「おじゃましまーす……」
そろりそとりと中に入り、特に誰が居る訳でもないのに挨拶を言った。
外の倒壊した建物とは違い、この建物は苔はむすけど原型のまま存在。中を覗いてみるととても小綺麗で埃一つ浮遊しない異質な空間だった。
壁、床、共に木製の板が小綺麗に整理されている。やはり異質だけどそれに加え、壁には今もなお燃えているロウソクの明りが一定間隔に幾つも壁にあり、部屋全体を明るくしている。
「……ッ」
思わず唾を飲み込んだ。
部屋の奥、その中央には何かを祭っている祭壇っぽいものが……。祭事に使われているかもと思ったけど、どうやらアタリだったようだ。
そう思いながら警戒し、汚れた足で上がってごめんなさいと内心謝りつつ、部屋の中をズンズン進む。
瞬間。
――時は来た。
「!?」
また頭の中に直接語り掛ける声が聞こえ、俺は一瞬身を硬直するも仙気を纏い警戒した。
「ッだ、誰だ!!」
驚いた拍子に叫んだ俺の声。それは虚しくも質素な中に響くばかり。数秒の間があっても返事はない。
首を振り体を捻って必死に部屋中を見るも何もない。
冷静さを装うも額に滲み出た汗、背中に流れる汗から内心恐怖も感じている。
「……すー……ふぅー」
深呼吸して落ち着きを取り戻す。
(やっぱりあそこが怪しいよなぁ……)
祭壇を睨みながらそっと近づいた。
――幾星霜――――待ちわびた。
「ッツ!!」
再び脳内に声。やはり声の主は祭壇の方から語り掛けていると確信し、両こぶしの仙気を一層に強めた。
「誰だあんた! 何者だ!!」
――肉体を失い――――精神体となった。
「姿を現わせよ!! そこに居るのはわかってんだ!!」
――だがこの場に縛られるのは覚悟の上だった。
「おい聞いてんのか!!」
――だがしかし、悠久の時に浸かるが――――もう、疲れた。
「人の話を聞け!!」
急に自分語りを始めた祭壇からの声。脳内に響く声は重低音と高音が入り混じった様な、男女の声が混じった様な声だ。
冷静さをと頭では分かっていても、不安と焦りに怒気を飛ばす俺。その叫びを物ともしない祭壇からの声は止まることはない。
――だが僥倖ッ!! ――――僥倖なりッ!!
「あしゅ〇男爵の方がまだ大人しいってマジで!! いい加減にしろ!!」
――幾星霜――幾次元から差異次元の果てを見てもッまさかッ!! ――――白銀の仙気を宿した者などまさか現れるとはッ!!
「白銀の……仙気……ッッ!!」
白銀の仙気。それを耳にした途端、俺の心臓はドクン脈打った。
仙気には色が付いている。赤色だったり水色だったり、その色は宿る人によって各々違い、色が濃ければ濃い程その純度は高くより強く、より強靭な仙気なんだとわかる。
そんな中、俺の仙気の色はと言うと……。
「あ~~~~? 白だなぁたぶん」
近所のギルドで能力検査をした結果、なんとも曖昧な色付けをされた。
たぶん。で通る感じの検査結果に加え、検査室内で直接耳にした幼少期の俺は特に何を思う事なくそれを受け入れた。親もカルテでそれを見て納得していた。
攻撃的な赤色や青色等々じゃなくて白。まぁ特に特筆すべきところはないと世間ではなっていて、俺もそれに準じた生き方をしてきたわけで。結果的にも平々凡々な強さだし。
だからこそ、白銀と言われて俺は驚いた。しかし同時に疑問視。こんな得体の知れないあしゅ〇男爵にそう言われても、にわかに信じがたい。と同時にこのダンジョンは例のアレだからこそ、あしゅ〇男爵の言葉を信じたいのも確か。天使と悪魔が俺の両耳でささやいている感じだ。
(って言うか白銀ってなんだよ……。聞いてことねぇよ……)
そう思っていると。
――ッダバ!!
祭壇の中央が瓦解。
「!?」
そいつは姿を現した。
「――白銀の仙気を宿し者よ」
それは淡い白色の何かだった。
宙に浮き陽炎のように揺らめく白い何か。
人魂の様な姿をしていて、身体の芯から響い来る様な重低音と高音の声が直接頭に語りかけてくる。
「――受け継げ――我の力の根源を――」
「ッ」
思わず胸を押さえて歯ぎしりをした。
人魂から発せられる波打つオーラ。俺の体を貫く、否、俺の体に入って来るそれは止めどない。
心の蔵を抉られた。そう錯覚してしまうほど、体に入って来るオーラは力強い仙気だった。
「ッッグガ!?」
体全体に、それこそ細胞の一つ一つに悲鳴。
心臓が脈打つたびに、血が血管を巡るほどに、細胞から神経、骨、筋線維に皮膚、舌から眼球までもが波及するオーラによって変化。
「――継げ――継げ! ――継げ!!」
「ううぅう!!」
「――我の意志を――我らの想いを――」
「ぅぅぅう゛う゛う゛う!!!!」
より上へ。より上へ。
人の身では到底辿り着けない更なる次元へ。
しかして人の身でなければ到底辿り着けない更なる次元へ。
細胞の一つ一つから溢れんばかりの力が波及。
ピキリピキリと砕かれたコンクリートのようにひび割れた身体。しかし光の粒子を纏って再生していく身体。
ぐちゃぐちゃに混ざり合った知らない知識と記憶も流れて来る。
「ああああああああああああ――――――」
――渇いた魔物を屠るために。
――
――安寧を凌辱する暗黒を屠るために。
――外なる神々を屠るために。
――愛する
――星霜の彼方にて薄らいだ桃源を夢見ながら。
――――託す。
淡い白銀の光。
やがて俺を包む様に内側から光が漏れ出し、辺り一帯を覆うのだった。