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第10話

 バルロ達の進んできた方向へ進むと、唐突に空間が開けた。

 それまでとは異なる異様な空間に、前を歩くビャクヤが歩みを止める。

 ビャクヤの持つ発光石では全貌を計り知れないが、どうやらドーム状に広がる広場に出たらしい。

 突き当りには、下へ続いているであろう大きな通路が口を開けているのが、どうにか見て取れた。

 だが、注目すべきはその通路ではない。通路の近くに佇む、影だった。


「あれが、守護者という奴か」


「あぁ、そうだ。だが、幸運と言うべきかな」


 僅かな光を反射する艶のある鱗。均一の太さの首と顔。口元からは長い舌がちろちろと見え隠れしている。

 首から下は人間に似た構造で、両手には剣と盾を装備している。その風貌はまさしく戦士と呼ぶにふさわしかった。

 珍しい蛇のような頭部をもつ人型の魔物、スナーク・ソルジャーである。


「手ごわい相手だが、勝てない相手でもない」


 判断としては、脅威度はさほど高くはない。

 それを聞いたビャクヤは身を乗り出した。


「ならば仕掛けるか?」


 もしこれで相手が幽鬼ゴーストなどだった場合は手も足も出せず、逃げかえる事になっただろう。実態を持たない相手には魔法の攻撃が必要になるからだ。魔法の武器などを持っていれば話は別だが、俺達の様な駆け出しに毛が生えた程度の冒険者が手に入れられる物ではない。

 だが目の前にいるのはスナーク・ソルジャーは、その戦士ソルジャーの名の通り物理攻撃を得意とする魔物だ。その点で言えば俺達とは相性が良く、まったく歯が立たないという心配もない。

 そして先ほど、バルロ達は上へと向かう道を進んでいった。今ならば連中の邪魔も入らず、目の前の敵に集中ができる。


「行こう。少しでも早く村の脅威を取り除きたい」


「承知した!」


 待ってましたと言わんばかりに、ビャクヤは獣の如き勢いでスナーク・ソルジャーへと肉薄した。


 ◆


 鬼という種族の特徴として、ビャクヤは頑強な体を例に挙げた。しかし戦闘の中で見てきて、理解する。

 鬼の特質は頑丈というだけではなく、人間とは比べ物にならないレベルでの身体能力の高さにある。

 圧倒的な腕力。相手の攻撃を肉体で受け止めてしまう強度。そしてその身体能力による俊敏性。

 まるで飛ぶように駆け出したビャクヤの速度は、勇者や剣聖にも劣らない。


 奇襲に加えて、その速度である。

 一瞬だけ反応が遅れたスナーク・ソルジャーは、咄嗟に、しかし冷静に盾を構える。

 ビャクヤの一撃がその盾と激突し、激しい火花が舞い散る。

 木目に金属を張っている盾の様で、破損個所から木片が散らばっている。

 強度はさほど高くないのだろう。

 そう思い至ったのか、ビャクヤは続けてスキルを起動させて、薙刀を大きく振りかぶった。  


「『豪撃』!」


 上段からの、魔力で強化された鬼の渾身の一撃が狙いを定める。

 刹那、スナーク・ソルジャーが盾を鋭利な角度で構えなおす。

 重い一撃を受け止めるのではなく、受け流すための構えだ。

 戦士の名前に恥じない判断だ。

 だが当然、それを見過ごすほど間抜けではない。 


「残念だが、もう一人いるんでな!」


 ビャクヤの陰から飛び出し、油断しているスナーク・ソルジャーの脇腹に剣を突き立てる。

 短い悲鳴と共に鮮血が飛び散り、過ぎた化粧を施す。

 続けてビャクヤの一撃が盾ごとスナーク・ソルジャーの左腕を粉砕。

 盾の破片が周囲に散らばった。

 慌ててスナーク・ソルジャーは後方へと飛びのくが、致命打ではない。

 スナーク・ソルジャーは剣を腰へ戻し、小さなナイフを此方へ投擲してきた。

 だが、しかし。


「それは、悪手だったな!」


 右手に魔力を集中させて、即座にナイフを目標に転移魔法を起動させる。

 刹那、転移。

 飛来する速度をそのままにナイフの軌道が反転し、スナーク・ソルジャーの顔面付近へと直撃する。

 予想外の反撃に大きく怯んだスナーク・ソルジャーの前には、すでにビャクヤが入り込んでいた。

 再びバックステップで距離を取ろうとするスナーク・ソルジャーだが、すでに遅すぎる。


「『一閃』!」


 薙刀が閃き、避けようとするスナーク・ソルジャーの胴体を、いとも容易く貫いた。

 スナーク・ソルジャーは口元から血を流し、苦し気に身をよじる。 

 しかし、剛腕の鬼によって固定された薙刀はびくともしない。

 うめき声を上げる相手に対して、白髪の鬼は容赦なく薙刀を刃の方向へ振りぬいた。 

 鮮血が周囲へ広がり、まるで赤い花弁の様な軌跡を描く。 


 胴体の半分を切断されたスナーク・ソルジャーは、脱力して地面へと倒れ込んだ。

 凄惨な死に様を残したスナーク・ソルジャーを見下ろして、広がっていく血溜まりの中で、白き鬼は静かに呟いた。


「御免」


 そうして、薙刀に着いた血を、振り払うのだった。


 ◆


 絶命したスナーク・ソルジャーへと近づくと、周囲を確認してナイフを取り出す。

 なにをするのかと眺めていたビャクヤをよそに、それを死体の胸元へと突き刺す。

 そして目的の物を発見すると、それを取り出した。

 流石にその光景に目を見開いていたビャクヤは、俺の取り出したものを見つめて首を傾げた。


「それは?」


「守護者や下層の魔物は純度の高い魔石を持っているんだ。売ればそこそこ金になる」


 先立つ物はいつでも必要で、ここまで来るのに使ったアイテムなどを補充するための資金にもなる。

 それにスナーク・ソルジャーを討伐した証として、死体の一部も回収しなければならない。

 作業を眺めていたビャクヤは納得気にうなずいていた。


「なるほど。こうやって冒険者は金銭を稼いでいるのだな」


「いやまぁ、ビャクヤもその冒険者なんだけどな。今まではどうやって稼いでたんだよ」


「言ったであろう。我輩は村の近くで魔物を狩っていたのだ。 死体の確認は他の物に頼んでいた」


 他人ごとの様に語っているビャクヤをしり目にスナーク・ソルジャーの頭部を切り取る。

 守護者を倒したからと言って、ダンジョンの脅威が取り除かれたわけではない。

 しかし踏破したという目に見える成果があれば、少しは村の人々も安心できるはずだ。

 なにより俺達の他にハーケインやほかの冒険者もダンジョンに入っているため、一階層の魔物は少なくなっているはずだ。少なくとも、村の近くで起こっている魔物の被害は当分抑えられるだろう。


 ただやることはもう一つ、残っている。

 すでに薙刀の調子を整えていたビャクヤに念を押すことだ。


「流石にこれ以上、一度に進むのは危険だからな。守護者を倒したのだって、運が良かっただけだ」


「それは我輩も分かっている。一度、村へ戻ろう。腹が減っては戦もできぬゆえ」


 先ほどまでの焦燥感などどこへやら。

 拍子抜けなほど素直に、ビャクヤは頷いたのだった。


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