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時をかけるミカン

「冬休みの宿題を忘れた!?」


「うん、この前までいた旅館に置いてきちゃったみたい……」


 俺は息子からの報告に絶句した。長期休暇で温泉街に行ったのはいいが、宿題を宿に忘れてくるとは。こつこつと進めたのに! 冬休みは今日まで。明日、宿題を持っていけなければ、我が子は笑いものになる。「クラス一の優等生」を演じて内申点をもらい、進学に有利になる作戦がパーだ。


 待てよ、あの旅館には確かアレがある。噂が本当であれば、こたつ型のタイムマシンがあったはずだ。にわかに信じがたいが、本当ならばミスを帳消しにできるかもしれない。


「よし、お父さんが宿に連絡してみるよ」





「ああ、あなた達ですね。宿題を取りに来たというのは」


 旅館の住み込みアルバイトが、バインダーのリストを確認している。なんだか、やる気がなさそうで心配になる。本当に大丈夫なのだろうか。


「ところで、お代はいくらになるかな? 一週間前に戻るのだから、かなりかかるのは覚悟している」


 すべては内申点のため。無理をしてでも宿題ノートを取り返してみせる。


「えーと、一週間なら、お代はみかん七個分ですね」


「へ? みかん七個分? いや、どういうことだ」


 バイトは「タイムマシンですが、燃料がみかんなんですよ」と意味不明なことを言いだす。


「みかんが燃料? まあ、細かいことはいい。みかん七個分で済むなら安いものだ」


 俺が代金を取り出そうとすると、「お金じゃなくて、みかんを持ってきて欲しいっす」と

バイト。


 みかんを持ってこい? この温泉街にみかんを売っているところなんて、あったか?


「ねえ、お父さん。あそこに、みかんを売ってるよ!」


 息子が指し示す方を見ると、確かにみかんが売られていた。一個一万円で。つまり、宿題を取り返すのに七万円かかることになる。ここまでの旅費を考えると、どこかに買いに行くだけで七万円かかる。くそ、電話で代金を聞いておくべきだった……。焦りすぎたのが悔やまれる。


「分かった、あそこで買ってくる。それで、みかんをどうやって使うんだ?」


「簡単な話、こたつ型タイムマシンにみかんを乗っけた数だけ、過去に戻れるんすよ。だから、一週間前なので、みかん七個なんすよ」


「原理は分からんが、早く過去に戻して欲しい」


「一点だけ注意っす。今回のタイムトラベルの方式は……」


「分かった、分かった」


 適当に返事するが、問題ないだろう。バイト側も適当なのだから。





「さて、準備はできました。過去に戻って、用が済んだら、みかんを全部食べてください。燃料のみかんがなくなったら、こっちに戻るっす」


 なんだか変な原理だが、タイムマシンなんてそんなものだろう。


「グッドラック。幸運を祈るっす」


 俺が座っているにみかんが乗ると、景色がぐるぐると回りだす。





「ここが一週間前か?」


 周りには、俺たちの旅行カバンが確かに置いてある。何かのマジックでない限り、こんなことはできない。そして、机の上に問題の宿題ノートがあった。これで、内申点が減ることはない!


 急いで引っ掴むと、勢いよくみかんを食べる。みかん七個を食べるには時間がかかったし、お腹いっぱいになった。正直、気分が悪い。


「これ、一ヶ月前なら、三十個食べるのか……」


 さすがに、そこまで戻る人はいないだろうが。


 燃料のみかんがなくなったからか、再び周りの景色がゆがみだす。過去よ、さらば。






「現代に戻った……のか?」


 俺は、こたつの中に座っていた。さっきまでは、宿題を置き忘れた机の近くにいたはず。ということは、ここは現代……?


「お帰りっす。無事、戻ってこれましたね。たまに、いるんですよ。みかんを食べ終える前になくして、こっちに戻れなくなる人が」


 バイトの話にゾッとする。そういう話は、前もってしておいて欲しかった。食べきるのが面倒だったから、危うくポイ捨てするところだった。食品ロスは許されないということか。


「用事が終わったのなら、こたつから出てください。後がつっかえているので」


 バイトの後方を見ると、ざっと十人ほどが待機列を作っていた。


「最後に一言。何が起きても知らないっすからね」


 バイトのその言葉は意味深だった。





 翌日。俺は、息子と持ち物点呼をしていた。


「財布は持ったか?」


「もちろん。なかったら、そもそも電車に乗れないからね」


 せっかく宿題を取り戻したのに、遅刻しては内申点が下がりかねない。すべては、優等生というイメージのため。息子が将来、いい仕事に就くため。輝かしい未来への線路を準備するのが親の努めのはずだ。


「……待った! 財布も大事だが、宿題ノートは持ったよな? それがなくちゃ、過去に戻った意味がない」


「もちろん! ほら、カバンの中に……。って、ない!」


「よく確認するんだ。昨日まではあったはず」


 息子がカバンをひっくり返すが、肝心なノートは出てこない。


 その時、バイトの言葉を思い出した。「最後に一言。何が起きても知らないっすからね」という言葉を。


「ねえ、お父さん。もしかしてだけど。ノートをこっちに持ってきたから、一週間前からノートが消えた。つまり……」


「これが、タイムパラドックスというやつか!」


 額をぴしゃりと叩く。


 もし、一週間前より過去に戻っても同じことの繰り返しだ。


 俺はつぶやいた。


「おいしい話には裏があるってことだな……」

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