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第26話 白雪姫の姉ですが策士は策に溺れるようです

 モンストラン公爵軍は、スノーホワイト革命軍より遅れて、王都への街道をゆっくりと進軍していた。


 日も傾き始めた頃、公爵軍が広場に野営地を設けていると、後方から馬車の一団が追いついてきた。旗には、公爵家の紋章が掲げられている。


「補給部隊だ!」


「領地からの追加物資が届いたぞ!」


 兵たちの歓声が上がる。中でも、一際目立つ荷車の上に立っていたのは、コック帽を頭に乗せた公爵家の料理長だった。


「わーはっはっは! 奥様、ただいま参りましたよ!」


 馬車から飛び降りるなり、料理長はアップルの前に駆け寄ると、両手を広げた。


「料理長、本当に来てくれたのね!」


 アップルは目を輝かせ、料理長の手を取って再会を喜んだ。


「公爵様が大出世を決められる戦の炊き出しに、私がいないわけには参りませんからな! 王都決戦に向けて、気合の入った献立を一緒に考えましょう!」


「ふふっ、楽しみにしてますね」


 盛り上がる二人の間に、ムスッとした表情のジョンが割って入った。


「おい、距離が近いぞ。というか、その……手を離せ」


「えっ? あ……うふふ、ごめんなさいねジョン。料理長とは、あくまで料理仲間だから……」


 アップルはニッコリと微笑むと、ジョンの腕にそっと自分の腕を絡めた。


「王都決戦に向けて、これからは毎日、みんなの士気を高める特別メニューにしたいなと思って。それで料理長を、ヘルプに呼んだんです。お許し頂けます?」


「……まあ、兵たちの士気が上がるなら、許すとしよう」


 ジョンは顔をそらしながらも、うなずいた。


「ありがとう。それじゃ料理長、一緒によろしくね」


「お任せを、奥様!」


 近づく決戦の勝利を願って鍋を振る音が、陣中に小気味よく鳴り響く。こうして、公爵軍の夜は、温かな光と期待の香りに包まれながら更けていった。


 一方、強行軍を続けるスノーホワイト王女たちは、疲弊する農民兵たちを鼓舞しながら王都への道を急いでいた。スノーホワイトは、行軍が遅れ気味な農民兵たちを待ちきれず、最前衛を進んでいた。


「早く王妃に追いつくんだ。このまま王都に入られたら、厄介だぞ」


 横に座るハンターの言葉に焦る気持ちを煽られながら、スノーホワイトは、ひたすら戦闘用馬車を進ませた。部隊との距離が、少しずつ離れていく。


「あかん、姫様はずっと前へ飛び出しっぱなしや。姫様をお守りせな」


「農民兵の中から、副官を選抜しよう。行軍中の農民兵引率は、副官たちに任せておくでござる」


 七人の少年サムライたちは、焦るスノーホワイトの前に回ってスピードを抑制しつつ、彼女を直接護衛することにした。


 夜。革命軍の最前衛は、王都の手前を流れる大河・オステル川に差し掛かった。川の対岸に、うっすらと野営の灯りが見える。王妃軍の陣だ。


「王妃軍、橋も壊さずに、あわてて逃げてるのね。でも、やっと捕まえた」


 スノーホワイトは鼻で笑いながら、手綱を握りなおした。


「強い魔力を感じる……恐らく、橋の向こうには王妃がいるぞ!」


 ハンターは魔力探知に集中しながら、高揚した声を上げる。


「やっと、追いついたか。この機を逃がすな。目指すは王妃の首、一点のみ。夜襲をかけて、王妃を討ち取るのだ……」


「よし、採用! 全隊突撃!」


 少年サムライたちの先導で、スノーホワイトの戦闘用馬車が、橋へと突き進んだ。


 その時だった。


「……待て、止まるんだ。すぐに引き返せ!」


 スノーホワイトの隣で、ハンターが突然、顔色を変えながら怒鳴り声を上げた。


「えっ⁉ さっきまで『早く王妃を追え』って言ってたじゃない。今さら何よ!」


 スノーホワイトは驚きながらも、手綱を引いた。しかし馬のスピードは速すぎて、急には止まれない。


 次の瞬間。


 バシュンッ――


 足元の橋が、まるで煙のように、フッと消え失せた。


「なっ……橋が!」


 橋の正体は、サニー王妃が作り出した「大魔橋グランド・アーク」だった。見た目は石造りの堅固な橋だが、実際は「魔道アーク・ロード」と同じく、魔力で構築された仮の橋。王妃の意志で生成され、王妃の意志でいつでも消える。


 橋が消滅すると、スノーホワイトの馬車は一瞬宙を舞い、川へと勢いよく落下した。


 バシャァァァン――!


 水しぶきが、大きく跳ね上がる。


「姫様っ!」


「うわああああ!」


 七人の少年サムライたちも、次々に川へ落ちる。スノーホワイトは泳いで岸にたどり着き、何とか無事に川辺へと這い上がった。馬たちとサムライも自力で泳ぎ、ずぶ濡れになりながらも、岸に上がってくる。


 しかし、ハンター軍師の姿が見えなかった。


「ハンターさん! どこなの⁉」


 スノーホワイトが悲痛な声を上げた。全員が必死に水面をかき分け、ハンターを探す。そして――


「いたぞ! あの流木に引っかかってる!」


 分身して水中をくまなく捜索していたムサシが、声を上げた。サムライたちが力を合わせ、ハンターの体を引き上げる。


 ハンターはぐったりとしたまま、呼吸をしていない。


「ハンターさん⁉ 嘘でしょ、ハンターさん!」


 スノーホワイトが彼の名を叫び、頬を叩く。サムライたちは青ざめながら、周りに集まる。


「目を開けて、ハンターさん。まだ……まだ何も、終わってないのに!」


 スノーホワイトは濡れた前髪をかき上げながら、ハンターの体にしがみついた。水から引き上げられたハンターの体は、もはや微動だにもしなかった。

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