「……で、日菜子氏、今どういう状況?」
若葉がスワークルをずぞっと吸いながら聞く。日菜子は俯いて、膝の上の拳を見つめた。冷房の風が、白い腕に鳥肌を立てる。
「蒼ちゃん、私より学校の子の方が大事なんでしょって言っちゃって、アプリ……ブロックした」
「ブロックはやり過ぎじゃね?」
気まずそうに言う日菜子に、間髪入れずに若葉が突っ込む。ブロック……それは確かに、ちょっとやり過ぎな気がしなくもない。わたしも困って、それを誤魔化すように冷めたカフェラテに口をつけた。相変わらずの苦味が、じんわりと身体を満たす。
「だ、だって……これ以上繋がっていたら、きっと、もっと蒼ちゃんを傷付けることを言っちゃうから。私、蒼ちゃんに酷いことしか言えない」
「そうかもだけどさー……きっと蒼氏、心配してるよ」
若葉は珍しく、その目を伏せた。本当に、心から心配をしているような顔。いつもおちゃらけた様子の若葉が、こんな表情をするなんて。わたしは、果たしてどうだろう。若葉みたいに寄り添えてるのかな。今までの人間関係は浅いばっかりで、相談に乗れている自信がない。冷めたカフェラテを手に持つけど、なんだか飲む気になれなかった。
「……蒼さん、今日は何してるの?」
何か言わなきゃと思い、蒼の予定を聞いてみた。とりあえずブロックしたままだと、人の良い蒼は若葉の言うとおり心配してしまうだろう。ブロックだけは、たぶん早めに何とかした方がいい。
「今日? えっと……女子サッカー部、西高と練習試合だって」
日菜子がピンクのスマートフォンを取り出して、アプリを開く。どうやら、二人はお互いのスケジュールを共有しているようだった。びっしりと予定の詰まったカレンダーが、ちらりと見える。
「そっか……今日も、部活なんだね」
「そうなの。女子サッカー部、人が足りないみたいで……しょっちゅう、駆り出されてる」
日菜子はつまらなさそうに、唇を尖らせた。元が可愛いからか、ヤキモチを妬いている姿も可愛らしい。同じヤキモチでも、わたしのは……。唇を尖らせて、ぷんぷんとカナデに怒っている自分を想像する。全然可愛くないな。絶対やめた方がいい。
「よっしゃ、じゃあ今から行くか!」
若葉がスマートフォンを片手に突然立ち上がって、わたしたちを見下ろす。瞳が、電灯の光できらっと輝いていた。
「えっ。若葉ちゃん、行くってどこに」
日菜子の分厚いレンズの向こう側にある瞳が、動揺に揺れる。引き攣った口角を隠そうと、不自然な笑顔になっていた。
「西高女子サッカー部のSNSに、今日の練習試合は十四時半から、市内のスタジアムでやるって書いてある。今から行けば、試合終了までには間に合うはず」
若葉はスマートフォンを掲げながら、早口で告げた。その画面には、『声援お待ちしております!』という文字と共に、スタジアムの場所が記載されている。この駅から、途中で電車を乗り継いで、十五分くらいで着く駅だった。
「行こう、日菜子氏」
若葉が、日菜子に向かって手を伸ばす。日菜子は困ったような顔をして、その手を見上げていた。
「ええ……でも、会ったところで……それに、私、今日眼鏡だし……」
ぼそぼそと言い訳を告げる日菜子を見ながら、冷えたカフェラテを一気に飲み干す。苦味が喉を通って、胸に広がった。カナデの好きな味。そう思うと、この苦みも悪くない。
マグカップをトンッと置いて、わたしも立ち上がった。目をまんまるにした日菜子が、わたしを静かに見据えていた。
「日菜子ちゃん、行こう。ちょっとでも勇気を出さないと、きっとわたしたち、変われない」
若葉の手と合わせて、わたしも日菜子に手を伸ばす。側から見たら、すごくシュールな光景だった。辺りの客が、野次馬のようにわたしたちの姿をチラチラと見ている。だからどうか、早くこの手を取って欲しい。
すっかり困ってしまった表情の日菜子は、わたしと若葉を交互に見つめた。眉を顰め、どうしようかと考えている。きょろきょろと瞳が彷徨い、いつもより乱れた髪が揺れている。
「……分かった」
俯いていた日菜子は顔を上げ、両手でわたしと若葉の手を取った。
「行こう、蒼ちゃんのとこに」
「それでこそ日菜子氏!」
若葉が一目散に店を出ようとダッシュする。机には、スワークルと鞄がポツンと残っていた。
「ちょっと待ってよ!」
わたしが慌てて叫ぶと、日菜子が「若葉ちゃん!」と笑いながら追いかけた。