時は渋川カレンこと、しぶりんの緊急生配信が始まったころに遡る。
しぶりんの配信は熱心なチャンネル登録者がまず先陣を切り、それが携帯端末の通知や使用しているパソコンの通知に波及して視聴者が集まる。
しぶりんチャンネルはダンジョン配信として一定の注目度はあるが、なにより彼女の容姿に惹かれて視聴する者が後を絶たない。そして登録者数10万人は伊達ではなく、生配信が始まれば続々と視聴者が顔を出すが、此度の配信は一味違った。
「――タイトルでもわかる通りなんとなんと!! ダンジョン『仙界の霊山』というダンジョンに転移ました!! まさか転移陣の誤作動で変なところに飛ばされるなんて思わなかった! だってアレで――」
数多もダンジョン配信あれど、転移事故でのダンジョン配信は稀中の稀。ダンジョンを警戒しながら移動するしぶりんには、異様な勢いに増え続ける画面の端に映る視聴者の数を知る由も無い。
そして邂逅する、龍。
何だ何だと。アレは何だと。謎のダンジョンに続き謎のモンスターの出現が視聴者に興味という名の蜜を味わわせた。
しかし事態は一変する。
謎のモンスターは異様に巨大であり、尚且つしぶりんを排除しようと攻撃を仕掛けたからだ。
並のモンスターはもちろんのこと、上位種や低級ボスモンスターならばショートソードで近接、魔術による中距離遠距離とオールラウンダーなしぶりんは軽くいなせる実力を持つ。
だが相手はしぶりんと視聴者全員の常識が通用しない暴龍であり、端末から聞こえる轟音としぶりんの悲鳴、激流の様に流れるコメント欄が異常事態を示した。
アメリカやロシア、フランスやドイツ、中国に韓国と大国や小国の大手ギルドの面々が昼夜の時間を気にせず、しぶりんの生配信を静観する中。
「……ふむ」
日本が誇る大手ギルド――日ノ本ギルドのギルド長である彼女、"
国からの要請でこなしたダンジョンの攻略。政府公認の攻略チームが失敗に終わり、その尻拭いをさせられる形で日ノ本ギルドの第一部隊を派遣。真莉緒自ら指揮を執り、ダンジョンを攻略した矢先の通達が転移事故の動画だった。
少しの息抜きも取れない……。そう思いながらも秘書からの通達を、それこそ転移事故を無視することはしない真莉緒だが、阿鼻叫喚な配信に興味を注がれるのはランカー故に仕方のないことだった。
騒がしい東京の昼間。ギルド保有のタワー最上階の執務室で配信を見る彼女はこ
う思った。
(……助からないな)
しぶりんに対する感想に他ならない。
逃げ惑うしぶりんの後ろには最上位魔術級の落雷の嵐。音を置き去りにする雷は地面を抉り、当たれば一溜りもないのは誰が見ても明白。それに加え遥か後方に見えるは巨大な龍。レイドボス級の存在が視聴者を震え上がらせるのは十分であり、しぶりんの悲鳴も相まって絶望的だった。
(人間、幸運ばかりではいられないが、不運もここまでくると脅威だな……)
真莉緒は鼻から息を吐き、眼を細めて動画を見た。
転移事故に謎のダンジョン。その先にはレイドボス級の龍が鎮座し、しぶりんを滅ぼそうとしている。
誰が見ても絶望的な状況。国の救援ははなから皆無に等しい故、しぶりんの最悪な事態は免れない。
《■■■■■■■■》
龍の首が動き発射体勢。
《パパ……ママ……みんな……。ごめんねッ。さよなら――》
既に何もかもを諦めたしぶりんの表情が視聴者に絶望を与えた。
そんな時だった。
(――!?)
挙動不審。
けたたましく龍の顎から衝撃波が迸った瞬間、顎は空に向けられエネルギーは轟音を置き去りにして発射。
曇天を瞬く間に消し去り、空へ高く高くエネルギーが発射された。
(点の様な何かが龍の顎打ち上げた……!?)
