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第12話  異変

 閉店した店内で、京介は新聞記事の切り抜きを見つめていた。

 日付は、二〇二四年十二月十三日金曜日。

 十二日に駅で起きた無差別殺人事件が大きく報じられていた。

 死者は五人。女性ばかりが被害者だが、ひとりだけ二十代の男性も含まれている。

 犯人は二十代の男性で名前も載っている。

 その記事を、京介は悲しげな眼で見つめ、二枚目をめくる。

 翌、十五日土曜日の記事では、犯人の証言、誰でもよかった、という言葉がのっていた。

 それに被害者に関する詳細が書かれている。

 名前は当初報じられていなかったが、日にちが経つにつれて被害者の名前が表ざたになり、遺族への取材攻勢が酷くなったらしい。

 なかには被害者の顔写真を載せる雑誌も現れた。

 京介はそんな記事の切り抜きを見て、胸を押さえて大きく息を吐く。

 そんな記事ととも出てきたのは一枚の写真。

 ゲームセンターに置かれているプリント機で撮った写真だった。

 そこに写っているのは、京介とルカ、それにかのん。

 かのんを中心にルカと京介が笑顔を向けている写真だった。

 それを見てまた、胸に痛みが走る。

 この写真を撮ったのは、二〇二四年の十一月。

 三人で映画を見に行った帰りだった。映画館が入っているショッピングモールにあるゲームセンターでかのんが撮ろう、と言い出したものだ。

 懐かしさと哀しみが一気に京介の胸を締め付け、彼はその写真を思わず伏せた。

 その時だった。


「京介」


 カウンターから声がかかり、京介は顔を上げる。

 そこにはいつもと変わらない姿勢でこちらを見つめる、ルカの姿があった。

 彼は京介を見つめて微笑み、


「ねえ、こんど彼女が来たらマンカラやろうよ」


 と言いだす。

 このカフェにはいくつかのボードゲームがある。

 マンカラもそのひとつだ。

 京介は新聞記事の切り抜きをクリアファイルにいれて引き出しにしまい、ルカの前に立ち言った。


「彼女……かのんのこと?」


「うん、そうだよ。かのん。京介って彼女がくるととてもうれしそうだよね」


 言いながら、ルカは微笑みカウンターの上で腕を組む。


「そうだな。俺はかのんにずっと会いたかったから」


 そう言って笑う京介の顔に、どこか悲しげな色も浮かぶ。

 ルカは首を傾げて京介の顔を見つめて言った。


「どうしたの? さっき何か見て胸を押さえていたように見えたけど、なにかあったのかい?」


 その問いかけに京介は首を横に振る。


「いいや、なんでもないよ、ルカ。君がいなければ俺はひとりでの時間を耐えられなかっただろうなって思って」


 そして京介は俯く。


「そうなの? ならいいけど。あぁ、ちょっと眠くなったよ京介」


 ルカの眠そうな声に京介は顔を上げて彼を見る。

 ルカは大きく伸びをして欠伸をし、眠そうな目で京介を見つめて言った。


「おやすみ京介、いい夢を」


 そしてルカはそのままカウンターにつっぷしてしまう。そんなルカの頭に京介は手を伸ばし、声をかける。


「あぁ、おやすみ、ルカ」


 けれどその手が触れる間もなく、ルカはふっと、消えてしまった。

 後には開かれたままのパソコンが残されているだけだった。



 十一月三十日土曜日。

 かのんは一日の仕事を終えて、あのカフェの前に立つ。

 今日で、かのんがこのカフェをしって一週間なはずだ。ということは、京介が言っていた一週間後になる。

 ここ数日、かのんはこのカフェにはこなかった。

 なぜか足を向けようとも思わず、いつだったかのように無意識に来ることもなかった。

 まるで、カフェに拒まれていたかのように。

 毎日通りがかっていたはずの街角に、いつの間にか現れるカフェ、月の隠れ家。

 店の前には「想い出に会えるカフェ」という看板が出ている。

 今日こそはその謎が解けるのだろうか。それとも謎は深まるのか。

 かのんは期待と不安を胸に、カフェのドアを開けた。


 カラン……


 と、ドアにつけられた鐘が響き、オルゴールのような音色が店内に流れているのが耳に入る。


「いらっしゃいませ」


 京介がカウンターから微笑みかけてくるのが見え、いつもと同じいつもの席に、いつもと変わらない様子で座るルカの姿が見えた。

 店内を見回せば、老人と青年、少年と若い女性、といった組み合わせの客が談笑しているのが見える。

 けれどそのなかに松尾さんの姿はなかった。

 どうしたのだろうか。

 不思議に思いつつかのんはいつもと同じ席に座り、京介を見上げた。


「あの、松尾さんは最近来ましたか?」


 すると、京介は目を大きく見開き驚きの表情を見せる。


「え?」


「松尾さんですよ。あの、毎日来ていたおばあさん」


 かのんが畳み掛けると、京介は不審な顔になり首を傾げた。


「毎日来るお客様なんていないけれど?」


「え?」


 毎日来る客などいない。

 たしかにそれはルカから聞いた。けれどかのんはすでに四度、ここに訪れている。

 それに京介はあの松尾さんの事を覚えていたはずではないだろうか?

 訳が分からなくなり、かのんの心臓が大きく音をたてて鼓動を繰り返す。

 かのんはばっと、ルカの方を見て声をかけた。


「ルカさん」


「なんだい、かのんさん」


 いつもと変わらない、飄々とした笑みを浮かべて、彼はかのんを見つめる。


「あの、松尾さん、覚えてますよね? 毎日来ていたお婆さん!」


 そうかのんが声を上げると、ルカは顎に手を当てて首を傾げた。


「えーと……ごめんね、覚えていないな。毎日来る人なんていたら覚えていると思うけど」


 ルカも京介も嘘をついているようには思えなかった。

 かのんは驚きのあまり目を見開き、ルカと、京介を交互に見る。

 なにか冷たいものが背中を流れていき、かのんはどうしたらいいのかわからず固まってしまう。

 いったい何が起きたのか。

 なぜ、ふたりとも松尾さんを覚えていないのか。

 かのんがここに足をむけなかった間に何が起きたのか。

 わけがわからない。

 かのんは怯えた目で店内を見回した。

 何度も見ている光景であるはずなのに、かのんの目に映るカフェの景色はなにか異質なものに見えた。



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