オカマバー厨房にて、夕暮はフライパンを軽く振って醤油を少々たらす。
その香りが鼻孔へ入り食欲を刺激する。味を確かめるため、肉を一切れ手に取り急いで口へと運ぶ。
今、夕暮の作っているものは野菜多めのチンジャオロースだ。表でオカマ達のおしゃべりが聞こえていた。
そんな声も癒しのBGMとして虎は料理をする手が早くなる。
ちなみに、このオカマバーのメニューにチンジャオロースとかいう中華料理は存在しない。だが、常連やスタッフの要望でかなり自由にメニューを頼める。
「ココミさんチンジャオロース出来ました。」
声をかけると暖簾をかき分けて綺麗なメイクで決めたオカマ、ココミ・アヴ・キャサリンが来た。
「はぁい。トラちゃんいつもありがと~ん~この醤油が効いた匂いがワタシの食欲をかりたてるぅ。」
皿を持ちながら、陽気に軽くステップを踏みココミは表へと戻っていった。
その後ろ姿を見送ると夕暮は少し休憩するため、厨房にある高いところにあるものを取ったりするための台を椅子代わりに昨日作った焼きそばを食べる。冷えた焼きそばは味は濃ゆいだけでお世辞にもおいしいとは言えない味だった。少し顔をゆがめながらも焼きそばを平らげると、皿洗いを開始する。
蛇口をひねる音を聞きつけたのかここのオーナーが入ってきた。そして、無言で虎から皿洗い用のスポンジを取り上げる。
「モモエさん。まだ客いるでしょ?皿洗いくらい俺でもやるんで……」
「いいから、あなたは休んで。そうね。あそこの冷凍庫の奥の方にワタシの名前が書いてるアイスあるから食べていいよ。」
奥の大きな業務用冷蔵庫を指さすモモエオーナーは鼻歌を歌いながら皿洗いを始める。
虎はそれ以上は何も言わずに黙ってオーナーの言ったアイスを取り出し袋を開けて口へ入れる。
「それで?最近どうなの?」
「そうですね。あまり考えなくてよくなったかなと思います。」
「そう、それならよかった。」
虎とオーナーの出会いはここ二、三年で虎が中学生の卒業後……丁度、虎の母親の精神状態がおかしくなった頃だった。雨の中、母親と喧嘩して繫華街をさまよっていたところをオーナーと出会い、バイトとしてそして、たまに居候としてこの店で厨房係として働かせてもらっている。もちろん居候するのもいいが、オーナーの性格上ただで飯を食わすというのはフェアじゃなというのでここで料理を学んでいけという名目で厨房係に就任させられた。
「で、将来どうすんの?」
「まだ、高校入ったばっかっすよ?将来なんて、来年考えればいいかなって思ってますよ~」
「バカね。高校なんてあっという間に終わるの。遊ぶのもいいけど、今から将来を軽く考えないといつも、ギリギリで生きていたら皆に置いて行かれちゃうわよ。」
「じゃ、料理人。」
オーナーはため息をつき、ただ、愛のある目で虎を見つめる。
本心で、ふざけて言っているようには見えないその目にオーナーは珍しく微笑む。
「じゃ、専門学校行かないとね」
「そうですね…」
虎はオーナーの後ろ姿を見つめる。
その姿を母親と重ねる。
「オーナーが父親だったらよかったな~」
「何よ。そこは母親じゃないの?」
「母親はいるからな~」
「そう………いつか帰れるといいわね。」
皿洗いが終わりすっきりした厨房を見つめる虎。そして、オーナーは明日も早いんでしょと虎に早く眠るように催促する。虎は、借りている部屋へと向かい、その前にとお風呂を借りようと廊下を歩く。
ふと、今日の廊下に違和感を感じた。奥の方を見つめるにつれてどこか視線を感じるように思えた。
気のせいかと、そのまま脱衣所へ入った瞬間、背中に何か固いものを押し付けられる。
そして、後ろを振り向こうとした瞬間、首筋にも何か冷たいものが触れる。
ギリギリ視界の端でとらえたのは、紛れもなくナイフだった。軽く背中に当たるものも手で触れるとそれは銃だった。
「ちょっと~お風呂入ったの?早くしてよね。」
「は、はい。」
すぐ後ろからはタイミング悪くオーナーの声が聞こえていた。
オーナーに心配をかけまいと虎は何事もなく返事をする。
というか、ここで騒げばオーナーにも危害が加わるかもしれない。
「………行ったぞ。何か用かよ。」
「随分、肝の据わったガキだな。」
「いや、今にも叫びたいし、震えが止まらねぇよ、でも、恩人に仇を返すのは筋が通らねぇ。」
姿は見えない影はそのままの体勢で話を進める。
「そうか、それはいいことだ……本題を話そう。俺と一緒に来てもらおう。」
「な、なんでだ。」
「とある方がお前を必要としている。」
虎は黙ってうなずく。
影はその返事に武器を消して虎の視界に入ってくる。
同い年か年下の少年は手を引っ張って連れて行こうとする。引かれる先には、トンネルが開いていた。
そのトンネルをくぐるとどこかのビリヤード場へと出た。
「こ、こは?」
「連れてきました。」
少年の視線の先には白いフードの男と大柄の男がいた。
大柄の男は手を前にかざしており、その手を力なくだらりとたらすとトンネルは閉じた。
「ご苦労様。さて、キミが夕暮 虎だね?」
「そ、それがどうした?」
「いや、なに少し話をしたいと思ってね。」
白いフードの男、白淵 無幻はその不敵な笑みで虎へと近寄る。
Ep26:FIN