神殿に
もう真紀が帰って来て、料理を作っている頃だ。これ以上、家を空けると不審に思われるだろう。
雅也は足早に防空壕を出て、家に向かった。
玄関をそっと開け、中に入ると台所から物音が聞こえてくる。真紀が料理を作ってるんだ。雅也は気づかれないように階段を上がり、自分の部屋に入る。
着替えを済ませてから一階に下り、台所の脇を抜けてリビングのソファーに座る。 真紀は黙ったまま料理を続けていた。やはり、父親の行動には関心がないようだ。 雅也は安堵しつつも、少し寂しい気持ちになる。
娘に無視されて、喜ぶ父親はいない。
とは言え、真紀に気づかれないのは好都合だ。
――明日も、今日と同じように防空壕に行って問題ないだろう。
老人のようなモンスターを倒せば、そろそろモンスターは出なくなるんじゃないだろうか? 確信はないが、無限に出てくるとも思えない。
なんにせよ、明日倒せば分かるだろう。
◇◇◇
翌日――村役場の仕事を終え、雅也はスーパーに寄ってから家に帰った。
昨日と同じように食材を冷蔵庫に詰め、勝手口から外に出て防空壕に向かう。通路の奥にある亀裂から中を覗くと、老人は静かに立っていた。
いままで見たモンスターの中では最も弱そうだ。雅也は亀裂の前で手を構え、意識を集中する。
カッと目を見開き、スキル名を叫ぶ。
「――轟雷覇王撃!!」
神殿内に数百の雷が落ちる。稲妻が轟く中、老人はその場から動かず、手を高々と上げた。
すると、老人の周りにバリアのようなものが生まれて稲妻を弾く。
「えっ!? なんだ、あれ?」
訳が分からないまま、スキルの効果時間が切れる。老人には傷ひとつ付けることができなかった。老人は周囲を見回し、攻撃した者を探している。見た目とは裏腹に、この老人は恐ろしく強い!
雅也は顔を引きつらせ、亀裂の前で両手をかざす。
「ガイア! 召喚!!」
アルティメットスキルである〝ガイア〟を呼び出した。黒い巨人が老人の目の前に出現し、凄まじい威圧感を放ちながら敵を見下ろす。
巨大なガイアのパワーなら、あの〝バリア〟を破れるだろう。
心の中で「行け!」と叫ぶと、ガイアは右腕を引き、老人に狙いを付ける。
大きな拳が落とされた刹那――信じられないことが起きる。神殿内が宇宙空間に変わったのだ。
自分でもなにを言っているのか分からない。
だが、亀裂の中には間違いなく、
暗く広大な空間、いくつもの惑星があり、隕石が飛び交っている。ガイアは無重力空間を
降り立つ足場がなければ、ガイアは力を発揮できない。
「なんなんだ、この爺さん……」
それ以上、言葉が出てこない。老人が手をかざすと、ガイアに向かって隕石が突っ込んできた。直径五十メートルはあるだろうか。直撃するとガイアでも
雅也は再び手をかざし、老人に狙いを付ける。
「バーニング・メガ・ブラスト!!」
轟々と燃える火球が老人に向かう。だが、老人の前に隕石が割り込み、火球とぶつかった。凄まじい爆発が起き、隕石は木っ端微塵に砕け散るが、老人に一切のダメージはない。
どこかに当たったとしても、密閉された空間でない以上、毒煙が効くとも思えない。【暗黒樹召喚】も、根を張るための地面がない。
スキルのことごとくが通用しない。
「この爺さん……強い!」
使えるスキルがなくなってしまったため、雅也は渋々防空壕を出た。
辺りは暗くなっていた。振り返り、土手の入口を目をやる。なんの音もせず、入口はとても静かだった。
――また明日挑戦してみよう。あの爺さんは、いままでで最も危険なモンスターだ。放っておくことはできない。
気持ちを新たにし、真紀が待つ家へと戻った。
◇◇◇
次の日――帰宅してから防空壕に入り、もう一度老人に戦いを挑む。
最初に【
「これ……正面から戦いを挑んだら、宇宙に飛ばされるってことか? 絶対勝てないじゃないか!」
亀裂の外から戦いを仕掛けているからいいようなものの、まともに戦って勝負になるような相手ではない。雅也は深く呼吸をしてから【轟雷覇王撃】や【バーニング・メガ・ブラスト】を放つ。だが、どれも簡単に避けられてしまう。ガイアを召喚しても結果は同じ。
二日目も老人を倒すことができなかった。
いままでは二回挑戦すればなんとかなったが、このモンスターは強さのレベルが違うようだ。
さらに翌日、帰宅した雅也は防空壕の中で思案する。
――どうやったら勝てる? いまは相手に攻撃を当てることもできない。
地面の上に
それはスキルを得たあと、頭に流れ込んできた情報だ。
「〝神気解放〟の能力……自分の体を強化する他に、使い道があったような」
雅也はなんとか思い出そうとする。色々な情報の中に、いまの事態を打開するものがあったはずだ。
グルグルと思考が巡り、しばらくするとその答えに辿り着いた。
「そうだ。神気解放は自分に掛けるだけじゃなく、別の対象を選んで掛けることもできるんだった。だったら――」
雅也は立ち上がり、亀裂の中を睨む。
自分の考えが正しければ、充分、勝機はある。亀裂の前で手をかざし、三度目の戦いに挑んだ。