血で汚れた水を交換してもらってから、俺は自分の家のベッドに横たわり、深く息を吐く。
自分は何故こんな生活をして、どうして自警団なんて作ろうと思ったのか。今になってはその記憶の欠片すらも無い。
目的はただ教団を潰すためだが、作ろうと思い立ったきっかけを思い出せない。
特に何かをする予定がない時間はこうやって良く思い耽る。でも、何かしら思い出したことは一つもない。
記憶喪失なんてものじゃない。思い出しても意味がない記憶だからだと思っている。
次の予定は次回の鐘の音。たしか教会について情報を知る者が俺の家を訪ねてくるかだったか。まだ顔は見たことが無いが、どうしても俺の家で話したいと聞いている。
俺が暮らす南部は確かに教会から見放されている地区だが、警戒されていない訳ではない。少し騒ぎを起こせば、中央区に控えている信徒たちが一斉に鎮圧してくるだろう。教会に関する会話は人目の無い所でやりたいのは良く分かるが、穏便に済ませられない可能性も視野に入れておこう。
それから少し経ってから約束の鐘が一回なる。同時に俺のボロ屋の扉から一人の男の顔を覗かせる。
「いるか?」
「あぁ、約束通りだな。無駄話いいから早速話してくれ」
「あぁ……話をしたいところだが、お前が本当に自警団リーダーなら、正体はこんなガキだったとはな……」
「まさか話はそれだけじゃ無いだろうな? 俺はてっきり教会の話を聞けると思ったんだが」
俺の歳はとりあえず二十歳を超えている。そこまで若くも無いと思うが、一部からは子供だと見られることも少なくは無い。だからと言ってそんなことは今回の話に全く無関係だ。
「おぉっと、そんなに急かすなよ。俺は教会にいて有用な情報を持っている。ゆっくり話すことも許されねえのか? 時間なんて、有り余るほどあるだろう?」
「そうだな。少なくとも俺の視界にお前が居られる時間は多くはないとだけは言っておく」
この街は。特にこの南部では人を互いに信頼するなんてあり得ない。別に本題に入らない男に苛ついている訳ではないが、あくまでもここは俺の家の中だ。赤の誰かも知らないおっさんが、自分のテリトリーの中にいつまでも居座っていて不快にならない人間なんていないだろ。
「あんまり大人の気分を悪くさせるなよ。お前は話を聞きたいんだろう? ならもっと肩の力を抜けよ」
「どうせ噂なんだろ? いつまでも話を逸らす目的は何だ?」
「はぁ〜……確かにこの街は噂で溢れている。でも、これから聞こうとしている人の話を噂と決めつけるのは良くないぜ?」
「いい加減にしろ。話す気がないならさっさと帰れ」
全くもってくだらない。一体この男は何をしに来たのだろうか。時間がたっぷりあるのは事実だが、俺は何の意味も無い無駄な話に時間を割く趣味は無い。
そう俺は男を帰らせようとした時、男の表情が変わる。
「一つだけ確認させてくれ。お前は自警団のリーダーである。ヴェイル・ルークで合ってるんだよな?」
「だからどうした?」
「いや、ほんとに悪かったな。本題に入る前に無駄話するのは俺の癖なんだ。だから、そろそろ死んでくれ」
男は無表情で、何の予備動作もなく、腰に携えてあったナイフを俺に突き出してきた。俺は寸前で攻撃を回避するが……、はて、俺を殺したいなら、もっと前からタイミングがあっただろうに。俺の家で殺す必要があったのだろうか?
「急にどうした?」
「あぁ……徐ろに殺すつもりだったんだがなぁ……。流石の反射神経を持ってるじゃないか。次はどうか避けないでくれ」
男はもう一度ナイフを。次は強く突き出す。ただ、殺しに向かってくるのならこちらとしては気軽でいい。やり返せばいいだけだからだ。
俺はまたナイフを寸前でひらりと回避すれば、腰を低く降ろして低姿勢から男の懐に潜り込み、勢いよく肘を腹に打ち込む。
「ぐ……っ! 何抵抗してんだクソガ……キ」
痛みでナイフを落とすのを見逃さず、ナイフをすぐにキャッチすると、即座に男の首を掻き切る。ここに容赦はない。
男はどさりと体を倒し、血を流して絶命した。死んだかどうかを確認する必要はない。どうせ、死体好きの輩が持ち帰ってくれるからだ。
俺は血で床が汚れる前に、男を抱き抱え、家の外に放り投げる。が、俺の家の前に三人の。恐らく教会関連の白い装束を来た者たちがいた。
「なんと、まさか情報屋が殺されるとは」
「我々は人選を間違えたようだ」
「最悪だな。一番我々が見つかってはならない者が目の前にいるぞ」
「おい……どうして俺の家の前に信徒がいるんだ?」
「やむを得ない。自警団のリーダー。ヴェイル・ルークを今より処刑する。逃げても無駄だぞ」
三人の信徒は腰の鞘から剣を引き抜く。まさか人生の内で信徒と直接やり合う時が来るとは。教会が俺の顔を何故知っているのか分からないが、俺はこの三人も殺さなくてはならないようだ。
三人の内一人の信徒は、すぐさま剣を頭上に持ち上げて、俺に向かって振り下ろす。俺はさっき首を掻き切ったナイフを持っていたので、振り下ろされる剣にナイフをなぞらせるように当てて攻撃を受け流せば、真っ直ぐナイフを信徒の腹に深く突き刺し、弱った信徒から剣を奪い、即座に首を落とす。
「おぉ……お前は教会の行動に反対したな?」
「当たり前だろ。今から殺されるってのに、そんな死を受け入れる馬鹿が、この街にいるとでも思っているのか?」
「お前の処刑が終わったら、すぐに上層部に報告してやる」
「残念だがそれは叶いそうにないな」
俺はぺちゃくちゃと話をする信徒に向かって、剣を力任せに横へ薙ぐ。信徒は咄嗟に自分の剣で攻撃を防ぐが、どうやら下町の人たちよりは実戦経験が少ないのか、たったそれだけでバランスを崩してしまう。
だから俺は容赦無く、さらに信徒の両膝を切断すれば、膝立ちになる信徒の首を斜めに落とす。
「ひいぃ……! なぜ抵抗する! 貴様の死は神へ魂となって捧げられるのだぞ!」
先ほどまでの冷静な姿勢はどこへ行ってしまったのか。お決まりの説教が始まる。
「ヴェイル・ルークよ。お前の魂は強い。ならば神にそれを捧げようとするのは当たり前のことだろう!?」
「今俺はお前の仲間を二人殺した。そんな俺に自分らの宗教を教えようとする意気は評価に値するな? おまえらはどこまでも。存在しない物に執着するんだ? なんなら俺がその神とやらに、お前の魂を捧げに行ってやる」
「ま、待て! エ゛ェッ!」
俺は信徒の言葉が終わる前に、剣を顔面に突き刺す。そこでピタリと信徒の言葉は止まった。今日で四人も人を殺してしまった。何も今更罪悪感なんて感じないが、無闇に"情報源"を殺すのは得策ではない。
まぁ、今回みたいなやむを得ないのは仕方が無いがな……。
俺は三人の信徒の死体をその場で放置して、少し疲れたので家に戻って、ベッドに横たわり、瞼を閉じた。次はしっかりと有用な情報が聞けたらいいな……。