老人のモンスターを倒した翌朝――雅也は大きな
真紀はすでに起きており、台所で朝食の準備をしている。
雅也はリビングのソファーに座り、新聞を開いて中身に目を通す。記事を追っているフリをしながら、チラリと真紀を見る。
母親の沙織と同じように、キッチンの中をテキパキと動き回っていた。
真紀は学校の成績も良く、しっかり者で友達も多い。親のひいき目かもしれないが、母親に似てなかなかの美人だ。
父親に冷たいという欠点はあるものの、雅也に取っては自慢の娘だった。
朝食の準備を終えた真紀は「できたよ」と小さな声で雅也を呼ぶ。
「ああ」
雅也はロー・テーブルの上に新聞を置いて立ち上がり、キッチン前のダイニング・テーブルに向かう。サラダと目玉焼き、こんがりと焼けたトーストが並べられていた。今日は機嫌がいいのか、コーヒーが用意されている。
嬉しいと思う反面、雅也は和食派。正直言えば、朝は和食が食べたい。しかし、そんなことは口が裂けても言えない。
真紀はパン派なのだ。娘の好みに合わせるしかない。
黙って食べ始める真紀を前に、雅也は「いただきます」と手を合わせてからトーストを持ち上げる。サクッと音を立てるトーストを
真紀は相変わらずスマホを覗き込むだけで、こちらには視線を向けない。
雅也はコーヒーを
いつものニュース番組が流れていた。話題はダンジョンに関するものだ。
『奥多摩に出現したS級ダンジョンですが、昨日、攻略されたと政府が発表しました。S級ダンジョンを攻略した事例はないため、世界初の快挙となります」
雅也は「へ~、攻略が成功したのか」と
「え、ええ!? じゃあ、カイト君が活躍したってことだよね!」
誰に言うでもなく、真紀はテレビに向かって黄色い声を上げる。
「いや、誰が活躍したとは言っていない……」
雅也は口を
雅也は嫌な予感がした。すると、その予感が的中する。
カイトのインタビュー映像が流れたのだ。真紀は椅子から立ち上がり、テレビの近くまで歩み寄る。
真紀は「さすがカイト君、かっこいいよね」とうっとりした顔をする。
今回の攻略隊には、海外の凄腕冒険者も同行しているとアナウンサーが言っていた。だとしたら、カイトが活躍したかどうかは分からないじゃないか。
そう指摘したいが、間違ってもそんなことは言えない。
真紀が激怒するのが目に見えているからだ。雅也は溜息を飲み込み、手に持ったトーストを
カイトが目立つのは気に
ひょっとすると、老人のあとにモンスターが出なくなったもの、ダンジョンが攻略されたおかげってことか? だとしたら、カイトを始め、攻略隊の人たちに感謝しなくちゃいけない。
雅也は「文句ばかり言っても仕方ないか」と考えを改め、テレビから流れてくる情報に耳を傾けた。
◇◇◇
日本ダンジョン協会・東京支部――
東京の世田谷区にあるオフィスビルに、
広い談話室でダンジョン協会・会長の到着を待っていたカイトは、隣のソファーに座る山神に話し掛けた。
「山神さん。僕たちは本当にS級ダンジョンを攻略したんでしょうか? 明らかにおかしなことばかりです」
眉根を寄せるカイトの表情を見て、山神は鼻を鳴らす。
「できたかどかって言われてもな。実際、ダンジョンは消滅したんだ。攻略に成功したってのは間違いない。それがどんな理由だったとしてもな」
「やはり、なんらかのイレギュラーがあったと?」
カイトに問われ、山神は中折れ帽を持ち上げて頭を掻く。
「分からん。俺たちは最奥のボスを倒してない。もしかしたら、誰かが先に辿り着き、ボスを倒しちまったって可能性もなくはないが、現実的じゃないだろう」
「それはそうですよ。攻略隊は全員【火竜王】との戦いに参加していましたし、誰かが先に行ったなんて形跡はありませんでした。なのにダンジョンが自然崩壊するなんて……」
「まあ、カイト。難しく考えるな。あのS級ダンジョンがブレイクしていたら、とんでもない被害が広がってたんだぞ。そうならなかっただけでも良しとしないと。そうだろ?」
山神に肩を叩かれ、カイトは同意せざるを得なかった。
確かに最悪の事態は回避できた。文句を言うのもおかしな話だ。ただ――とカイトは思う。
あれほど強力なダンジョンのボス。もし倒していれば、凄まじい能力を得る『クリスタル』が手に入っただろう。
そのクリスタルを得られなかったのが、唯一の心残り。
もっとも、あのまま進んでいても、攻略隊が生き残った保証はない。
いまの状況に感謝しなくちゃいけないな、そう考え、カイトは自分を納得させた。やがて談話室の扉が開き、日本ダンジョン協会の会長と、その他取締役の面々が入って来る。
東京支部の冒険者は会議室に移動し、今後のマスコミ対応やダンジョン攻略のスケジュールについての話し合いが行われた。