「あなたは、不破家の人間としての自覚を持ちなさい。」
この一言を聞いて私は周りの子たちとは違うと悟った。小さい頃からいろんなことをさせられてきた。ヴァイオリン、ピアノ、茶道、空手、華道、食事の時の所作やマナー、日常的な言動の数々……それは私のためではなく、周りのため。私だって皆みたいに遊びたい。楽しく家族だんらんがしたい。なのに、いつもテスト点数とか、箸の持ち方とかを注意される。今日も、きっと私のことを見てくれる人なんていないし、私のことを家柄以外で気にしてくれる人などいない。
私は、一人だ。
私は、孤独だ。
私は、もう疲れた。
私は……もう、眠い。
学校では寝ていても成績が良ければ怒られないから私は学校が好きだ。だから、学校では好き勝手にする。好き勝手に寝るし言葉遣いも何も気にせずに暮らしている。今日も、朝から転入生たちと遊んだ。三人は遅刻してしまったが、私に詰め寄ってこない。明日もからかって遊ぼう。
朝だ。
日が昇った。
まぶしい。
眠い。
学校に行って二度寝しよう。
私は準備を始める。メイドが起こしに来る前に。そして、いつものメイドさんに言って簡単は朝ごはんを食べて登校する。市松さん。この人は好き。私のぐうたらな面も学校のことも全部お父さんにもお母さんにも言わないから。この人がお母さんだったらよかったのに…
「それじゃ、市松。行ってくる。」
「はい、お嬢様、いってらっしゃいませ。」
「もう、違う、名前で呼んで。」
「でも、私はあなた様のメイドであり親では……」
「ダメ、言って。」
「……こほんでは、メイト。いってらっしゃい。」
「うん、いってきます。」
私はそのまま能力を使って急いで家の門をくぐった。
─────────────
「市松さん。メイトの様子はどうだい?」
「はい。お嬢様はいつも通りにお一人で登校なさいました。」
「それは何より。では監視のほ程よろしく頼むよ。」
「かしこまりました。」
市松は部屋を出ようとすると次はメイトの母親に呼び止められる。
「はい、なんでしょうか。」
「学校でのことも逐一聞かせてちょうだい。そのためのあなたなんだからね。」
「はい、かしこまりました……では、一つ報告を」
両親は顎を使って言ってみなさいと合図する。市松はノートパソコンを取り出して学校の監視カメラの映像を見せる。そこには、メイトと三人の男子生徒が映し出されている。
「なんですかこれは。」
「どうやら、お嬢様に接触している三人がいるみたいです。調べてみたところ、三人とも孤児のようで、どうにかして離そうとしております。」
「孤児ですって。汚らわしい。親がいないから私たちの娘がどれだけの地位にいるのか理解できていないのですわ。市松。即刻断絶させてちょうだい。」
「もちろんでございます。三人のほかにも、もう一人の孤児ですが、あの皇家出身の者です。」
「いいわ。その子に色々持ち掛けて。皇家なんて、今や私たちの足元にも及ばない家ですもの、彼を戻すのを条件に結婚してあげてもいいわ。うちのメイトが。」
市松は無言で頭を下げて退室する。
「メイト…私が必ず、あなたを……」
市松は拳を握り自室へ戻り、机を三回指で小突いて合図をする。異能犯罪集団ECHOのメンバーである
「今日、実行します。」
「わ、わかりました。こちらも伝えておきます。」
「あの、これで本当にメイトは自由になれるんですか?」
「はい。うちのリーダーと助っ人が言っているんです。ただし、ここから解放する条件として…覚えていますね?」
「はい、メイトをここから自由にしたら、メイトと一緒にECHOへ入ることを誓います。あの子が自由になれるのなら……」
「わかっていますよ。では。」
「はい。あとはよろしくお願いします。こちらも逃げる準備をしておきますので。」
─────────────
幼いころから一緒にいた。生みの親である母親よりも一緒にいる。この家の親はみんな異常だ。十分な富や名声はあるはずなのに、娘をわざわざ無意味に縛り付けて周りの評価を気にしている。高校だって。本当は今通っているところではなく、いわゆるお嬢様学校というところに入学させられそうになっていたのだ。私はこれ以上壊れかけているお嬢様を見たくなくて私の監視と報告を条件に今の高校へ入学を要望した。
入学して数か月自由に過ごしているお嬢様が愛おしく、愛らしく、時には危ないことをしてひやひやもするけど、そんなお嬢様を見ていて本当の娘が出来たみたいにうれしくて。だからこそ、私は悩んでいた。どうすれば、メイトをここから脱出させることができるのか。どうすれば、二人で一緒に普通に暮らせるか。
転機は突然やってきた。
かの有名な異能犯罪集団のECHOが、メイトに目をつけて交渉人を送り込んできたのだ。数日前から交渉人と条件を出し合ってやっと今日ここまで来た。私はメイトと一緒にここを出て静かに普通の高校生らしく暮らす。私とメイトがECHOに入るのが条件だと言われたが、そんなのなんの苦労でもない。ここから出られるのなら私は犯罪だってなんだってやる覚悟はある。
だって、私はあの子の育ての親なのだから。私が一番この家であの子に愛を注いだのだから。
だから、これは、神様が私に与えた千載一遇の時なのだ。
Ep.39:FIN