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第14話 カフェの秘密

 かのんは、ルカの方を向き彼の肩を掴んで言った。


「あの、これってどういう意味なんですか? なんで小説と現実で同じことが起きているんですか?」


 かのんの鬼気迫る表情に、ルカはぎょっとした顔になる。


「なんでって……なんで、だろうね?」


 そして彼は首を傾げる。

 かのんはいら立ち、さらにルカに畳み掛けた。


「だってこれ、ルカさんが書いたんでしょ? だから知ってるでしょ、これが何なのかって」


「そう、だけど……僕は思いついたことを書いているんだよ。だから小説と現実がリンクしているなんてそんな事起きると思う?」


 そう言って、彼は笑う。


「でも、そうとしか思えないから。それって自覚なく、このカフェを訪れている人たちの物語をつづっている、ってことですか?」


 するとルカは、あー、と呻った後下を向く。

 自分がいっていることが余りにも現実味無さ過ぎて、かのんはちょっと冷静になってしまう。

 けれどルカはこのカフェの客の物語を書いていると考えるしかないと思うから、かのんは強めの口調で言った。


「だって、ここに書かれている松尾さんの話、どう考えたってそうとしか思えないんだけど?」


「その松尾さんって人、実在するって事なの?」


「そうです。だって私、何度も会ってるし、職場にも来たんだから」


 そう畳み掛けると、ルカは顎に手を当てて考え込み始めてしまう。


「そんなことあるのかなぁ」


「だってそうとしか思えないんですけど。ここに書かれている事が本当だとすると、松尾さん消えたって事? 松尾さんが会っていたのは夫じゃないってことですよね?」


「当たり前じゃないか。だって、死んだ人に会えるわけがないしね。死んだ人に会えるのは死んだ人だよ」


 笑いながら言われ、かのんの背筋に冷たいものが走る。

 死んだ人に会えるのは死んだ人だけ。それはそうだろう。

 じゃあ彼女がカフェで会っていたのは夫と同じ顔、同じ名前の別人?


「ということはここって時間も次元も超えた場所ってこと?」


「あぁ、そうなるの、かな? だって死んだ人には会えないから、きっと違う世界の違う時間にいる本人なんだよ」


 あっけらかん、とルカが言う。

 そう考えると説明がつくものがある。

 松尾さんが会っていた青年、島田はどうもイマドキではない服を着ていた。

 柄の大きなセーターに、派手ながらのシャツ。

 いったいどこで買ったのかと思ったからとても覚えている。


「でもなんで松尾さんは消えたんですか? だって意味わかんないし」


 震える声で言うと、ルカは腕を組み考え出す。


「そうだねぇ……たぶんだけど彼女が望んだからじゃないかな」


「どういう意味ですか?」


「彼女は、夫と逝きたかった。だから彼女はそうなった。それだけだと思うよ。願いがかなったんだからきっと、幸せなんじゃないかな」


 でもそれは、死んだ、ということではないだろうか。

 つまり、松尾さんがしたのはゆるやかな自殺。

 小説に会った通り、彼女は夫と一緒にいたかったのだろう。そうだ、このカフェを見つけたときの彼女の様子を思い出すと胸が締め付けられる。


『やっと見つけた』


『やっと、会えるのね』


 確かに彼女はそう言っていた。

 だとすると彼女は幸せ、なのだろうか。夫と一緒に逝くことが彼女の幸せ、なのだろうか。 

 そう考えるとぞっとしてしまう。

 身体が震えてしまう様な、そんな怖い話をしているのに、ルカは笑顔なのが尚更怖かった。

 ルカにとってはきっと、松尾さんの消失は現実ではないからだろう。彼にとっては全て、小説の中の出来事でしかないのだろうか。

 かのんは、京介の方を向き彼の腕をぐっと掴んで言った。


「私は本当に消えないんですよね? 大丈夫なんですよね?」


 かのんの鬼気迫る様子に京介は驚いた顔を一瞬するけれど、すぐに笑顔になり、かのんの肩に手を置く。


「大丈夫だよ。だって、その松尾さんはあいたい人がいるから来ていたわけだろ? でも君は違うから。君は誰かに会いに来ているの?」


 そう言われたら違う、としか言えない。

 かのんがなんでここに来ているのかいまだに理由がわからないから。


「たしかにそうだけど……大丈夫ならいいんです。私が消えないなら」


「大丈夫だよ。それは俺が保証できる……たぶん、だけど」


 最後は自信なさげに言い、京介は俯いてしまった。

 保証できるといわれても、いったいどんな保証だろうか。

 そんなことで不安が消えるわけがないだろう。

 でも、京介が嘘を言うとも思えなかった。

 きっと、なにかしらの確証はあるんだろう。


「ねえ、かのん、さん」


「何ですか?」


「今日は……何年の、何月何日だっけ」


 そう、不安げな顔をして京介が言った。


「えーと……二〇二四年の、十一月……三十日」


 さっき読んだ小説に書かれていたから覚えている。つまり、明日から十二月だ。

 仕事は一気に忙しくなるだろう。

 かのんの言葉に、京介は目を見開きかのんの顔を見つめた。

 なにかに驚いているようだけど、かのんには訳が分からない。


「ねえ、かのんさん。明日もここには来られる?」


「え? えぇ、まぁ……」


「じゃあ、かのん。また明日も来て。いや、できるなら毎日」


 必死な様子で言われ、かのんは戸惑いを覚える。


「え、なんで……」


「ここのことをもっと知りたいのなら、毎日来たら何かわかるかもしれないから、かな」


 そう自信無げに言い、彼はかのんの肩から手を下ろした。

 いったいどういう意味だろうか。わからないけれど、ここの秘密がもっとわかるのならできる限り来ようかと思ってしまう。

 自分も消えるかもしれないことは不安だけど、わからないことも不安だ。

 以前のように気が付いたらこのカフェに来ていた、なんてことがまたあるかもしれない。

 それなら自分の意志で来た方がずっといいようにも思う。


「本当に、私は大丈夫なんですよね? 消えないんだよね?」


 そう強い口調で確認をすると、京介は頷く。


「大丈夫。君は強い想いで誰かに会いに来ているわけじゃないからね」


 と答えた。

 強い想いで誰かに会いに来る。

 その言葉が脳内にやきつくけれど、その意味について考える余裕はなかった。

 たしかにかのんは誰かに会いたいわけじゃない。


「じゃあなんで私はここにいるの?」


 そう京介に問いかけると、彼はじっとかのんを見つめたまま黙り込んでしまう。

 これは何かを知っているってことだろうか。

 この違和感、彼は何を隠しているのだろうか。

 不安を抱えながら、かのんは神妙な顔をして頷き言った。


「わかり、ました。でも保証はしないですよ」


 その答えに、京介はほっとしたような顔になる。そして、


「注文はどうする?」


 と言った。

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