かのんは、サンドウィッチを片手に顔を上げて京介とルカをちらり、と見る。
このふたりはずっとこのカフェにいる、ということは何かしら知っているはずではないだろうか。
なのにふたりともはっきりと答えようとはしなかった。
せめて、なぜかのんがここに呼ばれているのかを教えてほしい。
ここに入る時、たしかに声を聴いた。
かのんの名前を呼ぶ声を。
あの声はいったい誰だったんだろうか。
ルカか京介のどちらかだろう、と思うけれど確証はない。
「ルカさんは、私の事、知らないですよねぇ」
「あはは、変わったことを聞くね」
それは自分でもそう思う。
「うん、僕は君に事を知らないよ」
「あの、京介、さんはどう、なんですか?」
彼の様子を伺うように尋ねると、京介は、
「そうだね」
とだけ答える。
「かのん、さん」
「はい」
「君がここに来てちょうど一週間たつひにここに来たら、何かわかるかも」
「え、それってどういう……」
その時、がたん、と言う音が響き歩く音が続く。きっと誰かが帰るのだろう。
「ありがとうございます」
そう言いながら京介がレジの方へと行ってしまい、何も聞けなくなってしまった。
一週間後。ということは今度の土曜日だ。
そこで何かが起こるのだろうか。
でもいったい何が?
わからないことだらけで気になって仕方ない。
でも、今はまだわかる事ではないのだろうか。
かのんは店内を見渡す。
いろんな世代の、色んな客。
誰一人として、連れと同世代の人がいない。
どちらかが若く、どちらから年をとっている。何かがおかしいと思うけれど、何がおかしいのかかのんにはわからなかった。
一週間。そこで、何かなぞがわかるなら、また土曜日に来てみよう。
「ねえ、君はウノのルールわかる?」
なんの脈絡もなくそう声をかけられて、かのんは驚いてルカのほうへと視線を向ける。
いつの間にか彼の手にはウノの箱が握られていた。
「え? うん、そりゃ、まあ。でもどうしたんですか急に」
「やりたくなったからだよ」
と、さも当たり前のようにルカが言った。
ここ数日の彼の様子を知らなければ唐突過ぎて驚いただろうけれど、彼なら言いそうだなと、かのんは納得する。
「じゃあやろうよ。京介もほら」
仕事中の人をカードゲームにさそうなんてどうかしていると思うけれど、京介は頷き答えた。
「いいよ」
「いいんですか?」
かのんが驚きの声を上げると、京介は微笑み頷く。
「まあ……ね。昔はよくウノとかトランプとか、ボードゲームをやったよ。ルカが好きだから」
「あぁ、そうだっけ。最近は京介と会ってばかりだから全然やっていないじゃないか」
言いながら、ルカはウノを箱から出してカードをシャッフルする。
そして彼はカードをかのんと京介に配った。
久しぶりのウノは白熱を極めた。
英語札に英語札で返すのはオッケーというルールにしたため、なかなか決着がつかない。
その間に何度か京介は客に呼ばれたけれど、それでもウノをやめなかった。
最後、ルカが勝ち、京介が二番であがってゲームが終わる。
かのんは笑いながらカードを集めて言った。
「こんな白熱するものだったっけ」
「あはは、ルール次第なところあるよね。ドロツー返しとかなかったらもっと早くおわったかも」
「そうですよねー。ドロツーをスキップで返すのもありでしたからすっごい白熱しましたね」
カードを集め終り、かのんはルカに笑顔を向けて言った。
「ありがとうございました、楽しかったです」
「あはは、俺も楽しかったよ。今度はトランプしようね」
「あ、はい」
断る理由も思いつかず、かのんは頷き帰ろうと立ち上がる。
いつの間にか、店内には誰もいなくなっていた。
オルゴールのような音楽が流れる中、かのんは京介に声をかける。
「ごちそうさまでした。あの、会計は……」
今日も伝票はなかったから、きっといらない、と言われるだろう。それでも聞かないわけにはいかなくて、かのんは遠慮がちに尋ねる。
すると京介は首を横に振り、
「また、きてください」
と言い、頭を下げた。
「覚えていたら、会いに来てくださいね」
「あ、はい。あの、ありがとうございます」
正直食費が浮くのはありがたい。
けれども申し訳なさも感じながら、かのんはお店を後にした。
翌日。
お昼前に仕事に行くと、売り場であの松尾さんを見かけた。
彼女は、かのんの同僚であるアルバイト店員と親しげに話している。
知り合いだろうか。そう思いつつふたりの横を抜け、レジへと向かう。
しばらくすると、そのアルバイト店員がレジに来たので、かのんは尋ねた。
「ねえねえ、さっきのご婦人、知り合いなの?」
「え? あぁ、島田さん? はい。近所に住んでて。今日はパズルを買いに来たって言ってて」
かのんは彼女の言葉に心の中で首を傾げた。
松尾さん、ではなく島田さん?
「あの人、島田さん、なんですか?」
「え? はいそうですけど……知ってるんですか?」
驚きの顔を見せるアルバイトに、かのんは曖昧に笑う。
「うん、まぁ……でも私が知っている名前と違うんですけど」
「え? そうなんですか? あの方は島田さんですよ。五十年連れ添った旦那さんを亡くされてずいぶんと気落ちしてましたけど、最近はちょっと元気で安心しました」
と、店員はほっとした様な顔で言う。
五十年連れ添った夫を亡くした。
それは共通している、ということは彼女の本当の名前は島田、なのだろう。
ではなぜ、彼女は松尾、と名乗ったのだろうか。
それに島田とは彼女が会っていた青年の名字だろう。
ということは彼女が会っていたのは過去の夫なのだろうか。
だから彼女は旧姓を名乗っていた? 同じ名字を名乗るわけにはいかないから?
かのんの心にもやもやがひろがるけれど、何も答えがわからない。
かのんは、客が行き交う売り場を見つめ、あのカフェはいったいなんなのか考えた。
死者と出会うカフェ、とブログにはあった。でも、ルカは死者に会えるわけがない、とも言っていた。
どちらが真実なのだろうか。
いや、どちらも嘘なのかもしれない。
あの青年は死者ではなく、彼女の記憶を投影している? それとも過去とカフェが繋がっているとか?
いくつかの可能性を考えるけれど、なにも答えとしてピンとこない。
その理由はわかっている。手がかりが少ないからだ。
昨夜京介が言っていた、一週間、というヒント。
それで何かがわかるなら、土曜日を待とう。それでこのもやもやが晴れるといいけれど。
そうかのんは決意して、一日の仕事をこなした。