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第8話

 洞窟を進み始めてから何度目かの戦闘を終えたその時、唐突に頭の中に数字や文字が浮かびあがった。

 冒険者になった当初は混乱したが、すでに十四回目ともなれば慣れてくるものだった。

 とはいえ膨大な情報を頭に突っ込まれる感覚は、あまり心地よい物ではない。

 たまらず立ち止まった俺を見て、ビャクヤが顔を覗き込んできた。


「どうした?」


「どうやらレベルが上がったらしい」


「それはめでたいな! おめでとう!」


「あぁ、ありがとう」


 返事に感情が乗っていたのか、ビャクヤは怪訝そうに首を傾げた。


「……? どうした、あまり嬉しそうではないな」


「俺の場合、魔力が増えるばかりで新しい魔法やスキルを覚えないからな。 そこまでありがたみが無いというか、なんというか」


 本来ならばレベルが上がる事での恩恵は大きい。

 魔導士ならば使える魔法が増えたり、戦士なら身体能力が上昇したりと、それぞれジョブに対応した能力が上昇する。

 一応ながら俺も筋力や俊敏性など少しは上がっているが、もっとも成長したのは魔力の量だ。

 これが普通の魔導士ならば喜ぶべきことだろう。使える魔法の回数が増えるのだから。


 だが俺は普通の魔導士ではない。

 そもそも転移魔法は、魔力の消費が非常に少ないのだ。

 これまでも一日で魔力を消費しきったことは一度もない。

 それどころか三日間、徹夜で行動した時でさえ、魔力の限界は感じられなかった。

 結局のところ、魔力ばかりが成長しても宝の持ち腐れだった。

 これで攻撃魔法の一つでも覚えればまた評価は違ってくるのだが、そのような気配はない。


「ふむ。それが転移魔術師が最弱と言われる所以か」


「そう、だな。書籍やギルドの情報網で調べてはみたが、俺と同じジョブで攻撃魔法や回復魔法を覚えた記録は残っていない。ギルドが出来る以前の情報は分からないけどな」


「ギルド……冒険者ギルドのことか? 確かだが、創設は二百年前ではなかったか? まさかとは思うが、その間の情報をすべて調べたのか!?」


「それぐらいしか俺にはできなかった。得られる物は、少なかったけどな」


 ビャクヤは驚いている様子だったが、いうなればそれは俺なりの足掻きだったのだ。

 剣聖を授かったアーシェの足を引っ張るまいと、ジョブを授かったその日から転移魔導士についての研究を続けている。

 だが、転移魔導士が冒険者として活躍することが少なく、どういった魔法を覚えていくのかという情報が、圧倒的に不足していた。

 それでも断片的な情報を拾い集めては、何かに使えないかと研究を繰り返していた。

 しかしそれも終わりだろう。パーティを抜けたことでアーシェの足を引っ張る心配もなくなったのだから。


「ならばお主がその一人目になれば良いではないか。分からぬからと待っているより、自分で解明したほうが楽しいと我輩は思うぞ?」


 どこまでも前向きなビャクヤの言葉に、思わず苦笑がこぼれる。

 どうすればここまでポジティブな性格になれるのか。

 少し、羨ましくも思っていた。


「たしかに、ビャクヤの言う通りだな」


「ならばゆこう! まだまだ戦いは始まったばかりなのだ! どんどんレベルを上げていくぞ!」



 ◆


 ギョロリと周囲を見渡す黄色い目玉に、青い血管が浮き出している灰色の肌。

 ゴブリンより一回り大きいその種族は、ホブ・ゴブリンと呼ばれていた。

 連中は戦い方を学び、剣や盾を使った戦術をとる。

 だがその知能はさほど高くないため、戦い方は単純であり、また筋力も低いため力で圧倒しやすい。

 そして筋力で戦うその最たる例が、ビャクヤであった。


「『一閃』!」


