桜。

それはもしかしたら呪いなのかもしれない。

この国を広く遍あまねく覆い尽くしている、途轍も無きまでに永く旧い呪いなのかもしれない。

薄桃色の可憐な花弁が千々に咲き乱れるその様は狂乱と呼ぶに相応しい。

群れ集まって咲き狂う花の陰から、湿りを帯びた黒々たる枝が仄見える様には、何者かが異界から覗き見ているかのような冷え冷えたる思いすら抱かされてしまう。

澄んだ青空を背にした花の白さは可憐であり瑞々しくもあり、宵闇の中で月の光を受け青白く照り映える様は妖しげであり淫靡にすら見えてしまう。

桜の蕾が綻び行く様に人々は心を躍らせ、満開となった頃に吹き荒れる風に心を忙しくし、そして桜流しの雨を前にして無情なる思いを抱く。

兎にも角にも桜の花は人の心を乱し惑わすものなのだ。

爛漫に咲き乱れる花の下で、人は悲喜交々の態を見せる。

酒を飲み、唄を詠い、誰かを想い、そして愛を語らったりもする。

時として、忘我の境地にすら至ってしまう。

それは春を言祝ぐ命の、過剰なまでの力が為せるものなのかもしれない。

冬が終わったことに殊更ことさらに歓喜する、言うなれば生の狂奔なのかもしれない。

そして。

桜の下には人に非あらざるものが佇むことすら在ると聞く。

爛漫と咲き乱れる花弁の狭間から、黒蛇の如くうねり延びる幹の陰から、地を這う根の隙間から、人に非あらざるものはその姿を現わすと言う。

それはいわゆる妖あやかしなのかもしれないし、はたまた鬼なのかもしれない。

春の桜の下に気紛れに現れる妖、或いは鬼。

その者達は如何なる姿をしているのか、果たして何を為そうと言うのか。

それは、きっと。