二つに切られたギアを横目に俺の緊張は解かれる。その場に重力が一気にのしかかるように腰を落とすと目の前に掌が現れる。掌の主に視線を向けると先ほどまで戦っていたやつとは思えないほど爽やかで、イラつく笑顔を向ける夜月 朧の姿が見えた。決闘なんて申し込むんじゃなかった。こいつの強さは異常なものだ。対峙して殺気を受けるだけでここまで精神を削られるんだ。トップの鬼灯とかいうやつもこんな殺気を出すのだろうか。俺は手を振り払いギアを拾い上げて体育館から去ろうと踵を返す。
「ちょ、ちょっと待てよ。」
夜月は俺の手をつかみ俺が歩くのを阻止する。なんだ、この期に及んで俺に何を求めているのか。振り返りながら睨むと夜月の顔は俺に何か聞きたそうな雰囲気を醸し出している。
「なんだ……」
「オレの殺気に耐えたのは君が二人目だ。どうやってそこまでの強さを?」
こいつは何を言っているんだ?戦いの最中もだが、こいつは俺のことを「強い」と言って遠慮なく叩きのめしてきた。正直言って、俺はそこまで強くない。いや、クラスメイトのやつらよりは強い自負がある。が、目の前のこいつに実力が届かないことはさっきの戦いで思い知ったばかりだ。なのに、こいつは俺に強さを問うてくる。
「はぁ……お前、よく「無神経」とか、「無自覚」とか「純粋悪」って言われるだろ…?今の戦いで強いってわかったのはお前の方だ。俺は強くない。」
「そんなことはない。今まで君のような容姿の輩は殺気だけで逃げるか、その場で泣きじゃくるかのどっちかだったんだ。だから君のような「ヤンキー」と呼ばれる人がオレの殺気に耐えたことがうれしいんだ。」
やはりこいつは無神経で無意識で人の地雷原を踏み抜く天才だな。いや、この際熟語を使うこと自体が失礼のような気がする。こいつは「アホ」だ。「バカ」だ。「クソ」だ。俺は大きくため息をつきながら手を振り払って歩みを進める。
「待ってくれ!君の精神力の強さの秘訣を……」
俺は、夜月に追いつかれる前に跳躍して逃げた。逃げた先にいたのは、担任の茂木だった。茂木は俺と目を合わせると着地と同時に俺に近づきながら流れる動作で取り押さえる。
「んだよ!今日は厄日か?」
「九頭竜。授業に出ていないみたいじゃないか。さらに、先ほど誰かとギアを起動して戦っていたな?相手は夜月か?」
俺はかすれた声でだったらどうしたと睨むと、茂木は俺を開放してスーツのホコリを払いながら俺へ手を伸ばす。俺はその手を払いのけて立ち上がり逃げようとするが、茂木に肩をつかまれる。
「待ってくれ。一度でいい、各教科のオリエンテーションを受けてみてくれ。」
「なんで、俺に構うんだ?俺は、皆のように清く正しく真面目じゃない。」
この見た目で、こんな性格なのは中学の影響だと言える。俺の出身中学は地元でも有名な不良が多い学校だった。教師のほとんどはあきらめて適当に授業をしてテストも適当にやる始末……そんな中学に上がってしまったのが俺の運の尽きだった。地域柄、小学生と中学校が近いため、小学生を卒業したらば、中学受験でもしない限りその不良中学校への入学は不可避だった。そんな中学校へ入学した俺は最初から不良にはかかわらないように真面目に真面目に勉学に励んでいた。だがしかし、そんなことを許さなかったのが、クラスの不良どもだった。ある日呼び出されて金品を要求された。それを断ると三年生を呼ばれてさんざんボコボコにされた。そこからはいじめという言葉では生ぬるい極悪的所業が行われた。そして、我慢の限界が来た俺がとった行動が「ギアで武装して全校生徒へやり返しをする」だった。先生たちのおかげで表沙汰にはならなかったが、それがきっかけで俺の出身中学は一度すべてを無に帰して再構築したのだった。
俺の犠牲をなかったことにして。
だから、俺はこんな性格で、こんな見た目で、こんなに、弱い。色々な思いが駆け巡る中、茂木は俺をまっすぐ見つめて言い放つ。
「六華に入学できて、「真面目じゃない」は大いに間違えている。そして、君のその体幹、その肉体、日ごろから実践の訓練をしないとそんな体系にも体幹にもならん。中学のことだろう?」
「やっぱ、あのセンコー……チクりやがったな……」
「そうだな、報告を受けたよ。君の担任の
なんであんなことを?そんなのはただただ「気に入らない」からに決まっている。気に入らない。真面目に鍛錬してあそこまでの強さを出せる「天才」とかいう人種が。俺がいくら100の努力をして手を伸ばしても天才はそれを0.1の努力でかっさらっていく。中学の時の俺がなれなかった、持てなかった強さをあいつは持っている。それが気に入らない。だが、そんなことを言えるはずもなく、俺は無言で踵を返して中庭に逃げた。そんな俺に向かって茂木は「午後の授業だけでも出てくれ」と叫んでいた。
バカバカしい。どのみち、半年後にはクラスの半分がいなくなってるはずだ。
天の才能を持ち、天の実力を持つやつらには俺ら凡人、凡夫、有象無象ごときは天の上のものにはなれない。
