結局、俺の過去から話すことになった。
少し、いや人によってはかなり重たい話だから、あんまりスレ民の聞いてるところで話したくなかったんだよな。
同じ理由で、当初はサボリニキにも話すつもりはなかった。
俺だけで決着をつけたいと思ってからな。
しかし、『ダンジョン科副長』という立場と知識があることを知った。
言い方が悪いが、利用するには十分すぎる人材。
俺に協力してくれなくてもいい。
相談したかっただけだし、もしかしたら心のどこかで話し相手を欲してたのかもしれないな。
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『回想』スレ主の過去
9年前。埼玉県さいたま市。
誕生日を迎え、俺が15歳になった日、そしてスキルを預かることができなかった日の夜のこと。
「ろうそく、ふーって消す?」
「母さん、俺はもう高校生になるんだよ?」
「んもう、私からしたら15歳なんてまだまだ赤ちゃんなのに……」
「
「……たしかに?
「いや、美波さんがおバ──なんでもないです」
まるでコントのような両親の会話にクスッと笑ってしまう。
「えーっ! お兄ちゃん、ふーってしないの?」
「代わりに
「えっ! いいの!? するー!!」
今年から中学生とは思えないくらい幼い妹の琴葉を、俺と両親があたたかく見守る。
「ふー……ぅっ! 消えた!」
……心配になる幼さじゃないか、これ。でもかわいいからなんでもいいです。
シスコン? そうですが何か?
俺たち高尾家では毎年恒例となった誕生日パーティー。
嫌なことがあっても、両親と妹と一緒に誕生日パーティーをすれば全部忘れられる。
こんな幸せが、いつまでも続いて欲しいな……。
母さんの手作りのご馳走を4人で協力して食卓に並べ終え、コップにジュースを注ぐ。
「よし、それじゃ──」
全員の飲み物を注ぎ終えると、母さんは自分のコップを手に持つ。それに続いて、俺たち3人も手に持つ。
「かんぱーい! 蓮人、誕生日おめでとう」
「「おめでとう!」」
3人の声に合わせて、俺たちはご馳走の上でコップを近づける。
ブオォォォォォォォォオンッッッ!!!!
しかし、背筋がゾクゾクするような警報音がけたたましく鳴り響き始めたことにより、コップどうしがぶつかるコツンという音がすることはなかった。
「なに……この音…………」
母さんが不安げにポツリと呟く。父さんも困惑の表情を浮かべる。
俺よりも圧倒的に人生経験が多い2人でも分からない警告音。
不気味に感じていると──、
────ドンッッッ!!!!
「うわっ!」
「きゃっ……!!」
まるで地面が破裂したような縦揺れが俺たちを襲う。
あまりの勢いに手に持っていたコップは飛んでいき、パリンッ、ビシャッという2つの音が聞こえてくる。
「…………蓮人、琴葉、美波さん。ここは危険かもしれない。とりあえず外に避難しよう」
唐突な出来事に俺たちが理解を拒んでいると、いち早く状況に適応した──いや、適応しようとしている父さんが安心させるように言う。
『恐怖』とも形容しがたい感覚のせいで俺たちは声が出ず、震えながらコクリと頷いた。
最低限の荷物だけ手早くまとめ外に飛び出す。
周辺の住民たちが既に外に出ていて、夜中とは思えないほどごった返していた。
──……待て。
「父さん、なんでこんなに明るいの? それも、あっちのほうが…………」
俺は、県内最大であり日本最恐のダンジョン『荒野のスターリヴォア』がある方角を指差す。
「明るい…………ッッ!! まさか……そんなことあっていいのか……ッ!?」
「なに、父さん……そんなに慌てて」
父さんが見たことないような顔をしていた。
そして、その表情が段々と『絶望』に変わっていく。
「この赤みがかった光…………間違いない! これは──」
──父さんが続きの言葉を発しようとした瞬間、放送が鳴り響く。
『緊急避難警報!! 緊急避難警報!! 『荒野のスターリヴォア』にて世界的な
GAIAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!!
