「急ぐのはわかったが、理由も教えてもらえないのか?」
前で揺れる白い髪を追いかけて、すでに短くない時間を費やしている。
ビャクヤは当初とは比べ物にならないスピードでダンジョンの攻略をおこなっていた。
しかし未だ次の階層への道は見つかっていない。それが彼女を急き立てているのだろう。
一度は信じると決めた以上は、彼女を信じたい気持ちもある。
しかし強行を続ける姿に疑念を抱くなと言うほうが無理筋だ。
あの黒いアイテムについて何か知っているのか。
それとも、鬼という種族特有の勘のような物なのか。
急ぐ理由を説明してもらおうとしても、彼女は困惑気味に苦笑を浮かべて、返す。
「信じては貰えぬだろうが、急いだほうがよい。不吉な予感がするのだ」
ビャクヤは止まることなくダンジョン内を疾走する。
そして入り組んだ十字路に差し掛かった時、その足が一瞬だけ止まる。
それこそ、戦士としての勘だろうか。
ダンジョンの脇道から、鋭い一撃が振り下ろされた。
「なっ!?」
慌ててビャクヤの肩を引っ張り、その一撃を回避させる。
見れば、振り下ろされたのは巨大なハンマーだった。
ハンマーは地面を容易に打ち砕き、破裂音を響かせる。
一瞬、魔物の奇襲かと考えた。だが、そうではないとすぐに判明する。
ハンマーの持ち主は、見知った顔だったからだ。
わき道から姿を現したのはハーケインのメンバーと、そのリーダーであるバルロだった。
「おぉっと、手が滑っちまった。わりぃな、おふたりさん」
下卑た笑い声をあげる男たち。だがその眼は決して笑っていない。
あのままビャクヤの腕を引かなければ、確実に武器は彼女にあたっていた。
シルバー級の冒険者の、それも大型武器の一撃を食らえば、頑丈な鬼といえど相当なダメージを受けるだろう。
当たり所によっては命に支障が出かねない。
到底、看過できることではなかった。
「バルロ。冒険者同士が武器で争うことはギルドの規則で禁止されている。それを忘れた訳じゃないだろうな」
「だから手が滑ったっていっただろう? ワザとじゃねぇんだ、そう気を立てんなよ」
「我輩を狙ったのはわかっている。言い逃れをするつもりか?」
薙刀を握りしめて、バルロを睨み付けるビャクヤ。
だがバルロは余裕の笑みを浮かべたままだ。
「言い逃れとは人聞きが悪いなぁ、おい。
この先に守護者が居やがるんでな。俺達は準備のために地上へ戻って、体制を立て直す手はずなんだよ。その途中で魔物に出会ったと思ったら、お前たちだったわけだ。分かるか?」
バルロの表情からして、それが嘘であることは明白だった。
先ほどの攻撃には明確な敵意があったし、魔物を警戒するのであれば十字路で待ち構える意味もない。
だが、バルロが俺達を狙ったと証明することは難しい。
ギルドの窓口でバルロを訴えても、今と同じ証言をするだけだろう。
歯がゆいが、意図的な攻撃だと立証するには物的な証拠が足りなかった。
黙り込んだ俺を見て、ビャクヤがゆっくりと力を抜く。
「次は無いぞ?」
「はは、そりゃこっちのセリフだ、この
去り際の捨て台詞に、ビャクヤが顎を引く。見れば微かに肩を揺らしていた。
怒りを抑え込んでいるのだろうか。最初に出会った時も、他の魔物と同一視するなと言っていたのを思い出す。
ビャクヤは自分の鬼という種族に誇りを持っているように見えた。それを馬鹿にされて、頭に血が上っているのかもしれない。とはいえ、ここでバルロ達に切りかかるほど、自制心に欠けているわけでもないらしい。
上層へ戻る道へ姿を消したバルロ達を見送ると、ビャクヤは小さなため息をついて、言った。
「ファルクス、聞いたか? この先には次の階層への通路があるらしい」
「あ、あぁ。だが守護者が居るのか……。」
「思うにその守護者というのは、通路を守る魔物のことか」
「そうだ。ダンジョンの規模にもよるが、守護者は通常の魔物より相当に手ごわい。バルロが体制を立て直すといったのも、あながち嘘というわけじゃないだろう」
人間としては最低だが、バルロ達は腐ってもシルバー級の冒険者だ。
今は俺達よりも格上の冒険者であり、本気でぶつかれば勝機は薄い。
そんな彼らが断念して体制を立て直すと判断する相手、それが守護者である。
手ごわい守護者が待ち構えているのであれば、俺達が二人で戦っても勝敗がどう転ぶかは分からない。
一抹の不安もあるが、ビャクヤは先へ進みたそうに、問いかけてきた。
「我輩達はどうする? 進むか?」
「俺達のパーティは2人しかいない。なにか不測の事態に陥れば、すぐに瓦解するだろう。人数の少なさは対応力の低さでもある」
思えば今まで、窮地に陥ったことは少なかったように思う。
それは勇者や賢者、聖女といった攻守に優れた最上位のジョブがパーティの中に揃っていたからだろう。
しかし今では俺の転移魔法と、ビャクヤの物理攻撃スキルに頼るほかない。
物理攻撃が一切効かない相手が出てくれば、確実に積むことになる。
だが、ビャクヤの先ほどの言葉が気になっていた。
急いだほうが良い。彼女はしきりに、そう言っていた。
「だが、ビャクヤが急いだほうが良いというなら、少しばかり守護者の顔を拝んでいくのも悪くはないだろう」
信じてみようと決めたのだから、最後まで信じてみよう。
俺の判断に、ビャクヤは屈託のない笑みを浮かべた。
「流石は我輩が見込んだ男だ!」