カイトには身寄りがなかった。小さいころに、家が炎につつまれ、なんとか救出されたのはカイトだけだった。親戚もいないカイトを育ててくれたのは、マイだった。マイがいなければ、今のカイトはないだろう。
カイトは弁護士だった。正義の味方になりたかったのだ。なぜ、警察官ではないか。それは、火事の際に右腕を損傷したからだ。あの火事がなければ、と考えることは多々あった。
「カイト、無理をしてはダメですよ」
「分かってるって」
いつものことだ。マイがカイトの体を気遣うのは。
いつものように新聞を眺めていると、「ロボット反対派によるデモ行進発生」という記事が目に入った。ここ数年、ロボット反対派が急増している。それもそのはず、ロボットの普及によって単純労働者は仕事を奪われたからだ。タクシー運転手、コンビニの店員に警備員。多くの人々は職業を失ったが、弁護士という職業は例外だった。
カイトの義手はロボット工学の
そうして情報収集をしていると、ブザーの音が鳴る。「私が対応しますね」とマイは告げると――これくらいはカイトにもできるのだが――ドアを開く。そこには、経営者のような男性がいた。この弁護士事務所に来たということは、ロボット絡みの事件なのは間違いない。
カイトがソファーを勧めると、男性は一枚の写真を胸元から取り出し、机の上にそっと置く。それは無茶苦茶に壊れたロボットの写真だった。何かの事故にあったのではない。明らかに人為的に壊されている。パイプか何かで殴られたに違いない。その上、放火されたのか黒焦げている。ほとんど原形をとどめていなかった。
「実は先日、うちのロボットが反対派に無茶苦茶に壊されたのです。犯人は分かっているんです。先生には損害賠償請求の手伝いをして欲しいのです」
カイトにとっては朝飯前だった。最近になってこの手の相談が多くなっている。それと同時に「なぜロボットには権利がないのか」という疑問がついて回った。ロボットが物扱いされるのが我慢ならなかった。右腕が義手であること以外にも理由はある。
「それで、手数料はどれくらいでしょうか?」
カイトは類似例を示しつつ、「このくらいが妥当です」と料金を提示する。相手は安心したらしい。いつの間にかカイトはこう言っていた。「賠償請求だけでなく、刑事的な責任も問いませんか」と。
「先生、私はあくまでも賠償金が手に入ればいいのです。それに刑事責任を問うのは検察でしょう?」
「ええ、あなたの言う通りです。本件で刑事責任を問うことはできません。でも、今後の事件に関して刑事責任を問うことが可能になります。ロボットにも権利を与えるのです」
「しかし、私にメリットはないのでは?」
「もし、協力を得られるのなら、損害賠償請求について手数料は不要です」
その一言が効いたらしい。彼はすんなりと協力してくれると約束してくれた。
「カイト、本当に良かったのですか? ただで働くというのは」
どうやらマイはお金のことを心配しているらしいが、一回ただ働きして破産するほど経営がひっ迫しているわけではない。そのことを伝えると「それなら……」とマイは納得してくれた。
ロボットに権利を認めさせるには、それ相応の根拠が必要だ。カイトには一つ考えがあった。ただ、カイト一人で出来ることではない。知り合いのロボット研究者に連絡を取ると、「非常に面白い」ということで、お願いを聞き入れてくれた。カイトにとっては面白いの一言で片付ける訳にはいかない事情があるのだが。
カイト達がやって来たのはとある研究所だった。どうやら研究所に入るには顔認証が必要らしい。マイがシステムの前に立つが反応がない。マイの代わりにカイトがシステムの前に立つが反応がない。どうやら故障しているらしい。しばらく待つと、博士が内側から入れてくれた。
「首尾はどうですか?」
「君の望むデータが得られそうだ」と博士。
研究所の奥に進むと、二つの仮設ボックスが見えてきた。ボックスの中心には小さな穴が開いている。
今回の実験はこうだ。二つのボックスには、それぞれ人間とロボットが入っている。被験者が交互に会話し、どちらが人間か答えてもらう。現代のロボットは高度な会話も出来る。例えば「自我について」など。先ほどの博士の言葉からするに、ロボットを人間だと思った人が多いに違いない。
「それで、裁判の日はいつだい?」
「二週間後です」
「幸運を祈るよ」博士はそういうと、実験を進めるべく現場に戻っていった。
いよいよ裁判の日がやってきた。カイトには自信があった。ロボットの権利が認められるという自信が。マイには傍聴席で見守ってもらうことにしていた。留守番ということも考えたが、今回の裁判はマイに見届けて欲しかった。
裁判はすぐに決着がついた。ロボットの権利を認める形で。カイトは思わずマイと抱き合った。これは大きな一歩だ。
「カイト、おめでとうございます」
「ありがとう。今回の一件でマイにもいい影響があるといいんだけれど」
マイが口を開けかけた時だった。マイの肩越しに銃口がこちらに向けられているのに気づいたのは。
「マイ、危ない!」
そう叫んで身を伏せるが遅かった。男が「ロボットには死を」と言うと同時に、パーンという音が響き、マイの身体を銃弾が貫く。
「マイ、伏せるんだ! これ以上、撃たれたら身体がもたない!」
マイはカイトに覆いかぶさると「ワタシはダイジョウブですから」とつぶやくなり、反応がなくなった。それは
「マイ……」
まさかロボットの権利が見認められたその日に、マイを失うとは思ってもいなかった。カイトはマイを抱き起すと誓った。ロボットの権利が当たり前になるまで、マイのために戦い続けることを。