迫り来る王妃軍八万を迎え撃つための作戦会議が、村外れの駐屯地で開かれた。スノーホワイト、ハンター軍師、農民義勇兵を率いる七人のサムライたち、そしてジョン公爵が、一堂に会していた。
ハンターは、いつものように両目を眼帯で覆い、机上演習用の木の駒を手に取りながら、地図を広げて真剣な声で説明する。
「王妃軍の進軍速度を考えると、あと三日で、バルトラン平原に到達する。ここには小さな砦があるが、防備が充分ではない。われわれは平原に打って出て、野戦で決着をつけよう」
ハンターは、王妃軍に見立てた駒◆を8個、これに相対して、革命軍本隊に見立てた駒①と、農民兵の◯6個、公爵軍に見立てた駒◇を1個、地図上に並べていった。
カーン! カーン!
小気味よい駒の音が、作戦会議の場に響く。
・・・◆・◆・・・
・・・◆・◆・・・
・・・◆・◆・・・
・・・◆・◆・・・
・・・・・・・・・
・◯◯◯◇◯◯◯・
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・・・・①・・・・
「王妃軍は、密集隊形で突破を狙ってくるだろう。姫君と私、そして一文字ナイトが率いる農民兵から成る本隊は、バルトランの砦に入る。左翼に二刀ムサシ、三宮ミョウガ、四条ホーチキの農民兵。右翼に五行レンタロー、六波羅ゲンシュウ、七尾キョースケの農民兵を配置する」
「わがモンストラン公爵家は、中央の担当か」
「その通り。そして戦闘が始まったら、少しずつ後退しながら、砦の前まで王妃軍を誘い込んで頂きたいのだ」
・・・◆・◆・・・
・・・◆・◆・・・
・・・◆・◆・・・
・◯・◆・◆・◯・
・◯◯・⇩・◯◯・
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・・・・①・・・・
ハンターは、説明を続けた。
「その間に、サムライたちの率いる農民兵が、王妃軍の左右へ回り込む。左右から挟み撃ちが始まったら、公爵軍も砦に入って頂いて構わない。囲んでしまえば、頭数ならこっちが上だ。三方から包囲して、王妃軍八万を壊滅に追い込もう」
・◯→◆・◆←◯・
・◯→◆・◆←◯・
・◯→◆・◆←◯・
・・・◆・◆・・・
・・・⇧・⇧・・・
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・・・①・◇・・・
「我がモンストラン公爵家の兵一万で、王妃軍八万の突進を中央で受け止めろと?」
ジョンが苦々しい表情で抗議した。
「簡単に言ってくれるな。徐々に退却しながら戦えばいいとは言っても、この兵力差だ。かなりの損害が出るのは避けられんぞ……」
「訓練を受けた正規の兵士は、公爵軍だけだ。最精鋭部隊だと見込んでこそ、こうして頼んでいる」
ハンターが頭を下げる。
「しかし……」
難色を示すジョン。
「連れてきた奥方のことが、そんなにご心配か?」
「うっ、それは……」
図星を突かれて、ジョンは口ごもる。
その時、自分が作戦をめぐる議論の争点になっているとも露知らず、アップルがテントに入ってきた。
「リンゴのクランブルを持って参りましたー。後で、お話の区切りがついたら、召し上がってくださいね」
紅茶とリンゴのクランブルが、全員に配られた。軍議の場に、焼けた小麦粉と砂糖・バターの香りが漂う。
「公爵夫人、空気を読んで頂きたいのだが……」
「良いではござらんか、軍師殿。空気はもう、すっかり甘くなったでござる」
「ヒャッハー! おやつの時間だぜ! 一気に成敗してくれるぜ!」
少年サムライたちが、一斉にクランブルを食べ始めた。軍議はそのまま、なし崩しでスイーツタイムに突入する。スプーンですくうとポロポロ崩れるクランブル生地の中に、リンゴの果肉がゴロリと入っていた。
「生地がすっごくサクサクね。美味しいわ、お姉様」
「エヘヘ。戦場だから、お城の厨房みたいには行かないけど、これなら作れるんじゃないかなと思って……」
「ありがとう、アップル。最高のスイーツタイムだ。諸君、聞いて驚くなよ。このクランブルは、我が妻アップルの手作りなのだ!」
ジョンはドヤ顔で、アップルの腕前を自慢した。スノーホワイトと七人のサムライたちが、「うん、知ってた」と言わんばかりの反応を見せながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「お姉様のことを、本当に気にかけているのね、ジョン」
スノーホワイトは。戦況図にチラリと目をやった。
「お姉様は、戦いの間は私たちと一緒に、砦で待機すればいい。それなら安心でしょ。いいよね? ハンターさん」
スノーホワイトはハンターの肩に手を置いた。ハンターは無表情でうなずく。ジョンもホッとした様子で、ハンターの策を了承した。