乱れた映像から詳細は拾えないが、真莉緒の眼には確かに何かが龍に攻撃した様に見えた。
更には空を穿つ龍のエネルギーの外側をを渦巻く様に何かが昇って行くのを確認。
長い長い朱い棒が空に出現し、暴龍の頭蓋を一撃で仕留めた。
》え
》え
》生きてるウゥゥ↑
》なにが起こって
》しぶりん!!
》逃げて!!
》は?
》龍が斃れてる
チャット欄が大いに流れている。
《あぁ……ッ。ああああああ!!》
奇跡の生還に涙を流して喜ぶしぶりん。その様子を他所に。
「ッ!!」
真莉緒は背筋をゾクリと震わされていた。
(レイドボス級の龍をあっさり倒しただと……? 私にも同じことができるかと言われれば首を横に振るほどの強敵をッ……!! 面白いッッ!!)
日本最強のランカーとは誰だと言われれば、真っ先に日ノ本真莉緒の名前が出てくるほどに、真莉緒は自他共に認める最強の女である。
その彼女が数年ぶりに鳥肌を立たせる事態。おもわず口を吊り上げてしまうのは仕方のない事だった。
嗚咽を漏らして泣くしぶりんと同時に、視聴者は龍を倒した謎の存在が近づいて来るのを見た。
謎が謎を呼ぶ。
浮遊するオレンジ色の雲に座り、白髪の男が得物である棒を肩に担ぎながら登場したからだ。
《――あのぉ、大丈夫ですか》
まさかの日本語でのファーストコンタクトに全員が驚愕。
(何者だこの男……)
謎の男に誰だ誰だと視聴者が取り乱す中、明後日の方にカメラが向けられる一方、しぶりんと謎の男は邂逅。幾度かの会話の末。
《みんな心配けかたね……。とりあえず落ち着きたいんで配信終わります。じゃあまた……》
唐突に配信が終わった。
配信が終わってからもアーカイブが残り、それが全世界で再生される始末。しぶりんの安否が問われる中、レイドボス級の龍を倒した謎の男の正体究明にも火がつく。
そして始まるギルド競争。
"白髪あの男は誰だ"という波及と、素性を明かし何が何でもギルドに入れると言う競争だ。
アメリカや中国、ロシアにフランス等々、大手ギルドは一斉に動き始めた。当然日ノ本ギルドも男の素性を探る。
当然国営ギルドの名簿も参照するが、配信の画質は荒く、顔が鮮明ではない故に難航。訛りのない明確な日本語を話す故日本人。特徴的な白髪を頼りに参照しながら目ぼしい人物をピックアップするも、総じて別人だとすぐに判明。
配信が終わって三時間後。配信者であるしぶりんの一応の生存が確証されている中、次の配信を待つしかないと各国の大手ギルドが頭を抱えている一方。
「……
「は、はい!! 去年の四月に日ノ本ギルド第三部隊に入隊しました!!」
「白髪に関しての情報があると部隊長から報告があり君を呼んだが……、その情報は確かなのか?」
「い、いえ、画像が荒くて完全には断定はできないですけど、声の感じといい背丈や顔の輪郭、そして俺のカンと言いますか……。とにかく、この白髪には見覚えがあります……」
まさかの身内からの情報に、真莉緒は目を細くした。
「続けろ」
「は、はい!! 白髪の男と見受けられる男は”天道悟”だと思われます!! 俺と同じ高等部の卒業生です!!」
「天道……悟……」
緊張して言る須藤を他所に、真莉緒は目を瞑り一呼吸。須藤と同席している部隊長共々下がれせ、天道悟の情報収集を部下に命令しことに当たらせた。
「……今のところ至って普通の男じゃないか」
翌日の昼までに収集された情報。それらは真莉緒からすれば取るに足らない情報ばかりだった。
……誤情報。その可能性がほぼ確実と思った真莉緒だが、夕方に一報が入った。
(帰って来たか……)
《――ハーイみんなぁヤッハロハロー……。しぶりんちゃんねるの緊急生配信始まるよーーって、帰ってきたらとんでもないことになってるんだけど……》
テンション低めのしぶりんの生放送が開始した。