この世のものとは思えない咆哮が『荒野のスターリヴォア』の方角からさいたま市全域に響き渡り、放送は遮られた。
滅多に発生しないが、するときは突発的に発生する大災害。
魔物や魔力はダンジョン内だけのもので、本来地上には存在しないが、
しかし、討伐されるまでは魔物が際限なく溢れてくる。
世界中で、最も恐れられている災害だ。
「くっ……! なんで今日という日に……ッ!」
呟きつつ、父さんは腰に吊るしていた鞘から剣を取り出す。
「お、お父さん……行っちゃうの……?」
琴葉が瞳を不安げに揺らしながら父さんを見つける。
琴葉だけじゃない。母さんも、そして俺もだ。
父さんの職業は、冒険者。そして、Aランク。
緊急招集の対象だ。
父さんは琴葉に近寄り、その頭にぽん、と手を乗せる。今まで見たことがないくらい、穏やかな笑みだった。
「……大丈夫。父さんのことは心配するな! それより、父さんが帰ってきたときに琴葉が怪我してたら泣いちゃうからな! 母さんと兄ちゃんと一緒に安全でいるんだぞ!」
涙が琴葉の頬を伝って、ぽた、ぽた、と地面に落ちる。
それでも、琴葉は自分の手でごしごしと涙を拭い、力強く頷いた。
言動が幼いとはいえ、琴葉は中学生。
自分が「嫌だ」と言うのがよくないことは分かっているのだろう。
それとともに、
「琴葉。いい子だ」
「父さん……」
「弘樹さん……」
「大丈夫だよ蓮人、美波さん。絶対に生きて帰る」
父さんは力強く宣言する。
俺たちにできるのは、それを信じて待つだけ。
「弘樹さん。絶対……絶対生きて帰ってき──」
「────美波さんッ!!」
父さんが目にも止まらぬ速さで駆け出したかと思えば、背後から金属がぶつかるキンッという音が聞こえてくる。
『クク……殺し損ねましたか。いい反応速度です』
頭に嫌に残る声の主のほうへ振り返る。
俺たちを守るように立つ父さんの奥には、不思議な感じの人──いや、人型の
慎重は180cmほど。
黒のシルクハットに怪しい仮面をつけており、顔は見えないが、人間でないことは本能で分かる。
ところどころ金色の装飾が施された漆黒のタキシードに身を包み、右手にはレイピアを持っていた。
発言からも、俺たちを殺そうとしているのはよく分かる。
だが、恐怖で体がすくんでしまい動けない。逃げ出したいのに、逃げられない。
「……何者か知らないが、家族には指一本触れさせないぞ(こいつ……魔物じゃないのか? 日本語を喋る魔物なんて聞いたことがないぞ……!)」
『オー、怖い怖い。スキンシップは大切だと思いますが、一家の大黒柱にそう言われちゃ仕方ありませんね。クク……でも──』
そこで言葉を区切ると、人型のバケモノの姿が一瞬歪む。
「──……ぇ?」
『有言実行できないのは、
次の瞬間、バケモノは左手で琴葉を抱きかかえていた。
「な……ッ!? なぜ俺と戦わない! ましてや、人質を取るなんて非道なことを……ッ!(バカな……速すぎる! いつ動いた!? いつ戻った!?)」
『いやいや、ヒーローじゃないんですから人質くらい取るでしょう? まぁ、冷静な判断ができないだけでしょうが……(ふむ、この少女から
バケモノが琴葉を見ながら考えるような動作をとる。
その隙に父さんが一気に攻める。
「はぁっ!!」
一瞬で距離を詰めると、琴葉に当たらないよう細心の注意を払いながら、バケモノの首めがけて剣を振るう。
『遅いです。そんな速さじゃあくびが出ますよ』
そして、バケモノがドンッと父さんの頭をつつく。
「か、は……っ!!」
尋常じゃない勢いで父さんが地面に叩きつけられた。剣が父さんの手から離れ、チャリンという音が鳴る。
「え……、と、父さん……? 父さん!?」
『安心してください。気絶しただけですよ。それにしても貧弱ですねこのレベルが冒険者を名乗るのですか……』
俺は死を悟った。脱力して、地面に膝をつく。
『おっと、そんな「殺してください」と言わんばかりの表情をしないでください。私はそのへんの魔物と違い、無意味な殺しはしませんので(この少女を捕まえた時点で、この
「ぁ」
そして、こちらに歩いてきて、母さんも持ち上げる。
『ふむ……君は良いでしょう』
「……ぇ」
『頑張って逃げてくださいね』
理解できなかった。
「ど、どうせ殺すんだろ!? なぜ俺は殺さないんだ!! 家族と一緒に死なせてくれよ……っ!!」
『だから、無意味な殺しはしないと……ご家族も殺しませんよ、
「待て……待てよッ!!」
俺の叫び声は、誰もいない空間に響いた。バケモノは俺の家族とともに、既にいなくなっていた。
その後、俺の声が逃げ惑う近隣住民に聞こえたらしく、俺のもとにきた。
もうここで死ぬつもりだったが、そうはさせてくれず、彼は俺を抱え上げて走り続けた。
数時間後。
大きすぎる被害と桁外れな被害者を出した『荒野のスターリヴォア』の
そして俺は、その『被害者』になることは無かった。
その後。
家族、財産、その他すべてを失った俺は、国が定めているダンジョン法『
周りの家族を見るだけでその時のことを思い出し吐いてしまう俺は、とても仕事ができる状態じゃないと判断され、今では精神科に通い治療を行っている。
──
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──────
「マジごめん。めっちゃ重たい話で」
俺は素直に謝り、サボリニキに頭を下げる。
事前に一言言っておけばよかったな。今さらすぎるか。
「いや……話してくれてありがとうスレ主。ただ、1つ質問してもいい……?」
「おうよ。どんとこい」
「なんで僕にその話を?」
当然の質問だ。
このままじゃ、自分の過酷な過去を話して「うぇーん! 可哀想でしょ……?」をやってるヤベーやつだもん。
もちろん、明確な理由がある。
「これ、見える?」
俺はシャツの首もとをクイッと下に下げ、ビー玉サイズの水晶がついたネックレスをサボリニキに見せる。
淡く、水色に光っている。
「わ……すごい綺麗。でもこれ……魔道具?」
なんで見ただけでわかるんだよ。それはもう怖いって。
「そ。『リンクした人の健康状態が分かる』魔道具」
「──っ! まさか──」
さすがサボリニキ。すぐに察したか。
「こいつ、俺が10歳のときに父さんがくれた魔道具でな。そして、リンクさせた相手は妹。琴葉も同じのを持っている。そして、光っているのは『生存』。水色は『健康』」
「つまり…………」
一度、間を置き。
「──そう。妹は、琴葉はまだ
「ッ!」
あぁ、やっと誰かに相談できた。
少し、心のゆとりができたような、そんな気分がする。
「……分かった。スレ主が僕に相談した理由が」
「多分それが合ってるぜ。俺が相談した理由、それは────」
俺の目的を、すべて打ち明ける。
「この『迷宮管理者』を使って、バケモノを倒す──いや、家族を救い出す。絶対にだ」
俺のスキルなんだ。
だから、感覚的に分かるんだ。
──このスキルは、