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第3話

 一人の情報屋と一緒にいた信徒三人を殺した後、俺は疲れを癒すために、次の鐘の音まで自分の家で休息を取った。

 聞きたいことが一つも聞けなかったため。どうしても何か情報を得たいがために、俺は教会に対して隠れて作られた自警団のアジトへ向かう。


 あまり一つの箇所に複数人が集まれば、気付かれた時の危険性が増すが、今の所関係ない人間には気づかれていないらしい。

 らしいと言うのは俺こそほぼ無関係と言ってもいい。自警団のリーダーではあるが、これは組織ではなく、街の集団心理を利用して勝手に生まれた物だ。だから、俺は創設者であると同時に、殆どの人間が俺のことを知らない。

 しかし、そんなアジトも俺が所在を知っているのは、これは単純にアジトのセキュリティの問題だろう。


 俺が知るアジトは、街の下水道にある。ただ下水道から入るのではなく、酒場の地下から入る。階段は無く、地下へ続く梯子がどこかにあるはずだ。


 俺は場所の見当がついている街の東部へ行く。恐らく隠し事に最適なのは活気が溢れている場所だ。見当がついていると思っているのは、単純に噂集めに下水道を歩いている時に、壁に不自然な空洞を見つけたからだ。

 だから、そこが味方のアジトである確証はほぼ無いが、どうせ街に隠されているものは自警団関連に間違いない。なにせ、教会の人間らは身を隠す必要なんてないからな。


 東部につけば、すぐにその活気と一際明るい光が俺を照らす。何度来てもここの雰囲気は慣れない。殺人が横行しているのはどこも同じだが、東部ほど暗い面が隠されている地区は無い。

 さて、アジトが隠されているのは恐らくここで一番大きな酒場だろう。いわゆる大衆酒場という施設か。


 入り口の扉を開き一歩中へ踏み入れば、街の活気よりさらに騒がしさを増す。これからアジトへの入り口を探す訳だが、来るたびに俺はここで一つ不快感を感じる。

 あんなにも毛嫌いされている教会の人間らが、当たり前かのように街の住人と酒を飲み交わしていた。恐らく、互いに酔っているからこそ一時的な仲なんだろうが、全く慣れない光景だ。

 まぁ、酔っているなら好都合。だからこそ彼らはここにアジトの入り口を半ば堂々と作れるのだろう。


 俺は今一度当たりを注意深く見回し、場所を特定する。見つけたのはカウンターの奥、不自然に武装した者たちが、床の下へ姿を隠して行くのが見えた。

 なのですぐに俺は追いかけるようにカウンター奥へ行こうとするが、当然のように止められる。


「お客さん、この先はカウンターだ。酔っ払っているのは分かってる。だが堂々と泥棒は流石に俺たちでも見逃さないぞ」


「済まないな。そこの床の下に人が入って行くのを見かけたんでな。気になってしまった」


「あぁ、あれか。あれは単なる酒蔵だ。この酒場の酒が全部この下にあんだよ」


「へぇ〜。そういうことだったのか。分かった」


 嘘だろう。勿論、酒場に酒蔵があることくらいは分かるが、それじゃあ武装した人間があの下へ入っていく説明にならない。ただし、そのことを口に出せば流石に怪しまれる。全く、自警団のリーダーだとしても顔を知られていない弊害がここに来て出るとはな。


 ここは潜入するしか無いが、この坂場が閉店するところなんてみたことが無い。静かになったところで入るのは無理だろう。

 あまり使いたくはないが、時には敵を味方につけることも一つの手段だ。

 俺は酒場の隅にある小さな席で一人、酔い潰れる寸前の教会の人間を見つけて話しかける。


「よぉ信徒さん。大分飲んでるな。俺は少し教会に興味が湧いてきてね。あんたらを信じるために一つ頼み事があるんだ」


 反吐が出そうだが。教会の人間らの気を引くには、一回はこいつらの顔を持ち上げなくては交渉の話すら通してくれない。


「んぁ……? おぉ〜……こんなところに敬虔なる者が現れようとはぁ……ヒック。信者になろうとする者の頼みごとならばぁ……聞いてやらんことも……ない」


「簡単なことだ。この坂場のカウンター奥に潜入したい。そこには酒蔵があってな。上手くやればあんたは酒を飲み放題だぞ。少し店員の奴らを抵抗させるんだ。お前らが住人を騒がさせるのはいつものことだろう?」


