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最終話 白雪姫の姉ですが田舎に帰らせて頂きます

 数日後、貴族院議会が、ジョンを召喚した。


「ジョン・モンストラン公爵。貴殿は王位継承権序列で言えば第七位に相当するが、このたびの戦いでの活躍と民衆の人気を考慮し、貴族院は、貴殿を新たな国王に推戴する。ただし、正式な王妃は王室直系から迎えて頂きたい」


 貴族たちの暴言に、ジョンの眉がつり上がる。


「貴殿を国王とし、氷の中のスノーホワイト殿下を形式上の王妃とし、実は二人は結婚していたという事務処理で、事を丸く収めるのはどうか。スノーホワイト王女殿下は、少なくとも書類上、まだ逝去されていない。女王即位もハンター氏との結婚も、法律上は無効だ」


「アップル様との婚姻関係は、最初から無かったものとして扱いましょう。サニー・ブラックモアが創設した『ブラックモア女公爵家』は廃絶され、アップル様の身分も平民になりましたからね」


「お二人の政略結婚は、両家の友好同盟を条件としたものでした。あの親子が貴族の身分を失った以上、もはや何の意味もありません」


「だいたい、国を滅ぼした魔女と、王宮を壊した悪竜の、汚れた血です。アップル様が王妃では、国の体面が保てませんよ。もちろん、側室として後宮でトカゲ女を飼いたいご趣味がお有りなら、それは別に構いませんが……」


 勝手なことばかり言う貴族たちに怒って、ジョンは剣の柄に手をかける。


「いい加減にしろ! かつては王妃に媚びへつらい、革命戦争でもどっちつかずのままで様子見してた貴様たちの、指図など受けんぞ」


 ジョンの剣幕に押され、貴族たちは顔を引きつらせた。


 その夜、アップルは馬車で王宮を抜け出し、街道を走らせていた。


(竜族の里で、しばらく暮らそう……お父さんに会いたい。自力で竜に変身して飛ぼうかと思ったけど、ダメだった。でもハンターさんに頼んで、魔の森を南に抜ければ、行けるはず……)


 しかし、後ろからジョンが白馬で追いついて来た。


「どこへ行く気だ、停まれ!」


 ジョンは馬車の前に先回りして、御者に停止を命じた。アップルが、馬車の窓を開ける。


「ジョン……」


「書き置きを見たぞ。『田舎に帰ります』とはどういうことだ? お前をどこにも行かせるもんか!  魔の森なんか、絶対にダメだ」


「ジョン……私がいると、あなたはいつまで経っても、国王になれない。でも、それだと鏡にも助言してもらえない。国の復興が遅れるのよ。今、人々は戦災で苦しんでる。私が竜族の里に引っ込めば、民も早く救われる……」


「全然。逆だ。俺は、お前がいないとダメダメなんだ。俺は王になる。復興にも責任を持って取り組む。だが、王妃にするのはお前だけだ!」


「ありがとう……でも、竜族の里には、もう一つ、用事があるの」


「用事?」


「蘇生魔法よ。今はまだ魔力が全然足りてないけど、竜にだってなれたんだから、いつかは、母親以上の魔力が発現すると思う。その時のために竜王から、真の蘇生魔法の伝授を受けたいの……」


「つまり、氷漬けのスノーホワイトが待っている『未来の大魔法使い』に、お前がなるつもりなのか?」


「そうよ。『希望』を持ち続けることで、私はここまで生きてきた。これからは、あの子の『希望』に応えたいの」


「なるほど、よく分かった……だが、それは……真の蘇生魔法を使えるだけの高い魔力を、お前が身につけてからでも……それからでも、別に遅くはないんじゃないか? 今あわてて習っても、どうせ使えないだろ」


「あっ……確かに、それは……」


「先延ばしにできることは、先延ばしでいいじゃないか。お前は生き急ぐな、アップル。今できることをやろう。しばらくは、今を楽しむんだ。俺たち二人の、新婚生活をな……」


「な、何を言ってるのっ……」


 即位式の日。王宮前広場に集まった民衆の歓声の中、ジョンが、高らかに宣言した。


「アップル・ブラックモアを、王妃と定める」


 ざわつく列席の貴族たちに、ジョンは鋭い視線を送った。


「王都の復興は、しっかり進める……進めるが、浸水被害はあまりにも大きい。俺たち夫婦は、いったん田舎に帰らせてもらう。政府機能全てをモンストランに移動し、モンストランの城を仮王宮として、国政を執る。異論ある者は、かかってこい!」


「横暴だ! 貴族院は認めませんぞ。話が違う!」


「俺は、アップルのためなら暴君になろう」


 ジョンは言葉を続ける。


「ただし、民を飢えさせず、しっかり休ませ、命を守り育てる。そんな暴君だ。さあ、辺境から国を建て直すぞ!」


 憤った貴族たちは、アップルにも詰問の矢を浴びせた。王妃になられるなら、きちんと所信表明をして頂きたい。自分の出自について、何か言う事は。今後の公務の方針は。復興にはどのように取り組むおつもりか。


 アップルは質問には答えず、お盆いっぱいに乗せたティーカップを、貴族院の元老たちに笑顔で差し出した。


「今日は寒いのに、ご苦労様ですね。ホットアップルジンジャーティーをどうぞ」


「お、王妃陛下が、給仕ですと……?」


 貴族たちは不意を突かれ、カップをつい受け取る。


「直々に茶を賜るとは、我が子爵家、末代の誉れですな。頂きましょう」


「甘くて、熱い。一体これは……?」


「これが建国理念、命の哲学だ」


 ジョンが口を挟んだ。


「体は、食べた物と飲んだ物から出来ている。甘いリンゴを味わえば、心は甘美な愛で満たされる。温かい物を飲めば、氷のような心も溶けて熱くなるんだ。愛と情熱で、田舎貴族が新王朝を開く。文句あるか!」


 ジョンの声に、民衆が再び歓声を上げた。アップルは、ジョンにそっと語りかける。


「ジョン……私たちは鏡の智恵を、正しく使っていきましょうね。民衆にお腹いっぱい食べさせ、しっかり休ませ、命を守り育てる。それが、あなたの『希望』……忘れないで。鏡は、国王の『希望』を反映するのよ」


「そうだな。希望を持てば、鏡が導いてくれる……毎日お前とスイーツタイム、子供は……」


「ちょっと、何を希望してるの?」


 ジョンは笑いながら、アップルの肩を抱き寄せる。


「アップル、俺の王妃クイーン。愛してるよ」


「ジョン、私も、あなたを愛してる」


 二人は、甘いキスを交わした。


 招待された七人のサムライ、ブラッドストン公爵に叙せられたハンター、そしてモンストランから駆け付けた料理長・執事・メイドらが率先して盛大な拍手を送り、祝福する。


 アップルとジョンは手を取り合い、満面の笑みで万雷の拍手に応えた。


 白雪姫の、地味な姉。その物語は、こうしてひとつの幕を閉じたのであった。

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