「ヒロをx、川をy、トをzとすれば、君の名前はxy+xz=x(y+z)となる」
「はあ?」
「この両辺を二乗して、(xy+xz)²=x²(y+z)²としてみる」
「いや、何やってるんですか?」
「同値性が保たれていると思うだろ?」
「それは当たり前じゃないですか」
「ところが、だ。今度は√ルートしてみる」
「は? 元に戻るだけじゃないですか」
「はっは、そう思うだろ。ところが、だ。今後はどちらかの辺のxが負の数でもいいことになってしまうんだ。そうなると、√した方程式は場合によっては等式が成立しない」
「はあ? それって反則じゃないですか?」
「そんなことはないぞ。というわけで、君の名前のヒロはプラスでもマイナスでもどうでもよくなった。すなわちモブだ」
「はあ……それなら最初から『広』引く『ヒロ』はゼロとでもすればよかったんじゃないですか。難しくしないで」
「う……まあ、結果は同じだ。君の名前もモブにふさわしいと認定しよう」
「はあ……」
「入部してくれるな?」
なんなのこの人?
「あ、いや、ところで部員って何人いるんですか?」
「う……実は幽霊部員があと三人いるんだ。幽霊だけにみんなモブだ」
ああ、正式な部員は二人だけってことか。
「ただ、部長の私でさえ誰が幽霊部員だかわからない」
「は?」
それっていないのと同じですよ。
「彼らのことはニュートリノと呼んでいる。宇宙をスルーし続ける素粒子界のモブだ。電子、タウ、ミューの三種類。いずれも捕まえることは困難だ」
なぜここでニュートリノ? ホントに存在するの? 幽霊部員。
「ミューニュートリノは私の友だちだよ! キャハ!」
ギャルがまた変な突っ込みを入れてきた。
「あ、もういいです。でもまあ、入部は……一応検討します」
「おお! 本当か!? じゃあこれを持って行ってくれたまえ」
ぶちょーはさっきの入部届の紙を前に突き出している。
「あ、はあ……考えときます」
「できるだけ早く持って来てくれたまえ」
「はあ……」
俺は学校の昇降口へ向かったが、ぶちょーとギャルはニコニコして手を振っている。いや、あの人たち、ホントにモブって言えるのか?
頭が混乱したまま俺は昇降口の前に張り出されたクラス表を見た。
「あれ? もしかして生徒会長じゃありませんか?」
「え?」
俺はびっくりして振り返った。女子生徒が立っていた。見覚えはないけれど……。
「やっぱり生徒会長ですよね。一緒の学校だったなんてびっくりです」
「えーと……」
「なんか東京の超エリート校に行ったらしいってみんな噂してたんですけど」
これはやばい。なんとかしなければ。
「あのさ、君」
「はい?」
「あのね、ここだとまずいから、ちょっとあっちに一緒に来てくれるかな?」
おいおい、これじゃ口封じに人のいないところに連れて行くみたいだぞ。
「わかりました。生徒会長とお話しできるなんて、光栄です」
なんかめっちゃ信頼されてるな俺。何かされるとか、微塵も考えてなさそうだ。
「じゃあほら、そっちの校舎の裏に行こう」
ああ、俺これじゃあ変質者だよ。
「わかりました」
女子生徒はニコニコして着いてきた。