中庭で昼寝ができそうな場所を探していると、俺と同じような見た目のやつらが座り込んでなにか駄弁っているのが見えた。オールバックに、ドレッドヘアーのやつもいる。
「どこにでもいるな」
ギアが使える特別な学校に入学できたとしてもあぁやって駄弁って時間を無駄にするやつはどこにでもいるな。負けて逃げた後に説教されてむしゃくしゃしていた俺はギアを起動しながら、六華の不良に向かって歩く。不良共も俺に気が付いて立ち上がり俺の到着を待つ。
「お~?なんだお前?見ねぇ顔だな~?新入りか?」
「はっwお前ら、この年でそんなのがかっこいいと思ってんの?」
「あぁ?何言ってんだお前。」
「だから、六華に入学してまでそんなことをやっててかっこいいと思ってのかって聞いてんだよ。」
「新入りのくせに舐めた口叩くじゃねぇかよ。どこ中出身だ?」
「黒川中の九頭竜だよ。」
名前を聞くや否や不良どもは背筋が伸びて一瞬固まる。
「なんだ?どうした?俺の顔になんかついてるか?」
「く、九頭竜って、あの、一日で校内の不良どもを蹂躙したってつぅー」
一日では話しを盛り過ぎだな。さすがに一か月はかかった。俺はそんな不良の顔を見て口角をにんまりと釣り上げる。
「い、いや、ハッタリだ。ハッタリに決まってる!!九頭竜ごときがここに入学できるわきゃねぇ……」
できたんだよな~これが。
「お前はただ黒川の出身で高校デビューしたイキッたガキに決まってる!!」
二人はギアを起動して一斉にとびかかってくる。夜月のとの戦闘の後なので目の前の不良どもがアホみたいに見える。俺は、片方のドレッドヘアに蹴りを入れてもう片方のオールバックの方にギアの切っ先を突きつける。オールバックはギアを手放して両手をあげてしまった
「ひぃ!」
「いや、ビビんなよ。俺より先輩だろお前。」
そのまま足元に落ちていたギアを粉砕して戦意をさらに喪失させる。そして、後ろにいたドレッドヘアが切りかかって来るが、そのまま切っ先を後ろ向きでドレッドヘアに突きつける。同じく両手をあげてギアを落としたドレッドヘアはそのまま後ろへ下がる。俺はその足元にあるギアを破壊して不良二人を見つめる。
「お前ら、何のためにここに来たんだ?学歴欲しさか?それとも本気でここで一番になろうと思ってるのか?ま、どうでもいいか。俺らみたいなやつはどのみち落ちるところまで落ちるだけだからな。」
不良の回答を待たずに俺はそのまま中庭から出て行き、どこかでサボれる場所がないか探す。数分回って結局どこにもサボれる場所がないことを知りふと体育館に目が向かう。今、体育館がどこのクラスが使っているんだろうか、そんな疑問ともとれない疑問に体を動かされて体育館を覗いてみると、そこには俺のクラスの生徒たちがギアを使った試合のクラストーナメントをしている最中だった。誰もが、夜月と戦うが、誰もが、ギアをことすらできずにギブアップをしていき、クラスの雰囲気は少し微妙な感じになっていた。確かにそうだな。あの殺気に耐えられるやつは異常かもな。ふと、クラスのやつが俺と目を合わせると大声で「九頭竜くんだ」と叫ぶ。その声を聞くや否や教科担当の担任は飛んで来る。
「おぉ、九頭竜。来てくれたか。」
「別に、サボれる場所がなくてたまたま寄ってみたらって感じだ。」
「参加はしなくもいい、見るだけでもいいぞ。」
どのみちどこ行ってもサボれないんじゃ暇が続いて苦しいだけだしな。俺は授業に参加はしないが、見学だけでもすることにした。が、案の定、夜月はクラスメイトのやつらを殺気だけでのしていく。正直、見ていてつまらないトーナメントだ。クラスメイトの誰もが、困ったような顔をして本人が気づかないこともあってか空気感がおかしなことになっていた。茂木も困ったような顔をしており、みんなに声援を送るが、皆はそういわれたってと言わんばかりにギブアップしていく。
「最後の子もギアを振りもしなかった……皆、オレとやりにくいかな?」
皆は顔を見合わせて、「正直……ね?」とか、「いや……僕らあまり強くないから……」などと言っている。そんな顔を見ると、中学時代の教師たちを思い出す。どうせ、でも、だってというあの顔だ。俺はそんな空気にイラつき、夜月の足元へギアを投げて突き刺した。皆は俺の行動に驚きつつ茂木も俺のトーナメント参加に口を出さずに見ていた。
「お前、やっぱりアホバカクソだな。」
「九頭竜…」
寂しそうな夜月の目に俺は思わず吹き出してしまい、ギアを手に取って構えた。
「何がおかしいんだ?」
「いや?お前のその顔が面白くてな……で、トーナメントに制服で途中参加だが、異論はあるか?茂木担任」
茂木は無言で首を横に振って「参加してくれるだけでありがたい」とつぶやいた。
「だとさ……てことで、昼休みのリベンジさせてもらうぜ。」
夜月と目が合うと夜月は目を輝かせながら刀を構えた。
「うん、宜しく頼む!」
肆之巻:天の実力