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春。

咲き誇る桜を見上げていると、何故だか哀しくなってしまう。

どうしてなのかは分からない。

いや、哀しいだけではなくて、様々な感情がジンワリと込み上げてしまうのだ。

感謝の念だったり申し訳無さだったり、恐怖だったり安堵だったり。

この上も無い喜びだったり、はたまた胸を裂くような哀しみだったり。


「あれっ、どうしたの? 

涙が出てるみたいだけど?」


問い掛けに我を取り戻した僕は慌てて目尻を擦る。

知らず知らずのうちに零れ出た滴を誤魔化すようにして。


「望月くんってさ、たまに涙もろいよね」


心配そうに告げながら身を寄せてきたのは、クラスメイトである須佐すささんだった。


今日は放課後に花見をしようという話になり、仲の良いクラスメイトたちと一緒に高校近くの商店街で食べ物などを買い込んでから、近くの公園へとやって来たのだ。

『花見』とは言っても所詮は高校生のすること。お酒なんて飲める訳もないから、コーラやジュースを飲みながらたこ焼きやらポップコーンを食べる程度のものだ。他愛も無いとは言え、友達とワイワイ語らいつつ花見をすることは新鮮で心躍るものに思えた。

 勢い込んでやって来たはいいものの、レジャーシートなど持ち合わせてもいなかったから、公園のあちこちにあるベンチに別れて座ることになった。僕は須佐さんと一緒に桜の樹の傍にあるベンチへと腰掛ける。見上げる桜は盛りであって、薄桃色の花弁がちらほらと舞い降りつつあった。その様を見上げているうちに様々な思いが胸中に込み上げつつあって、気が付けば目尻から滴が零れ落ちていたのだ。

「父さんや母さんのことを思い出したのかな……」と、言い訳がましく告げる僕。時折だけど、家族のことをクラスメイトに話すことがある。雨の日に事故で亡くなってしまった僕の両親。その日の振る舞いのことは依然として内心を苛み続けているし、性格を影あるものにしているのかもしれない。この先だって悔いを抱えて生きて行くのだろう。それは、僕と両親の係わりの姿なのかもしれない。

「うまく言えないけど……。でも、元気出そうよ」

 申し訳無さそうに告げた須佐さんは、食べ物を買い込んだビニール袋から包みを取り出す。食欲をそそる香りが辺りに漂い始める。

 須佐さんとは二年生の時から同じクラスだった。席が近くだったこともあって何となく話すようになった。人懐っこい性格の須佐さんと関わっているうちに、彼女と同じ中学だったクラスメイト達とも話すようにもなり、何時しか彼女を巡る交友関係に交わるようになっていた。男子同士で遊びに出掛けることも今では珍しくない。

 コーラのペットボトルの封を切って口へと運ぶ。炭酸のシュワシュワした刺激が何とも心地良かった。須佐さんは紙袋から取り出したホットドッグを食べ始めている。漂い来るパンの薫りは何とも香ばしかった。

「どうしたの?」と問い掛ける須佐さん。僕はどうやら、彼女がホットドッグを食べる様をじっと見詰めていたようだった。

「あ……。いや……。美味しそうに食べてるなって思ってさ」

 狼狽え気味に答えを返す僕。以前に同じようなことがあったような気がするけど、うまく思いだせなかった。

「ふふっ……」と小さく笑い声を上げる須佐さん。僕をチラリと見遣った彼女の頬がやや赤らんだのが分かった。そして彼女は、食べかけのホットドッグを僕へと差し出してからこう告げる。

「もし、良かったらさ……、ちょっと食べてみない?」

 他のベンチに腰掛けるクラスメイト達が、僕らの様をチラチラと覗っているのが分かった。やれやれと言った具合に溜息を吐いた僕は須佐さんに視線を注ぐ。ホットドッグを差し出すその手は微かに震えていた。僕は頷き、口を大きく開いてホットドッグへと顔を寄せる。


 風がブワリと吹き抜けて、桜の花弁を舞い散らす。

「フフッ……」と笑い声が聞こえたような気がした。


【完】

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