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第27話 白雪姫の姉ですが妹の心が折れました

 スノーホワイトが「大魔橋グランド・アーク」の罠にかかり、戦闘用馬車ごと川へ転落してから、刻一刻と時間が経過していた。


 スノーホワイトと七人のサムライ、そして馬たちまでもが、次々と自力で岸に這い上がった。しかし、水中から引き上げられたハンターの体は、岸辺に横たえられたまま、目を閉じて動かない。


「嘘……こんなのイヤよ、ハンターさんっ! お願い、返事して……!」


 スノーホワイトはハンターの名を呼び、必死に体を揺さぶる。だが、ハンターは完全に心肺停止状態だった。


「もう……もうダメなの⁉ だったらもう、降伏する!」


 心が折れたスノーホワイトは、突拍子もないことを口走る。


「あの人に降伏して、ハンターさんを生き返らせってって、頼むしかない……!」


「なんでやねん! 姫様、ちょっと落ち着きなはれ!」


 七尾キョースケが一喝して、泣きわめくスノーホワイトを黙らせた。一文字ナイトが口を開く。


「姫君、まだ終わってないでござるよ! 急いで、心臓マッサージと人工呼吸を!」


「な、何それ……?」


 スノーホワイトが困惑する。


「ふふふ……王国の医学は遅れておるな。よかろう、我が指南しよう……ムサシ、実演しろ」


 ムサシが分身して、自分で自分に心臓マッサージと人工呼吸を施すジェスチャーをしてみせた。ゲンシュウが解説を加える。


「まず、胸の真ん中を手で押す! 一定のリズムで、三十回! それから、ああやって鼻をつまんで、口から息を吹き込む!」


「ゲンシュウてめえ、こういう時は普通に説明できるじゃねえか!」


 ホーチキがツッコミを入れる。スノーホワイトは大きくうなずいた。


「分かったわ! やる!」


 スノーホワイトの判断は早い。すぐさまハンターの体にまたがると、胸に両手を置き、力を込めて押し始めた。


「1、2、3……!」


 胸骨圧迫を終えると、すぐさま唇をハンターの口元に近付ける。


「えっ、人工呼吸まで、姫様が⁉」


「何? 代わってる暇はないわよ。こっち見ないで」


 七人があわてて回れ右して視線をそらすと、スノーホワイトはためらいなく、口移しでハンターの肺に息を送り込んだ。


 すると——


「ゴホッ……ガハッ……」


 ハンターが息を吹き返し、水を吐き出しながら大きく咳き込んだ。


「ハンターさん! 良かった、生きてた……!」


 スノーホワイトが泣きながら、ハンターの胸に顔を寄せる。ハンターは、ため息を吐きながら、力なくつぶやいた。


「まったく……罠師が、罠にかかるとはな……」


「軍師殿、どういう意味でござる?」


 一文字ナイトが問いかけると、ハンターは悔しげに語った。


「第三の眼は、獲物を正確に追尾する。橋の向こうの巨大な魔力が、少しずつ動いていたんだ。それに気を取られているうちに、橋の正体に気づくのが一歩遅れた……」


 ハンターは自嘲しながら苦笑いしたが、すぐに声に力を込めて続ける。


「だが、ただでは終わらんぞ。橋は無くなった。ならば、我々で橋をかけ直すまでだ。どうせなら、ただの橋じゃなく、橋の借りを橋で返してやろう……」


 ハンターの頬に、再び血の色と熱気が戻り始めていた。


 そんな彼らを、川向こうから見つめ続ける影があった。


 ――王妃の使い魔カラスだった。


 カラスの目は闇夜の中でギラギラと光りながら、革命軍の監視映像を魔法の鏡に送り続けていた。


 スノーホワイトたちが大魔橋を渡ろうとする瞬間も、落下してハンターが溺れ、救命されるまでの一部始終も、王妃には筒抜けだった。


「渡るタイミングにバッチリ合わせて橋を消したのに。ハンター、悪運の強いやつね?」


「また私に作戦聞かないで、勝手に先走って失敗ですか。天下の大軍師を川ポチャで始末しようとか、安易すぎません?」


「うるさいわね。途中まではうまく行ってたのよ。あの宝玉を、カラスの足にぶら下げておいたの。ハンターったら案の定、宝玉を私本人だと思い込んで、橋を渡ってきたんでしょ?」


「あなたも宝玉も、強力な魔力を発してますからね」


「そうなのよ。ハンターはいつだって、一番強い輝きを見ると、それに心を全部奪われてしまう男。そうよね?」


「あなたを裏切って、今やスノーホワイト王女殿下のファーストキスのお相手ですし」


「キスじゃなくて人工呼吸よ! それに、私とは何でもないの。私はただ、失明したあいつが魔の森で獲った野獣のくっさい肉とか内臓とか、別に要らないけど、全部言い値で買ってやってただけよ」


 ため息をつきながらサニーは、窓からふと、オステル川の方角を眺めた。


「そしたら、『慈悲深き王妃陛下』とか言って、尻尾を振ってなついてきたの。でも結局、あいつは私のことが、何も見えてない。宝玉と私を間違える、その程度の男なのよ」


 空は少しずつ白みはじめ、間もなく地平線から朝日が昇ろうとしていた。サニーは悔しげな目をしながら、窓にそっと背を向けた。





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