朝靄が晴れゆく中、広大な草原に、二つの軍勢が対峙していた。
革命軍は、数こそ王妃軍を上回る十万人規模に膨れ上がっていたが、そのほとんどが、寄せ集めの農民義勇兵だった。正規の訓練を受けた兵士は、ジョン・モンストラン公爵の兵一万のみ。総合的な戦力は、依然として劣勢である。
「来たわね」
スノーホワイトは砦の城壁から、遥か遠方の王妃軍を見つめていた。その隣で、ハンターが語る。
「強い魔力を感じる……あの中に、王妃がいるぞ。配下の将軍に任せるかと思ったが、まさかあの王妃が、自分で遠征してくるとはな……」
サニー王妃は、自ら八万の軍勢を率いて、遠征してきていた。密集隊形で整然と並ぶ大軍が、自然と威圧感を醸し出す。
「ふふっ……ふふふふ……ここが、バルトラン平原なのね? 草っ原がどこまでも続いて、まるで緑のカーペットみたいね。でも、気に入らない。カーペットなら、レッドカーペットに染め直したいわぁ……反逆者どもの、真っ赤な血でねェエエエ!」
そして、ついに戦が始まった。
スノーホワイト王女とハンター軍師を守る一文字ナイトの農民兵一番隊、そしてアップルを含む公爵軍の留守部隊五百人は、バルトランの砦で待機。
残りの全部隊が野外に陣取って、王妃軍に立ち向かう。
「全軍、突撃ィィィィ!」
革命軍左翼は、ムサシの二番隊、ミョウガの三番隊、ホーチキの四番隊である。
「秘技、分身挟み打ち!」
「今日はカタナ、ちゃんと持ってるもんね!」
「オラァァァ! 斬って斬って斬りまくるぜ!」
そして、レンタローの五番隊、ゲンシュウの六番隊、キョースケの七番隊が、革命軍右翼を担う。
「今こそ王妃軍の不意を突く……隙あり!」
「闇より出でし力よ、冥府の門を開くがいい……」
「三秒でケリつけたるわい! 三秒ルールやぞコラ!」
左右両翼に分かれて先陣を駆け、王妃軍に突っ込んでいった。
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・②③④◇⑦⑥⑤・
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サムライたちは、農民兵から選抜した少数の斬り込み隊を率いて王妃軍の左右両翼端に斜めから突っ込み、一瞬これを突き崩した。しかし、それ以上深入りはせず、そのまま駆け抜けて、戦場から離脱して行く。
後続の農民兵たちに至っては、王妃軍と戦闘することすらなく、その前を駆け足で通り過ぎた。
「あーらあら、やっぱり農民兵なんてこんなものよねぇ。ほら見なさいよ、左右へ散り散りバラバラに逃げていくじゃない」
サニーは、農民兵の挙動を嘲笑った。今や野戦の場に残るのは、ジョン・モンストラン公爵家の部隊のみ。残りは、貧相な砦へ立てこもっている。鏡の予言どおり、このまま平押しすれば勝てると見えた。
そのジョンの公爵軍も、中央から前進を開始した。王妃軍と矢を撃ち合い、前衛の槍兵同士が、小競り合いで一進一退を繰り返す。その後は作戦通り、王妃軍の大軍を極力抑えながら、ジリジリと砦の前まで後退していく。
サニーは、得意顔で総攻撃を指令した。
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・②・◆・◆・⑤・
・③・◆・◆・⑥・
・④・◆・◆・⑦・
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「あらあらー、あのジョンとかいう偏狭者、孤立して取り残されてるじゃない。アップルもこれで、旦那とお別れかしら。気の毒ねぇ」
砦では、スノーホワイトが戦況を見守っていた。
「ジョンが下がってきたわ。そろそろサムライたちに、包囲攻撃開始の指示を出す?」
「いや……姫君、今すぐこの砦を出よう」
ハンターの答えは、意外なものだった。スノーホワイトが怪訝な顔をする。
「砦を出る……どういうこと⁉」
「王妃をここで、絶対に逃がしたくない。我々も急いで砦を出発し、包囲陣に参加しよう。三方から包囲する作戦と言ったな。だが、戦は臨機応変だ。王妃の退路を塞ぎ、四方から完全包囲する作戦に切り替える」
「……お姉様はどうするの?」
スノーホワイトは、ハンターを睨みつけた。スノーホワイトたちの革命軍の他に、砦には、アップルと公爵軍の留守部隊が残っている。
「もうすぐ、公爵軍の本隊も砦に戻ってくるから、心配は要らない。砦のことは、公爵に任せるんだ。もう、時間がない。姫君、決断を」
「……分かった。
スノーホワイトはすばやく決断すると、戦闘用馬車で飛び出して行った。二人乗りの戦闘用馬車。手綱を握る彼女の横に、ハンターが座っている。
「姫君、お待ちくだされ! 拙者らも続くでござる」
一文字ナイトの一番隊が、あわてて後を追った。ハンターからの伝令が、革命軍右翼の五番隊へ、王妃軍の背後に回り込むよう指示を伝える。六番隊と七番隊も、それぞれ配置をずらす。スノーホワイトと一番隊は、七番隊がいた場所へと急行した。
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・③・◆・◆・⇧・
・④・◆・◆・⑦・
