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第13話 冒険者を目指して

 雅也は村役場に出勤し、自分の席に着く。

 かばんを脇に置き、パソコンを立ち上げていると、奥の席から塚口がそそくさとやって来た。


「須藤さん、須藤さん! テレビ見ました? 例のダンジョンの件」


 塚口はいつものように眼鏡のブリッジを上げ、大きな瞳をランランと輝かせる。


「ああ、もちろん見たよ。良かったよね。危ないダンジョンが攻略されて。これで問い合わせも少なくなる」

「ええ、本当です。ここ二日はダンジョンのことばっかりでしたからね。通常の業務に集中できますよ」


 心底ホッとした表情の塚口に、雅也はほほを緩める。


「冒険者の人たちには感謝しないといけないね。自分には関わりのない遠い存在だと思ってたけど、こんな形で助けられるなんて」

「分かります! いまはアイドル並の人気がある冒険者さんもいますからね。私も好きで応援してるんですよ」

「え? 塚口さんも冒険者のファンなの?」


 意外な話に雅也は眉間に皺を寄せた。真紀だけじゃなく、若い女の子はみんなカイトが好きなのか? と考え、なんとも言えない気持ちになる。


「ファンというほどじゃないですけど……でも、好きな冒険者さんはいますよ」


 坂口は自分のデスクに行き、スマホを手に取って戻って来る。画面をタッチしてなにかを表示させた。


「見て下さい。東京支部の冒険者・山神アキラさんです。37歳なんですけど、渋くてかっこいいんですよ」


 スマホの画面に映っていたのは、黒い帽子を被ったおじさんだった。自分より歳は若いものの、こんな中年に人気が集まるのか?

 驚いている雅也を余所よそに、塚口は満面の笑みを浮かべる。


「特に山神さんは〝イケボ〟なんですよね。テレビのインタビューとか聞いてるときゃーってなっちゃいます」

「イケボ?」


 よく分からない単語が出てきたが、すでに始業時間が過ぎていたため、自席に座っていた課長の団野が「コホンッ」と咳払いした。

 テンションが上がり過ぎて周りが見えなくなっていた塚口は、慌てて自分の席へと戻る。

 ファンじゃないと言っていたが、どう見ても大ファンにしか見えない。

 団野は席を立ち、朝礼を始めましょう、と告げる。十人ばかりの生活支援課の面々が立ち上がる。簡単な挨拶と連絡事項を言い終えたあと、団野は「今日も一日がんばりましょう!」と明るく朝礼を締めた。

 雅也は席に座り、パソコンを見つめる。

 冒険者がそんなに人気があるとは知らなかった。なにより、おじさんでも尊敬されている。それは雅也に取っては衝撃だった。


 ――はからずも強力なスキルを身に付けたし、私も冒険者になれるんじゃないだろうか?


 プロの冒険者はもっと凄いスキルを持っているのかもしれないが、このスキルが役に立たないとは思えない。

 スキルを活用できれば、それなりに活躍できるんじゃ……。

 実際やるにしても、役場の仕事があるため週末ぐらいしか活動できないだろう。それでも冒険者になってみたい。そんな衝動に駆られた。

 活躍すれば、冷たい態度を取る真紀に尊敬してもらえるかもしれない。

 それは娘との関係性に悩む雅也に取って、唯一の希望に思えた。


 ◇◇◇


 家に帰って来た雅也は、自分の部屋にこももってノート・パソコンを立ち上げる。

 山梨県が運営する冒険者協会・山梨支部の募集要項に目を通す。冒険者は通年募集しているようで、年齢は51歳以下までなら応募OK。

 それ以外の制限はないらしい。


 ――これなら私でも応募できるな。


 冒険者は準公務員になるため、週末も公務員として働くのはどうかと思ったが、それもこれも父親としての尊厳を取り戻すためだ。

 雅也は決意を固め、応募シートに必要事項を記入していく。

 しばらくすると返信メールがあり、そこには次の土曜日に『冒険者資格審査』があると書かれていた。 


「やっぱり審査があるのか。まあ、それはそうか……」


 急に緊張してきたが、いまさら引く訳にはいかない。雅也は土曜日に向け、準備に取りかかった。


 ◇◇◇


 土曜日・早朝――

 雅也は山梨県の県庁に来ていた。応募シートを送ったあと、今日、県庁前に集合してほしいというメールを受け取っていた。

 このあとランクの低いダンジョンに行くらしい。

 県庁前には、徐々に人が集まって来る。若い男性や女性。自分と同じように、冒険者登録に来たのだろう。

 自分を含め、計七人が集まると、庁舎の入口から一人の男性が出て来た。


「いやいや、お待たせしました。県ダンジョン課の川北と申します」


 小太りの川北はハンカチで顔の汗をき、雅也たちに向かって何度も頭を下げる。腰の低い人のようだ。同じ公務員としては共感できる。


「すぐにバスが来ますので、少しだけお待ち下さい」


 川北が今回の冒険者登録試験の担当者らしい。しばらく待つと、川北の言った通りマイクロバスがやって来た。


「どうぞどうぞ、こちらにお乗り下さい」


 川北にうながされ、集まった人間がバスに乗り込む。雅也もタラップを上がり、窓際の席に座る。職員と思われる数人が先に乗っていたため、七人と川北が乗り込むとほぼほぼ満員だ。

 雅也の隣の席には若い女性が座った。

 大学生ぐらいだろうか。長い黒髪の綺麗な女性で、物静かな印象を受ける。こんな子が冒険者になろうとしてるのか?

 女性は静かな声で「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。


「こ、こちらこそ」


 雅也も頭を下げ、緊張しながら挨拶を返す。役場の塚口も若い女性だが、この子とは雰囲気がだいぶ違う。

 雅也が変な汗を掻いていると、最後に乗り込んできた川北がバスガイドのように声を上げる。


「では、全員そろいましたので出発しましょう! 行き先は河口湖に出現したD級ダンジョンです。プロの冒険者さんたちもいますから、安心していいですよ」


 意気揚々と語る川北と七人の素人を乗せ、バスは河口湖に向けて出発した。

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