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第9話

「急ぐのはわかったが、理由も教えてもらえないのか?」


 前で揺れる白い髪を追いかけて、すでに短くない時間を費やしている。

 ビャクヤは当初とは比べ物にならないスピードでダンジョンの攻略をおこなっていた。

 しかし未だ次の階層への道は見つかっていない。それが彼女を急き立てているのだろう。

 一度は信じると決めた以上は、彼女を信じたい気持ちもある。

 しかし強行を続ける姿に疑念を抱くなと言うほうが無理筋だ。

 あの黒いアイテムについて何か知っているのか。

 それとも、鬼という種族特有の勘のような物なのか。

 急ぐ理由を説明してもらおうとしても、彼女は困惑気味に苦笑を浮かべて、返す。


「信じては貰えぬだろうが、急いだほうがよい。不吉な予感がするのだ」


 ビャクヤは止まることなくダンジョン内を疾走する。

 そして入り組んだ十字路に差し掛かった時、その足が一瞬だけ止まる。

 それこそ、戦士としての勘だろうか。 

 ダンジョンの脇道から、鋭い一撃が振り下ろされた。


「なっ!?」


 慌ててビャクヤの肩を引っ張り、その一撃を回避させる。

 見れば、振り下ろされたのは巨大なハンマーだった。

 ハンマーは地面を容易に打ち砕き、破裂音を響かせる。

 一瞬、魔物の奇襲かと考えた。だが、そうではないとすぐに判明する。

 ハンマーの持ち主は、見知った顔だったからだ。

 わき道から姿を現したのはハーケインのメンバーと、そのリーダーであるバルロだった。


「おぉっと、手が滑っちまった。わりぃな、おふたりさん」


 下卑た笑い声をあげる男たち。だがその眼は決して笑っていない。

 あのままビャクヤの腕を引かなければ、確実に武器は彼女にあたっていた。

 シルバー級の冒険者の、それも大型武器の一撃を食らえば、頑丈な鬼といえど相当なダメージを受けるだろう。

 当たり所によっては命に支障が出かねない。

 到底、看過できることではなかった。


「バルロ。冒険者同士が武器で争うことはギルドの規則で禁止されている。それを忘れた訳じゃないだろうな」


「だから手が滑ったっていっただろう? ワザとじゃねぇんだ、そう気を立てんなよ」


「我輩を狙ったのはわかっている。言い逃れをするつもりか?」


 薙刀を握りしめて、バルロを睨み付けるビャクヤ。

 だがバルロは余裕の笑みを浮かべたままだ。


「言い逃れとは人聞きが悪いなぁ、おい。 

 この先に守護者が居やがるんでな。俺達は準備のために地上へ戻って、体制を立て直す手はずなんだよ。その途中で魔物に出会ったと思ったら、お前たちだったわけだ。分かるか?」


 バルロの表情からして、それが嘘であることは明白だった。

 先ほどの攻撃には明確な敵意があったし、魔物を警戒するのであれば十字路で待ち構える意味もない。

 だが、バルロが俺達を狙ったと証明することは難しい。

 ギルドの窓口でバルロを訴えても、今と同じ証言をするだけだろう。

 歯がゆいが、意図的な攻撃だと立証するには物的な証拠が足りなかった。

 黙り込んだ俺を見て、ビャクヤがゆっくりと力を抜く。


「次は無いぞ?」


「はは、そりゃこっちのセリフだ、この妖魔鬼トロールもどきが」


 去り際の捨て台詞に、ビャクヤが顎を引く。見れば微かに肩を揺らしていた。

 怒りを抑え込んでいるのだろうか。最初に出会った時も、他の魔物と同一視するなと言っていたのを思い出す。

 ビャクヤは自分の鬼という種族に誇りを持っているように見えた。それを馬鹿にされて、頭に血が上っているのかもしれない。とはいえ、ここでバルロ達に切りかかるほど、自制心に欠けているわけでもないらしい。

 上層へ戻る道へ姿を消したバルロ達を見送ると、ビャクヤは小さなため息をついて、言った。


「ファルクス、聞いたか? この先には次の階層への通路があるらしい」


「あ、あぁ。だが守護者が居るのか……。」


「思うにその守護者というのは、通路を守る魔物のことか」


「そうだ。ダンジョンの規模にもよるが、守護者は通常の魔物より相当に手ごわい。バルロが体制を立て直すといったのも、あながち嘘というわけじゃないだろう」


 人間としては最低だが、バルロ達は腐ってもシルバー級の冒険者だ。

 今は俺達よりも格上の冒険者であり、本気でぶつかれば勝機は薄い。

 そんな彼らが断念して体制を立て直すと判断する相手、それが守護者である。

 手ごわい守護者が待ち構えているのであれば、俺達が二人で戦っても勝敗がどう転ぶかは分からない。

 一抹の不安もあるが、ビャクヤは先へ進みたそうに、問いかけてきた。


「我輩達はどうする? 進むか?」


「俺達のパーティは2人しかいない。なにか不測の事態に陥れば、すぐに瓦解するだろう。人数の少なさは対応力の低さでもある」


 思えば今まで、窮地に陥ったことは少なかったように思う。

 それは勇者や賢者、聖女といった攻守に優れた最上位のジョブがパーティの中に揃っていたからだろう。

 しかし今では俺の転移魔法と、ビャクヤの物理攻撃スキルに頼るほかない。

 物理攻撃が一切効かない相手が出てくれば、確実に積むことになる。


 だが、ビャクヤの先ほどの言葉が気になっていた。

 急いだほうが良い。彼女はしきりに、そう言っていた。


「だが、ビャクヤが急いだほうが良いというなら、少しばかり守護者の顔を拝んでいくのも悪くはないだろう」


 信じてみようと決めたのだから、最後まで信じてみよう。

 俺の判断に、ビャクヤは屈託のない笑みを浮かべた。


「流石は我輩が見込んだ男だ!」


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