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第12話 S級ダンジョン攻略

 老人のモンスターを倒した翌朝――雅也は大きな欠伸あくびを噛み殺し、頭を掻きながら階段を下りた。

 真紀はすでに起きており、台所で朝食の準備をしている。

 雅也はリビングのソファーに座り、新聞を開いて中身に目を通す。記事を追っているフリをしながら、チラリと真紀を見る。

 母親の沙織と同じように、キッチンの中をテキパキと動き回っていた。

 真紀は学校の成績も良く、しっかり者で友達も多い。親のひいき目かもしれないが、母親に似てなかなかの美人だ。

 父親に冷たいという欠点はあるものの、雅也に取っては自慢の娘だった。

 朝食の準備を終えた真紀は「できたよ」と小さな声で雅也を呼ぶ。


「ああ」


 雅也はロー・テーブルの上に新聞を置いて立ち上がり、キッチン前のダイニング・テーブルに向かう。サラダと目玉焼き、こんがりと焼けたトーストが並べられていた。今日は機嫌がいいのか、コーヒーが用意されている。

 嬉しいと思う反面、雅也は和食派。正直言えば、朝は和食が食べたい。しかし、そんなことは口が裂けても言えない。

 真紀はパン派なのだ。娘の好みに合わせるしかない。

 黙って食べ始める真紀を前に、雅也は「いただきます」と手を合わせてからトーストを持ち上げる。サクッと音を立てるトーストをかじりながら、リモコンを手に取り、テレビを点ける。

 真紀は相変わらずスマホを覗き込むだけで、こちらには視線を向けない。

 雅也はコーヒーをすすりつつ、テレビに目を向ける。

 いつものニュース番組が流れていた。話題はダンジョンに関するものだ。


『奥多摩に出現したS級ダンジョンですが、昨日、攻略されたと政府が発表しました。S級ダンジョンを攻略した事例はないため、世界初の快挙となります」


 雅也は「へ~、攻略が成功したのか」と呑気のんきな声を上げたが、真紀はスマホから目を離し、食い入るようにテレビ画面を見つめる。


「え、ええ!? じゃあ、カイト君が活躍したってことだよね!」


 誰に言うでもなく、真紀はテレビに向かって黄色い声を上げる。


「いや、誰が活躍したとは言っていない……」


 雅也は口をはさむが、こちらの言葉などまったく聞いていない。真紀は目をランランと輝かせ、テレビを見続ける。攻略隊に参加した冒険者がインタビューに答えていた。女性や年配の冒険者がわるわる話をしている。

 雅也は嫌な予感がした。すると、その予感が的中する。

 カイトのインタビュー映像が流れたのだ。真紀は椅子から立ち上がり、テレビの近くまで歩み寄る。

 さわやかなイケメンはいけしゃあしゃあとダンジョン内の様子を語り、「ダンジョンは消滅しましたから、地域の皆さんは安心して下さい」と模範的な言葉でインタビューをくくった。

 真紀は「さすがカイト君、かっこいいよね」とうっとりした顔をする。

 今回の攻略隊には、海外の凄腕冒険者も同行しているとアナウンサーが言っていた。だとしたら、カイトが活躍したかどうかは分からないじゃないか。

 そう指摘したいが、間違ってもそんなことは言えない。

 真紀が激怒するのが目に見えているからだ。雅也は溜息を飲み込み、手に持ったトーストをかじる。

 カイトが目立つのは気にさわるものの、地域が安全になったのはいいことだ。

 ひょっとすると、老人のあとにモンスターが出なくなったもの、ダンジョンが攻略されたおかげってことか? だとしたら、カイトを始め、攻略隊の人たちに感謝しなくちゃいけない。

 雅也は「文句ばかり言っても仕方ないか」と考えを改め、テレビから流れてくる情報に耳を傾けた。


 ◇◇◇


 日本ダンジョン協会・東京支部――

 東京の世田谷区にあるオフィスビルに、如月きさらぎカイトを始め、山神や宮本といった主力の冒険者たちが集まっていた。

 広い談話室でダンジョン協会・会長の到着を待っていたカイトは、隣のソファーに座る山神に話し掛けた。


「山神さん。僕たちは本当にS級ダンジョンを攻略したんでしょうか? 明らかにおかしなことばかりです」


 眉根を寄せるカイトの表情を見て、山神は鼻を鳴らす。


「できたかどかって言われてもな。実際、ダンジョンは消滅したんだ。攻略に成功したってのは間違いない。それがどんな理由だったとしてもな」

「やはり、なんらかのイレギュラーがあったと?」


 カイトに問われ、山神は中折れ帽を持ち上げて頭を掻く。


「分からん。俺たちは最奥のボスを倒してない。もしかしたら、誰かが先に辿り着き、ボスを倒しちまったって可能性もなくはないが、現実的じゃないだろう」

「それはそうですよ。攻略隊は全員【火竜王】との戦いに参加していましたし、誰かが先に行ったなんて形跡はありませんでした。なのにダンジョンが自然崩壊するなんて……」

「まあ、カイト。難しく考えるな。あのS級ダンジョンがブレイクしていたら、とんでもない被害が広がってたんだぞ。そうならなかっただけでも良しとしないと。そうだろ?」


 山神に肩を叩かれ、カイトは同意せざるを得なかった。

 確かに最悪の事態は回避できた。文句を言うのもおかしな話だ。ただ――とカイトは思う。

 あれほど強力なダンジョンのボス。もし倒していれば、凄まじい能力を得る『クリスタル』が手に入っただろう。

 そのクリスタルを得られなかったのが、唯一の心残り。

 もっとも、あのまま進んでいても、攻略隊が生き残った保証はない。

 いまの状況に感謝しなくちゃいけないな、そう考え、カイトは自分を納得させた。やがて談話室の扉が開き、日本ダンジョン協会の会長と、その他取締役の面々が入って来る。

 東京支部の冒険者は会議室に移動し、今後のマスコミ対応やダンジョン攻略のスケジュールについての話し合いが行われた。

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