黒瀬が呼ばれて数十分後。
誰もいない教室で竹林は読書をしていた。
淡々と、黙々と、教室には心音と呼吸音しか聞こえないような静寂が続く。
静まり返った教室。
『やぁ。』
竹林の耳に昨日の声が聞こえてきた。
本を乱暴に机にたたきつけ辺りを見回す。
何もない。
ないはずだが、そこに確実に何かいる。
そんな感覚に陥った竹林の思考は確実に何かに支配されていた。
疑惑?現象?投影?疑心?
否。
それは、”恐怖”だった。
確実に”心”に”魂”の奥底に触られるような感覚。
「また、異能力?」
『その答えは昨日も言った。』
声は遠くで鳴ったり、近くで鳴ったり、思考を常に乱してくる。
『せっかくの力がもったいない。』
やがて、幻聴の息を超えたリアルの声は鼓膜を、脳を、心臓を、魂を揺らし始める。
そして、何とも言えない感覚と高揚感が頭の中を駆け巡り、やがて全身へと広がる。血液が沸騰してるような感覚。脳がはっきりとした感覚。まるでなんでもできそうなそんな感覚
その感覚が覚めると思考が巡りだす。
大量の汗を見つめ机に突き刺さる竹を見ると竹林 植は口角が自然に上がる。
「何でもできそうだ。」
そういうと窓の外に自分をいたぶった成熟しきらない哀れな虎を見つける。
「殺す。」
今まで押さえつけていた、怒りを絞り出すようにつぶやくと、おぼつかない足取りで教室を後にする。
────────────
虎は恐怖する。
目の前の同級生は昨日まで自分がストレスを解消するためにサンドバッグにしていたあの弱々しい竹林なのかと混乱する。
鋭い竹槍が再び鼻先まで投擲される。
その投擲を虎の目の躱すが、竹林はそんな動きを読み取ってか、連続で連投する。
さすがに目が体に追い付かなくなってきた虎は肩で息をし始める。
だが、竹の雨はやまない。
そして、ついに一本の竹が虎の右足を貫く。
「あ”ぁ”!!」
痛みに気をそらされたその後、二本、三本と同じ個所に刺さってゆく。
太ももとふくらはぎから下が別れを告げようと大量に血を流す。
赤い水たまりに動けなくなった虎は無表情の竹林を見つめると自然と謝罪の言葉がこぼれ出てきた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………」
虎の思考は今、恐怖に支配され”ごめんなさい。”以外の言葉を忘れたかのように謝罪をする。だが、竹林はそんな言葉など聞こえるそぶりも見せず、虎の顔面に最後の竹を突き刺そうと構えた。
竹林がその一本を突き刺そうと振りかぶった瞬間、乾いた銃声が辺りに響く。
ゴムの弾丸は竹林の後頭部に命中するが、竹林はゾンビのように起き上がり銃声の方へと体を方向転換させる。
その先にいたのは転入生、黒瀬 零だった。
「何をしている。」
至って冷静なその声色を気にすることなく、血を流す虎は大声で助けを求める。
黒瀬からは何を言っているのかはわからないが赤い水たまりにいる彼が助けを求めいていることだけは理解した。虎に気を取られていると竹林は投擲の構えを終えていた。
つまり、黒瀬の目の前に竹が投げられていた。
反応が遅れた黒瀬はかろうじてその竹をよけようと身をひるがえすが竹林はその真のの能力を発揮させる
BOM!!
破裂音と共に黒瀬の顔面へ爆風が襲い掛かる。
「なる…ほど……」
事前に情報は記憶していたが厄介な能力だと黒瀬は顔をゆがめる。
任意のタイミングでの爆破、それも何か言うわけでもなく自分の意志でそれが実行できる。
「とても、厄介だ。」
右半分についた煤を払うと軽く火傷した頬を触り、ただれた肌を軽く触る。
体温でも痛く感じるくらいにはただれている。
痛みや治療は後だと思考を目の前の竹林へと向けると竹林は準備していた無数の竹槍を投擲してきた。
黒瀬はその竹を避けていくとだんだんと竹林へ距離を詰めていく。
その間もゴム弾を打ち続けるが竹槍がその軌道を邪魔する。
そして、あと一歩。
竹林に触れられる距離まで来たとき黒瀬の腹部は赤く染まる。
「ごふっ………」
視線を降ろすと竹槍が黒瀬の腹部を貫いていた。
だが、黒瀬は微笑む。いつもの無表情とは違う、優しい顔で竹林にしゃべりかける。
「俺が一人でないように、キミも独りではない。」
竹林は小首をかしげると突然背中に衝撃が走る。
衝撃の正体はいつの間にかいた焔戸 燃と難場 十三の二人だった。
つかみかかっていたのは焔戸だ。いたずらっぽく笑うと焔戸はそのまま竹林を持ち上げジャーマンスープレックスを繰り出した。
世界が反転した竹林は気を失った。
重症の虎を移動させていた難場は手慣れた動きで虎の右足を応急処置する。
大量に血を失っている虎は緊張が解けたのか気を失った。
気を失った二人を見た黒瀬は突き刺さった竹を抜くとその場に座り込む。
「おいおい、大丈夫かよ。」
「問題ない。」
「はぁ、一応こっちきてください、処置くらいはします。」
軽く止血された黒瀬は竹林を抱え学校の医務室へと向かった。
虎は、医務室では治せない傷のため難場で救急車を呼んだ。
焔戸は我楽隊長へと連絡を取った。
『よし、分かった。任せろ。救急車は関係者しかいないから正確に状況説明してくれ。』
「了解。」
連絡を切ると、焔戸は教室へと向かった。
後日、目撃者は政府の実行部隊にて全員記憶消去の異能力で記憶を消された。
謎は多いが、ひとまず第一任務はこれにて終幕となった。
Ep7:FIN