「分かった。では、妻と補給部隊・炊事兵など約五百を、砦に残す。残りの全軍で、私が敵をうまく引き付けてみせよう!」
ハンターが立ち上がった。
「では、作戦採用ということで。公爵軍にばかり、ご苦労をおかけするつもりはない。むしろこの戦いは、農民兵の包囲機動に、作戦の成否がかかっている。サムライたちはこの後、特別訓練だからな!」
「そんな、
「その殺生の訓練をやるんだよ」
アップルには作戦のことは良く分からなかったが、地図上の駒の配置をチラリと見て、ジョンが危険な任務を引き受けようとしていることだけは何となく察し、不安になった。
(そんなに、上手くいくものかしら……)
軍議の後、ハンターはテントの外に七人のサムライを集め、訓示を垂れた。
「今回の作戦で、重要なことを伝えよう。お前たちはとにかく、血の気が多すぎる。一騎打ち、抜け駆け、個人プレーは禁止だ。お前たちが率いるのは農民兵。敵は訓練された正規軍。お前たちが兵を置き去りにして単独で突っ込めば、たちまちやられるぞ」
「い、一番乗りで武勲を立てるのが、武士の誉れでござる!」
ナイトが叫ぶ。
「お前たち一人ひとりが、一騎当千の強者なのは分かる。だが、これは集団戦だ」
「吾輩の闇討ち、不意討ちも、禁止でしょうか……⁉」
「闇討ち、不意討ち……いいねえ。それは、推奨だ」
「なんと⁉」
「レンタローを見習って、全員が闇討ち・不意討ちに徹しろ。ムサシからも学べることがあるぞ。彼の分身の術の極意は、敵のかく乱だ。分身が使えなくても、農民兵複数で、一人の敵を取り囲めばいい。どっちを相手にするか敵が迷ってる間に、後ろから斬りかかれ。声で威嚇して敵をビビらせ、その隙を突け」
こうして、ハンターの号令で「集団戦訓練」が始まった。
「全員、訓練用の木剣を持て。攻撃側は三人、守備側は四人。守備側は三十メートル間隔で広がって散らばれ。守備側は、味方がやられそうになったら、全力で救援に走れ。攻撃側は、守備側を一人ずつ囲んで、救援が来る前にすばやく倒すんだ。自分勝手な突撃は命取りだぞ」
「三宮ミョウガ、突撃しまーす!」
「待てと言ってるだろバカ野郎ォォォ!」
初回の訓練では、受けた指示を三秒で忘れるミョウガの勇み足で、攻撃側があっという間に全滅した。
「三体四で攻撃側不利なんだから、バラバラに突撃したら負けるに決まってんだろうが! 何考えてんだオメーは! 叩っ斬るぜ!」
ホーチキがブチ切れて大声で騒ぐ。涙目になるミョウガ。
「それくらいにしておけ、ホーチキ。お前の大声は、味方に使うものではない。敵の士気を削ぐ威嚇兵器として、活用するのだ」
「分かったぜ軍師殿! こんな感じでいいか? オラァァァアアアアアアアアアアアア!」
ホーチキの絶叫に驚いて、鳥が数羽バサバサと飛び去った。ハンターがうなずく。
「使える……」
二回目の訓練。攻撃側チームのゲンシュウは、厨二病セリフを口走って敵を混乱させる。
「この身に宿るは混沌の刃、咎の深淵より生まれし暗黒の血、我が剣の乱舞に震えるがよい……」
防御側に回ったナイトが、呆れて口を開く。
「戦場でも、その長セリフ、いちいち言うつもりでござるか?」
「隙あり!」
いつの間にかナイトの背後に回り込んでいたレンタローが、ゲンシュウの言葉に気を取られたナイトへ、一撃を与えた。腕を組みながら、ハンターがつぶやく。
「ま、まあ 敵が『何言ってんのコイツ』ってなるなら、アリかもな。使える……」
七尾キョースケも、「声による威嚇」で次々と成果を上げていた。
「ワイが動いたら、三秒でケリがつくっちゅうこっちゃ。維新ナメんなや……おぉぉん?」
「ヤクザ感強いな! 使える……」
ズッコケ練習風景が続きながらも、この特別訓練は、着実に結果を生んだ。特別訓練を終えたサムライたちは、各自の指揮下にある農民義勇兵たちを自主的に集め、学んだ集団戦法を彼らに伝授しはじめた。
「三人で囲んで! 一人が前、二人が左右から!」
「よし! うまいぞ!」
「ホーチキ隊長の絶叫で、敵がビビってる間に……囲めーっ!」
夕暮れ時、スノーホワイトが視察に訪れた。ちょうど近くでは、二刀ムサシ率いる農民兵二番隊が、訓練に励んでいる。
「思ってたより、ちゃんとした軍隊になってきたわよ」
「まあ、私が仕切ってるからな」
軍師・ハンターが、誇らしげに語る。
「どうかお任せくだされ。必ずや、自分たちが王妃軍を倒してみせますよ……」
二番隊の隊長・ムサシが、草の上にゴロンと寝っ転がりながら言った。
「ん……?」
スノーホワイトはまばたきしながら、横に寝ているムサシと、目の前で農民兵を熱心に指導しているムサシを、交互に見比べた。
「えっと……分身の術で、サボってない⁉」
どこまでもわちゃわちゃと騒がしい、七人のサムライたち。だが、この異色の少年たちこそが、刻一刻と迫る決戦の要を担うことになるのであった。