彼女の名前は
僕と同じ高校二年生とのことだ。
二ヶ月ほど前にこの海沿いの集落へと引っ越して来て、僕とは違う高校に通っているとのこと。
逢う時は黒っぽいセーラー服を纏っていて、その装いは彼女の雰囲気にとても良く似合っているようだ。
長い黒髪は夜の海のように艶やかで、黒々とした瞳はその奥底に仄かな星の光を宿しているようにも思えてしまう。
纏う雰囲気もしっとりとした静やかさを帯びているようだった。
「最近は、どうかな?」
「うん……。新学期が始まったばかりだけど、やっぱり周りに馴染めなくてさ……」
俯き気味で言葉を返す僕。
「そうなんだ。でも、仕方無いよね……」
潮騒の合間に交されるような
それは、僕が抱いている罪悪感や自己嫌悪をやんわりと宥めてくれるようだった。
今からちょうど二年前、つまり中学三年生の春のこと。
僕は両親を喪ってしまった。
雨の日の交通事故だった。
あまりにも唐突の出来事だった。
その日は朝から母さんと喧嘩ばかりしていた。
いや、僕が一方的に食って掛かっていたというのが正しいのだろう。
切掛けなんて本当に些細でつまらないことだった。
進路志望の調査票をちゃんと出したのかと母さんから尋ねられ、ほっといてくれよと粗い言葉を返したのが発端だったように思う。
その頃の僕は、母さんからあれこれ言われるのが疎ましくてならなかったのだ。
母さんの言葉尻を捉えるように食って掛かっているうちに父さんが次第に苛つき始め、家の中には重苦しい雰囲気が漂いつつあった。
そんな時、両親は僕を残してドライブに出掛けるのが常だった。
降りしきる雨の中、二人がドライブに出掛けたのは昼過ぎのことだった。
「ちょっとさぁ、出掛けて来るね!」との母さんの声に言葉を返すことも無かった。
ベッドの上でダラダラとゲーム興じたり、或いはぼんやり寝入っているうちに、いつの間やら六時を回っていた。
普段なら、両親はとっくに戻って来て夕食の準備に取り掛かっている頃合いだった。
空腹に根負けした僕は、「何時に帰ってくるの?」と、母さんにメッセージを送ったものの、既読はずっと付かぬままだった。
流石に不安を抱き始めた頃、リビングの電話が鳴り始めた。
狼狽しつつ耳に当てた受話器から響き出てきたのは、「夜分に済みません。『望月隆太さん』で宜しいでしょうか?」と問い掛けてくる硬く冷ややかな男性の声だった。
「はい、そうです……」と答える自分の声が、震えを帯びつつあるのが何とも不思議だった。
ゴクリ、と唾を呑み込む音が受話器の向こうで響いたように思えた。
警察官だと名乗った男性はこう告げた。
両親が乗った車は、濡れた路面でスリップしたトレーラーに追突されてしまった。
そして、父さんも母さんも意識不明の重体に陥ってしまったと。
それからのことはよく覚えていない。
迎えの車に乗せられて両親が収容された病院に向かったものの、案内されたのは霊安室だった。
『意識不明の重体』と
父さんの兄、つまり伯父さんが駆け付けて来て葬儀などの一切を済ませてくれた。
一通りの手続きが落ち着いた後、僕は母方の祖父母に引き取られることになった。
両親と暮らしていたのは借家であり、祖父母の家も普通の一軒家だったから、身の回りのものや若干の形見の品を残した程度であって、馴染んだ家電や家具のほとんどは処分せざるを得なかった。
祖父母の家は遠く離れた海沿いの田舎町に在ったので転校を余儀無くされた。
新たなクラスメイト達と馴染むことなんて出来なかった。
新しい環境とか新たな人間関係にさっさと馴染み、周りと同じような普通の生活を送るなんてことに罪の意識を抱いてしまったのだ。
いつの間にか中学生活は終わりを告げ、やや離れた街にある高校へと通うようになった。
流石に高校のクラスメイト達とは普通に会話を交すようにはなったものの、胸中には冷え冷えとした後ろめたさがどっかり居座っていて、そんな思いを打ち明けることなど出来なくて、クラスの面々に馴染むことなど出来ぬままでいた。
結局、僕が抱え込んだ思いは誰にも明かすことが出来ずにいた。クラスメイトだけでなく、一緒に暮らしている祖父母にも語ることは無かった。
たったひとりの娘である母さんを喪った祖父母は悲しみに暮れていて、そんなふたりに僕が抱く自責の念を打ち明けることで、更なる重荷を担わせることなんて出来なかった。
独り黙々と罪悪感とか後悔を胸中で燻らせ、自分をチクチクと苛むより他に無かったのだ。
そんな僕が和泉さんと出逢ったのはおよそ二ヶ月前。
まだ寒さも残る、月の無い夜のことだった。
昼過ぎに公園を訪れた僕はベンチへと腰を下ろし、目の前に拡がる海原をぼんやり眺めていた。
その頃は家で過ごすことが気詰まりに感じられ、公園にて独りで過ごす時間が増えつつあったのだ。
陽が沈み、空は宵闇に染まりつつあったけど家に戻る気にはなれなかった。
何時の間にかうつらうつらとしていた僕が人の気配を感じハッと目を醒ますと、すぐ隣にセーラー服を纏った見知らぬ女の子が座っていた。
それが、僕らの出逢いだった。