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そんな動きを全く知らされることもなく、アップルは留守部隊の協力を得て、戦場から帰ってくる兵士たちの食事の用意や、負傷兵を迎える救護場所の準備などに、忙しく立ち回っていた。
「あれ? スノーホワイトたちが、いない……?」
アップルがハッと気づいた時は、既に砦には、公爵軍の留守部隊五百だけが取り残されていた。
ハンターの計略は、王妃軍への包囲陣を三方包囲から四方包囲に強化して、全滅を狙ったものであると同時に、ジョンの部隊と砦待機中のアップルを、囮の捨て駒にしたものでもあった。
(私は姫君を女王にするため、全力を尽くす。そのためなら、鬼になろう……)
スノーホワイトの隣で戦闘用馬車に揺られながら、ハンターは心の中でつぶやいた。
ジョンの部隊は砦の前で孤立し、少なくない損害を受けていた。左右に散った農民兵たちが王妃軍を攻撃する様子は、一向に見えない。
作戦会議でハンターは、「左右から挟み撃ちが始まったら、公爵軍も砦に入って頂いて構わない」と言った。ジョンはその言葉を律儀に守り、砦に入らず、踏みとどまって奮戦を続けていた。
アップルは、砦の城壁の上から戦場の様子を見た。砦から数百メートル先で、ジョンの部隊が苦戦しながら、必死に敵を食い止めているのが見える。
「ジョォォォン! もう、砦に入って!」
アップルはジョンに向かって必死で叫んでみたが、もちろんその声は届かない。
そのころ、革命軍は再配置を終え、完全な四方包囲陣が完成した。ハンターは満を持して狼煙を上げさせ、総攻撃開始の指示を各隊に伝える。
七人のサムライ率いる農民兵は、一斉に王妃軍の左右と後方から攻撃を開始した。
スノーホワイトは戦場を縦横無尽に戦闘用馬車で駆け抜け、攻撃魔法を次々と放っていく。
「
氷の鎖を投げつけるたびに、近づく敵兵数人を一網打尽に拘束し、倒していった。
王妃軍と革命軍の激突は、ついに両軍入り乱れる大乱戦の様相となった。これを見てジョンは、ようやく公爵軍を砦の中へ収容し始めた。王妃軍前衛は公爵軍を追いかけ、砦の前へと殺到する。
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・②⇨◆・◆⇦⑥・
・③⇨◆・◆⇦⑦・
・④⇨◆・◆⇦①・
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四方を囲まれた王妃軍。しかし、サニー王妃は、まだ余裕の表情だった。砦さえ落とせば、このまま戦線を突破できるというのが彼女の読みだった。
「こんな砦、腐ったボロ家みたいなもんよ。石の城壁も、私の前には、紙細工同然。砕け散りなさい! 魔砲兵隊、前へ!」
サニーは、秘蔵の魔法攻城兵器を繰り出した。その名は「魔砲」。サニーがステッキを振ると魔法陣が展開され、直径約2メートルの砲門から、巨大な光弾が発射される。
「さあ、それじゃあ今日の花火でも打ち上げましょうか。せっかくの大軍、見栄えくらい良くしておかないとね?」
――ズガァン!
「魔砲」の初弾は、砦の見張り台の一つに命中した。見張り台は一撃で崩壊し、周囲に瓦礫が飛び散る。
「ほらほら! 壊れるわねえ! いい音よぉ。もっと、もっと崩れなさいよ。この音こそ、最高の音楽じゃない?」
サニーは身をよじりながら、狂喜の声を上げた。
アップルは「魔砲」の衝撃にもひるまず、城壁の上から身を乗り出し、公爵軍に向かって叫び続けていた。
「ジョン! 公爵軍の皆さん! 早く、早く砦の中へ入って!」
砦の門まで来て、ジョンはようやく、城壁の上のアップルに気がついた。一瞬、二人の目が合う。ジョンはいてもたってもいられず、砦の階段を早足で駆け上がった。
「アップル!」
「ジョン!」
城壁の上で、二人はお互いを見つけ、走り寄った。その時、シュルシュルと音を立てて「魔砲」の二弾目が飛来し、城壁に命中した。
――ズガァァァンッ!
「きゃあっ!」
アップルの足元が、ガラガラと崩れる。城壁から転落しそうになったアップルの手を、ジョンの力強い右腕が間一髪で捉えた。アップルは必死で、ジョンの腕にしがみつく。
「しっかり、掴まるんだ! その手を放すなよ……」
ジョンは渾身の力を込め、アップルの体を引き上げた。
「良かった。本当に良かった、アップル……」
「助かった……ジョン、ありがとう……」
二人は、心から安堵のため息を漏らし、抱き合った。
「ジョン。今ので、ちょっと足をくじいちゃったみたい」
「大丈夫か? 立てるか?」
そんな様子を遠目に眺めながら、サニーは陶酔した表情を浮かべる。
「アップル……落ちたと思ったら、うまいこと這い上がって来たのね。まるで、トカゲみたいな子。どうやって潰してやろうかしら」
サニーは、さらなる「魔砲」の発射を準備する。
「全軍、砦を攻略せよ! ああ……やっぱり、光と破壊は美しいわね。スノーホワイトちゃん、見てる? これが、本物の魔法使いの力なのよ……」
一方、城壁の上では、ジョンがアップルに肩を貸しながら、冷静に戦況を判断しようとしていた。
(スノーホワイトたちも、いつの間にか砦からいなくなっているじゃないか。これ以上、この砦は持ちこたえられない……)
ジョンは、アップルと部下たちを守るため、バルトランの砦を独断で放棄する意志を固め始めていた。