目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話 ルカと京介

 誰もいなくなったカフェ。

 今夜もルカの頭の上だけに、照明が灯っている。

 ルカはパソコンを操作していた。

 自分が書いた小説たち。意識はしていたなかったけれどかなりの数の物語をつづってきたらしい。

 自分が書いた小説のファイルを見つめ、ルカは頬杖ついて思わず笑みをこぼす。


「僕は五年もここにいたのか」


「そうだな、ルカ」


 カウンターの向こう側。

 マグカップを持って立つ京介が、不安の色を浮かべてルカを見ていた。


「なんだい、京介。そんな顔をして」


「君を巻き込んだのが、申し訳ないとずっと思っていて」


 苦しげな顔で言う京介に、ルカは首を横に振る。


「君に付き合うって決めたのは僕だよ、京介。じゃなくちゃ僕はここにはいないよ」


 そうだ、それだけは確かだった。

 京介と過ごした時間。この五年よりも前のことは思い出せないけれど、そもそもその前の記憶なんてないのかもしれない。

 けれどルカにとって京介は長い友人だ。そうでなくてはならない。


「そう、だな……」


「僕は君と共にいると決めているからね。言っただろう? 君が消えるその時まで、僕はここにあり続けるよ」


 そしてルカは京介がいれてくれたカモミールを飲む。


「十二日か。その日が来たら、終わるの?」


 ルカが問うと、京介は頷き言った。


「たぶん。いいや、もう終わらせないといけないと思う。どのような結果であれ」


「そう。じゃああと少し、なのかな。ねえ、京介。僕の書いている小説。最初の物語がね、終わっていないんだ。僕と、君と、かのんの物語が」


 ファイルを見ていて気が付いた。

 どのファイルの小説もすべて終わりまでつづられているのに、最初の物語は未完のままだった。

 それが何を意味するのか、ルカはなんとなく気が付いていた。

 きっとこの物語を書き終える時、全てが終わるのだろう。

 かのんが言っていた、松尾さん、という老女。

 彼女の事をルカは覚えていないけれど、読み返すと彼女はどうやら死んだ夫の元へと旅立ってしまったらしい。

 それが物語の最後だった。

 ということは。

 ルカが書いている小説と現実はリンクしている、のだろう。

 だからきっと、この最初の物語を書いたらすべてが終わる。

 ルカの言葉を聞いた京介は、苦しげな顔をして頷く。


「そうか……そう、なんだな」


「ねえ、京介はいいの? 最後まで書いて」


 はっきり言わなくてもきっと、京介は理解するだろう。最後まで物語を書く、という意味を。

 すると京介は笑みを浮かべて、


「大丈夫だよ、ルカ。それが君に与えられた役割なんだから」


 と言った。

 そして京介はカップをカウンターに置き、ルカの頬に手を伸ばす。


「すまない、ルカ。重いものを背負わせてしまって」


「あはは、大丈夫だよ、京介。僕は……楽しいよ。君といる時間。ここでの時間が。普通に生きていたらきっと、こんな経験、できなかっただろうから」


 そう答えて、ルカは笑って見せる。

 これは本心だ。

 何もかも曖昧なこの世界で、確かなこと。


「だから京介。残りの時間楽しもうよ。ここは想い出に出会えるカフェでしょ? 想い出に出会って、明日を生きる力を得る所。ここに来たたくさんの人たちは、皆自分の道を歩んでいるよ、そう、ここに書かれているから。だからこの場所はとても大事な場所なんだよ」


 そうルカが言うと、京介は泣きそうな顔になりながらもほっとした様な顔になる。


「それならよかったよ。俺たちの時間は無駄じゃなかった」


「そうだよ、京介。だからねえ、今日はチーズケーキが食べたいな」


 満面の笑みを浮かべて言うと、京介は微笑み頷いた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?