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第9話 覗き

 鳥の鳴き声で目が覚めると、知らない天井を見上げていた。


 なんて使い古したベターなテンプレ展開でおはようございます。


 目覚めたと同時に、ドキドキワクワク命辛々ズッキュンドッキュンな昨日の記憶が脳裏に駆け回り、飛び起きる様に起きた。


 厚めの敷布団に少し薄い毛布。眠たい顔をしながら仕切りの様に掛けられたすだれから顔を出すと、そこは昨日焼き魚を焼いた囲炉裏があった。どうやらここは区切られた寝室で間違いなく、私の隣には畳まれた布団が。でも当の本人がいない。


(サトルさんどこ行ったんだろ……)


 頼りのイケメンが居ないことに一抹の不安を募らせる一方。


「あ゛あ゛ッ!?」


 女子が出してはイケナイ声を出してしまった。それは仕方のないこと。


(み、みんなに現状報告しなきゃ!!)


 急いで側にあるウエストバッグから撮影用のドローンを取り出して起動。


 そこで気付く。


(バ、バッテリーがミリだとぉ!?)


 昨日は生放送しながら超絶ダッシュで逃げてたから追随するドローンのバッテリーが消耗したんだと推測。。と言うか、まさか転移事故するなんて思わないから大容量バッテリーを装備してない。


「ッツ!」


 それから私の行動は早かった。撮影用のドローンとは別にマイクに接続するドローンも起動。配信先のランカーチューブに接続を確認し、すぐさま生放送の枠を立てた。


(タイトルは『生きてます』でおk)


 早く早くと告知タイム。今か今かと生放送が開始されるのを待つ傍ら、カメラに映る自分の顔を確認。全国に配信されるから化粧はしてるけど昨日の泣きで崩れてる。そして寝起で髪の毛ぼさぼさ。


 でもそんなのは関係ない。だってバッテリーがミリだから!?


 そして始まった。


「ハーイみんなヤッハロハローしぶりんちゃんねるの緊急生配信始まるよ転移事故から死にかけたけど何とか生きてますバッテリーがヤバいから短く言うけど何とか東京に戻れそうです無事に戻れたらまた詳しい話は家から生放送するんでよろしくありがとうまたね」


 超早口で言い切って生放送を閉じた。アーカイブ&ショート動画に残すで設定完了。そしたらドローンのバッテリーがなくなり強制的に回線が切れた。


「動画時間十五秒……」


 何とか私の生存報告を配信できたにはマジでラッキー。そしてちゃんといい所でバッテリーが切れたのもラッキー。流石に十秒そこらで人が来るとは思って無かったけど、配信直後に見に来た人が何人か確認できた。私という存在がちゃんと認知されているんだと涙が出そうになる。


「ふぅ……。うんしょっと」


 それはそうとして立ち上がり、現実問題に戻る。


(サトルさんどこ……)


 頼みの綱であり命綱でもあるサトルさんの気配が無い。少なくともこの家にはない。


「よし」


 腰に短剣を装備して外に出る事を決意。正直ここから動きたくない、外に出たくない思いが強い。だってあのゲキヤバ龍が報復しに居るかもで怖いし、ゲキヤバモンスターがうようよしてるかも知れない。だからサトルさんの帰りを待った方が賢明っちゃ賢明。


(でも私はランカーダンジョン配信者。恐れてちゃ視聴者は付いてこない!)


 これでも学生の頃は上位の成績でブイブイ言わせてた。例え配信してなくてもランカーとしての令呪がある。


(いざ参る!!)


 靴を履いてババンと立ち上がる。けれども。


(やっぱ怖いッス……)


 怖い物は怖い。だって私、女の子だもん。


 ちなみに男の子でも怖いハズ。


 でも四の五の考えてられない。引き戸の向こうは若干草が生えている普通に整地された道なのだから。


「よし!」


 ――パチン!


 と頬を叩いて気合い注入。


 意を決して引き戸を開ける。


 ――ガラガラ!


「……まぁ何も起こらないよね」


 林に囲まれた場所。雲で移動して来た時に見た光景。かなり勇気出して飛び出たはいいけど、案の定モンスターに襲われることも無く普通に出れた。


 冷静になり辺りを見渡すと、切り株があったり割られた薪を集めた簡易な棚もある。


「……うーむ」


 疑問。薪割りやそれを集めたのはサトルさんだろうけど、今出てきたこの家はサトルさんが立てた家なのだろうか……。一ヵ月でちゃんとした家を建てれるのだろうか。でもよく見ると結構古ぼけた感じもあるし、もしかしたら元から立ててあったのを使っているのかも知れない。


 謎が謎を呼ぶそんな時。


「ん?」


 水が流れる音が聞こえた。


(水の音……。川の音が聞こえる……)


 近くに川がある。耳に聞こえる確かな期待に、私は迷いなく歩を進めた。そもそも喉乾いてるし、顔を洗いたいし。


 整地された土道。川の音がするその林へと続く道を少し歩くと、木々の間に流れる川が見えた。この道筋は川へと続いてるようで、サトルさんも使っている道なんだと容易に想像できた。

 そんな事を考えつつも駆け足で川に走った。


「ッ!?」


 一目だわかる川の綺麗さ。透明度はさることながら人間の直感というか、これは飲んでいい水、飲むべき水なんだと脳が刺激してくる。


 ――ちゃぷ。


 水面に反射する自分の顔すら見る事も無く両手で水を救い上げ、そのまま飲む。


「ンク……ンク……っぷはぁ!!」


 手の中の水をごくりと飲み干すと、また掬っては口にむくんで飲んでしまった。


(うましッ!!)


 カラッカラな喉と火照ったからだに染み渡る様なみずみずしさ。ダンジョンも相まって天然水直だから美味いのなんの!!


 ――ちゃぱ! ちゃぱ!


「ん~♪」


 泣き崩れてメイク崩壊のこの世の終わりのみたいな酷い顔に天然水ザバン。もうメイク落とす勢いで顔を洗った。

 冷たい水が最高に気持ちがいいからか、自然と笑みを浮かべてしまう。


「……よし。今日もかわいいぞわたし!!」


 水面に映った自分の顔を見て一言。鏡を見た時に言う日課の言霊も忘れずに、私は滴る水を手で拭った。


 これでも一端の配信者を名乗ってる訳で、自分の顔には自信ありなのです。たとえメイクが無くても最カワな顔が武器なのです。あと胸ね。女の武器よ。これでチャンネル登録者集めたまである。


(女配信者は実力がなくても可愛ければ視聴者が着く……。これが現実なのよねぇ……)


 ちなみに私は可愛ければ実力もある配信者ですはい。頑張りましたよはい。


 ――。


「!」


 立ち上がった時、不意に大きな岩の向こうから気配を感じた。


 手に魔力を練りながらそろりそとりと近づいて、ひょいと顔だけ岩から出した。


「!?」


 白髪から滴る水は一つ一つが玉露。


 悩まし気に細めた視線は揺蕩う水を腕に走らせ指先にまでのぼる。


 顎先から首を通って体に伝う水を追いかけると、見事に引き締まった無駄のない筋肉が。


(――――ギャアアアアアめっちゃエロいいいいい♡♡♡)


 オレンジ色の雲を下腹部に覆ったサトルさんがいた。

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