 スキルによる薙刀の鋭い突きが、木製の盾をいとも容易く打ち砕き、続けてホブ・ゴブリンを貫いた。

 そのまま薙ぎ払うようにして胴体を引き裂いたビャクヤは、小さく息を吐きだす。

 彼女の周りには、やはりホブ・ゴブリンの死体の山が積みあがっている。

 戦闘中にも彼女へ回復薬などを使っているため負傷は無いが、それでも体力は消耗するものだ。


「流石に敵も強くなってきたな。そろそろ次の階へ降りる通路があってもおかしくない頃だな」


 俺も数匹は相手をしたが、通常種のゴブリンに比べてこの付近の種族は強力だ。

 魔物が強力になる理由はいくつかあるが、ダンジョンの内部で魔物が強くなるのは周囲の魔力が濃くなっている証左でもある。

 それはつまり、次の階への道が近いことを示していた。


「手ごたえがあって、我輩は楽しいぞ。この調子でいけば、このダンジョンは攻略できそうだな!」


「そこまで甘くはないと思うが……。」


 流石に楽観視しすぎではないかと、ビャクヤにくぎを打つ。

 どれだけの深さがあるか、見た目だけでは判断できないのがダンジョンだ。

 一階層あたりの広さが広い程、地下にも深くなっているというのが定説だが、それも確かな情報ではない。

 このダンジョンの広さは一階層自体はさほど広くはないようだが、どれだけ下へ続いているのかは不明だった。

 今までの定石から当てはめれば、さほど深くはないと思われるが、それも確証は持てない。


 ただビャクヤは薙刀を振り回しながらダンジョン内を歩き回り、魔物に出くわしては打ち倒すことを繰り返していた。

 鬼という戦いを好む種族柄なのか、ダンジョンを進むことよりも、魔物との戦いを楽しんでいる節があった。

 そして道の突き当りに鎮座していた物を見つけて、ビャクヤは歓声を上げた。


「おぉ!? これは噂に聞く宝箱という物ではないのか!?」


 確かに、ビャクヤが見つけたのは宝箱だった。

 この原理は至って簡単で、ダンジョン内部で荷物が多くなったパーティが、帰還する際に持ち帰るためにカギ付きの収納に仕舞っていくのだ。うまく帰れるなら、回収していく。不幸にも帰ってこなかった場合は、こうして別のパーティの宝となるわけだ。

 そして今回の宝箱も、例に漏れずカギが掛けられていた。

 珍しそうに眺めていたビャクヤを下がらせ、錠に触れてパーツの一部を別の場所へ転移させる。

 するとカギは勝手に開錠され、宝箱はなんの抵抗もなく開かれた。


「便利ではないか。こういう使い方もあるのだな」


「まぁ、これぐらいはな。ただピッキングスキルがあれば、お役御免だが」


 見れば宝箱の中身は、謎の物体だった。いや、黒くて丸い魔法結晶だ。

 魔法結晶は中に魔法を封じ込められる結晶で、アイテムとしては珍しい物ではない。

 ただ、濁ったようなそれを手に取ってみると、中で靄の様な物が蠢いているのが分かる。

 これまで見たことのない魔法が封じ込められているのか、不気味にさえ感じられた。


「なんだ、これ」


「まさか……。」


 聞いたこともない声音で呟いたビャクヤは、俺の手からアイテムを引っ手繰ると、まじまじとそれを眺めた。


「ファルクス。 済まないが、これは我輩が預かっていてもいいか?」


「もうパーティの所有物だからな。ビャクヤがそうしたいというなら、それで構わないが」


 俺の言葉を聞くや否や、ビャクヤは踵を返した。

 慌ててその後を追うが、ビャクヤは速度を緩めず、ダンジョンの探索を再開する。

 常に笑顔を浮かべていたビャクヤは、これまでにない険しい表情を浮かべていた。


「お、おい! どうしたんだよ!」


「分からぬ。だが先を急ぐとしよう。妙な胸騒ぎがするのだ」


 ただ、その一言だけを言い放ち、彼女は口を閉ざした。

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