのかな〜と辺りをぐるぐるしてしまうだろう。でも、さっき声援お待ちしていますって書いてあったし。部外者が入っても大丈夫なはず!
「日菜子ちゃん! 行こう!」
自分を鼓舞し、若葉と一緒に日菜子の腕を引っ張る。日菜子は唸りながらも、その歩みを進めてくれた。近くにあった適当な入り口に侵入し、長い階段を上っていく。階段を上り切った先には、鮮やかな緑色をしたサッカーコートが広がっていた。
「すご……」
あまりの広さに、言葉を失う。中央のサッカーコートを囲うように、沢山の客席が配置されていた。ドーナツ状の天井からは、傾き出した太陽が、燦々と選手たちを照らしている。
「ちょうど後半戦が始まったとこじゃん?」
若葉が電光掲示板を見て言う。3対0の表示が、なんだか重く感じてしまった。階段を下りていき、最前列の客席に到着すると、選手たちの姿もだいぶ見えるようになってきた。
「あ……蒼ちゃん」
日菜子が口を開いた。どれだろうと視線を送ると、一人背丈の高い選手に焦点が定まる。蒼だった。他の選手に揉まれながら、ボールを蹴って進んでいく。