雅也は神殿の中で
体の周りにはパチパチと稲妻がほとばしっていた。あんなのが外に出て来たら、間違いなく大変なことになる。
雅也は右手を握り込み、力を込めた。
いまの自分は、さっき倒したデッカい蜂のスキル【
亀裂の前で手をかざし、ライオンの化け物を睨む。
「食らえ!
手の前で光が渦巻き、先の尖った三角錐が形成される。行け! と念を送れば、光のトゲは恐ろしい早さで飛んでいく。
モンスターに当たったと思った
「ウォォォォォォォォォォォォォッ!!」
咆哮と共に稲妻が神殿内を走る。雷光が光の針にぶつかった瞬間――針はパアンッと弾け、消えてしまった。
代わりに緑がかった煙が周囲に飛散する。
もしかして、あれは毒が含まれている煙なんじゃ……。そう思ったが、ライオンが睨んでいるような気がして震え上がる。
ここにいたら殺されるかもしれない。雅也は亀裂に背を向け、足早に防空壕から逃げ出した。
◇◇◇
夜、夕食を食べ終え、真紀が風呂から出てくる。
雅也が先に入ることは許されず、風呂は真紀のあとからしか入れないというルールがあった。洗濯物の件といい、どうも汚れ物として扱われている気がする。
溜息を吐きつつ、雅也は風呂場に足を向けた。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室の扉を開けた瞬間――雅也はギョッとして動きを止める。 目の前に光の柱が立っていたのだ。
「どうして……」
困惑したが、すぐに思い至った。
あの煙を吸い込み、ライオンが死んだんだ。
雅也は目の前に浮かぶ六角柱のクリスタルに触れる。いままでと同じように、クリスタルは光となって弾け、頭の中にスキルの情報が流れてくる。
『雷火獅子王を撃破。エクストラスキル【轟雷覇王撃】を獲得しました』
またしても凄い名前のスキルだ。やはり、あのライオンはかなり強いモンスターだったのだろう。それにしても、スキルというのは、こんなにポンポンと手に入るものなのだろうか?
疑問は
雅也は明日の仕事に備え、早めに寝ることにした。
◇◇◇
翌朝――朝食を終え、真紀は
「気を付けてな」
返事はなく、そのままバタンと扉が閉しめられた。雅也はハァと息を吐き、ネクタイを
「沙織……私には真紀との接し方が分からないよ。これから先も、ずっとこのままなのかな?」
写真の中の沙織は、変わることのない笑顔でこちらを見ている。雅也は「行ってくるよ」と声を掛け、玄関に向かった。
雅也が働く村役場は、自宅から車で二十分ほどの場所、国道411号沿いにある。
車を駐車場に停め、正面口から庁舎に入る。丹波山村は人口500人あまりと、関東でもっとも小さな集落だが、この村役場に関しては有名な建築デザイナーに設計を依頼し、田舎の役場とは思えない洗練されたデザインになっていた。
開放的な空間に、木の素材を活かしたアーチ形の天井。内装はとても綺麗で、大きなガラス戸から入ってくる陽光は
一階のロビーを抜け、階段を上って二階にある住民生活課に向かう。
部屋に入って挨拶すると、眼鏡を掛けたショートボブの女性が駆け寄って来た。同じ職場で働く塚口里子だ。
「須藤さん、須藤さん! 朝から引っ切りなし電話が鳴って、大変なんです!」
「どうかしたんですか?」
塚口は24歳と、村役場では珍しく若い女性だ。よく大変、大変と言って話し掛けてくる。しかし、今日に限っては雰囲気が違った。
「奥多摩で発見されたダンジョン! あれのせいで問い合わせが殺到してるんです」
「ああ、なるほど」
雅也も不安を感じたぐらいだ。村の住民が怖がるのも無理はない。塚口が眉間に
「須藤さん。塚口さんから聞いたと思うけど、ダンジョン関連の問い合わせが増えてるから、電話や窓口の対応をお願いしますね。国が適切に動いていますから、なにも心配ないと言って下さい」
「分かりました」
団野は薄くなった頭を掻き、自分のデスクに戻った。元々、心配性な性格なので、今回のことに気を揉んでいるのだ。
席に着いた団野は渋い顔でパソコンを眺めていた。
上から色々な指示がきて、頭を抱えているのかもしれない。雅也は
◇◇◇
その日は本当にダンジョンの説明だけで一日が終わった。
窓口にはお爺ちゃんやお婆ちゃんが押し寄せ、怪物が現れるんじゃないのか? と不安を吐露する。
雅也は「そんなことはないですよ」と住民を
一日の勤務が終わり、定時に帰宅しようと席を立つ。
「じゃあ、私はこれで。お疲れ様でした」
雅也が頭を下げると、塚口は「お疲れ様です」と明るく返し、団野も「今日はありがとね」と笑顔を向けてくる。
雅也はもう一度会釈をし、生活課のオフィスを出た。
駐車場で車に乗り込み、国道411号を東に走る。途中でスーパーに寄り、食材を買ってから帰路につく。
五時三十五分――家の前に車を停め、辺りを見回す。
雅也はすぐ家には入らず、裏手に回った。歩いて防空壕に向かう。
――あのライオンは死んだけど、また別のモンスターがいるかもしれない。
雅也は防空壕に足を踏み入れ、そのまま奥へと向かった。