「酒蔵ァ……? 良いねぇ〜ここの奴らは、我らに酒は飲ませてくれるが、持ち帰らせてはくれないんだ……。ククク……その程度ならお安い御用だ。あんたのおかげで少し酔いが覚めたよ」


 なんてこと言いつつも、信徒は席から立ち上がると千鳥足で店員の元へ歩き出す。今にも倒れそうで、カウンター前に行けば声を荒げる。


「貴様ラァ〜我々は知ってるぞぉ〜……お前らがこの奥に隠している物ぉ〜……ヒック。それは大量の酒を……それらは我ら神の前に置いておくには多すぎるかつ、街の……風紀を乱す物である……」


「はぁ!? 何を言い出すかと思えば、今まで散々飲み尽くしてた野郎が風紀を乱すだぁ? お前らもどうせ俺らと同じ理由で酒を飲んでるんだろう? てめぇらは自分らの神さえ信じてりゃいいんだ。俺たちの楽しみを奪うんじゃねえッ!」


「これは命令である〜ぅ……酒蔵にある酒を全て回収するぅ……そこを退け。殺されたくなければぁ……」


「クソが! どこまで勝手な奴らなんだお前らは! やれるもんならやってみやがれ!」


 そこで酒場は大騒ぎとなる。命の奪い合いというよりは、酔った勢いによる単なる殴り合い。しばらくは他の野次馬は応援したりして声を上げていたが、店主と信徒の殴り合いが過激化する中で、流れ弾が当たる野次馬から、新たな喧嘩が生まれる。だんだんと混沌化して行く酒場の様子に、俺はここまで騒ぎになるとは思っていなかったと一瞬だけ唖然とする。

 ただ今こそがチャンスだと。俺は喧嘩に乗じて、俺を殴ってくる客らを自前の体術で次々と締めと落とし、混乱の中から、信徒の胸倉を掴んで、目的の酒場の地下へ引き摺り込む。なんとか潜入成功だ。


「くははは! 我はやったぞ! これで酒は飲み放題だ! それで小僧。酒はどこにある!」


 地下に入ればやはり想像通りの光景があった。酒蔵なんてものはなく、何も無い広めの地下空間に、さらなる下へ続く階段だけがあった。


「酒……? そんなこと俺言ったか?」


「はぁ……? 地下には酒蔵があるんじゃ無いのか? 店主も言っていたではないか! まさかお前、嘘をついていたのか!?」


「あぁ、そうだった。俺は本来の目的を忘れていたようだ。済まなかったな」


 そう言えば俺はなんの悪気もなく、持っていた護身用のナイフで、信徒の喉を掻き切る。


「ごぉえっ!? ぎ……ぎざま……」


「これは最後の酒だ。死ぬまえに存分に飲んでおけ……」


 これは慈悲だ。こいつは今まで教会のために何をしてきたのかは知らないが、さっきまで楽しそうに酒を飲んでいたに過ぎない。この先にある隠された物を見つかるのは不味いので、俺はこいつを殺すことを決めた。

 だがそんなもの、こいつにとっては理不尽極まりない死だろう。だから俺は掻き切った喉の傷に対して、どぷどぷと酒瓶をひっくり返して信徒に酒を飲ませる。


「死に際の酒は美味いか? 安心しろ。きっとお前らが信じる神なら、死後の世界とやらでたらふく酒は飲ませてくれるだろう。じゃあな」


「う……う……」


 信徒は絶命した。俺はその場に遺体を放置して、目的のさらなる地下への階段を下りる。

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