王妃軍は、砦の攻略を開始した。小手調べに城壁の上を目掛けて、次々と矢を打ち上げてくる。
「危ない、アップル!」
ジョンはとっさにアップルの体へ覆いかぶさり、降り注ぐ矢の雨から庇った。
「ジョン、血が……!」
「かすり傷だ。問題ない」
肩をかすめた矢で傷を負いながらも、ジョンはアップルの体を両腕で抱き上げ、すばやく立ち上がった。
「ま、待って。自分で歩きます……!」
「守ると言っただろう。その足じゃ、安全な所まで俺が運ぶしかない」
ジョンは強がりながら、アップルに笑いかける。
(ジョン、律儀に私を守ろうとして、傷まで負って……)
ジョンの腕に揺られながら、アップルは胸の中に熱い気持ちがこみあげてくるのを感じた。ジョンはアップルをお姫様抱っこしながら、屋内に戻っていった。
「撤退するぞ! 全員、ただちに退却準備!」
アップルの体を降ろすと、ジョンは兵士たちに大声で指示した。兵士たちが驚いた反応を見せる。
「えっ、撤退ですか⁉」
「この砦で、王妃軍前衛を足止めする作戦では……」
「さっきの『魔砲』の威力を見ただろう。とても守りきれん。裏門から出るんだ!」
「ジョン、補給物資と負傷兵を先に逃がしましょう」
ジョンの矢傷を手当てしながら、アップルが進言した。ジョンはうなづく。
「そうだな。村まで一旦退いて態勢を立て直すなら、確かにそのほうがいい……おい、物資と負傷兵を先に馬車に積み込め!」
物資を運ぶ補給部隊と、負傷兵を連れた救護隊の馬車が、裏門を出発した。その後に、戦闘部隊が続く。
いくら矢を射ても砦から反撃してこないことに不審に抱いた王妃軍は、斬り込み隊を選抜し、砦へ突入させることにした。はしごを城壁にかけて昇っている間も、砦側からの妨害は一切なかった。結局、中へ進入した時には既に、砦はもぬけの殻だった。
「ハァ? 逃げたですって⁉」
苛立ちを露わにして、声を荒げるサニー王妃。しかし、王妃軍が砦を占領したことで、ここにハンターの四方包囲網は崩壊した。革命軍の追い討ちで大きな損害を受けながらも、王妃軍は続々と砦へ収容されていく。
「砦が、落とされてる! お義兄様とお姉様が中にいたのよ⁉ 助けに行かなきゃ!」
砦に向かって戦闘用馬車を方向転換させながら、焦った声でスノーホワイトがハンターを問い詰めた。ハンターは落ち着き払って答える。
「公爵夫妻は、裏門から脱出している。王妃を追い詰めるのは、まだこれからだ。奥の手を打ってある」
砦を占領し、包囲網の突破に成功した王妃は、兵士たちに休む間も与えず、即座に公爵軍を追撃するよう命じた。
「すぐに追いなさいッ! 公爵もアップルも、一兵たりとも逃がすなァァァァ!」
王妃は、砦に収容した残存兵力の半分を砦に残し、残りの兵力を率いて裏門から出撃していった。
・②③④⑤①⑦⑥・
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王妃軍を追って、革命軍は砦の前まで戻ってきた。既に城門は閉められており、城壁からは王妃軍が、盛んに矢を射てくる。
「砦を奪還したくても、簡単じゃないわ。王妃軍がバルトラン平原を突破したら、次は、無防備な村が襲われる。私たちのせいで、村人たちが……」
スノーホワイトは悲痛な声を上げた。しかし、ハンターは黙したまま、どこまでも冷徹な態度を貫く。『第三の眼』は、王妃が既に砦の中にいないことを感知していた。
(そろそろ、踏んだぞ……)
ハンターは一人、ほくそ笑む。
裏門から出撃した王妃軍に猛追されながら、ジョン率いる公爵軍は苦しい退却を続けていた。その距離、わずか数百メートル。
ジョンとアップルも、馬に二人乗りで逃げていた。
「もっと俺の背中にくっつけ! 手を放すなよ!」
アップルは必死で、ジョンの体に後ろからしがみつく。ジョンは手綱を握って馬を駆り、王妃軍から逃げる、逃げる、逃げる。
その時。
バチッ バチバチバチッ――
突然、いくつもの炎柱が燃え上がった。そこらじゅうへ無数に仕掛けられた枯れ草が、一斉に発火したのだ。
――ズゴォォォォォォ!
火はあっという間に草原を燃え広がり、一帯は真っ赤な炎に包まれた。
「きゃあああっ、ジョン!」
「くそっ、ハンターが罠を仕掛けていたのか⁉」
真っ赤な炎に囲まれ、アップルとジョンはたちまち逃げ場を失った。ジョンの愛馬が、哀しげにいななく。
一方、サニー王妃が乗った
「うわあああああああああ、逃げろ!」
輿を担いでいた兵士たちは、王妃を見捨てて輿を放り出し、火の中を突っ切って逃げようと駆け出した。だが、炎の勢いはあまりにも強く、結局全員が逃げ損なって、火ダルマとなった。
「おバカさんたちね。もう、どこもかしこも火の海なのよ! 全くもうォォォ、どいつもこいつも、使えないわねェェェ!」
サニーは絶叫した。飛行魔法や瞬間移動魔法も知っていた彼女だったが、攻城戦の時に『魔砲』で魔力を消費しすぎており、今はどちらも使えない状態だった。
「はぁ……やれやれ。私も、ここで終わりなの?」
残った魔力で水を少々出した程度では消火はもはや無理なことを悟ると、サニーは深いため息をついた。
「……それで、助けにくる気はあるのかしら? ……そしたら、あの子も助かるものねえ。でも、私をこのまま見殺しにしたら……あの子だって、死んじゃうわよぉ!」
謎めいた独り言を吐くサニーの頬を、迫り来る炎が熱く照らしていた。彼女の表情には、不敵な妖しい笑みが浮かんでいた。