雅也は村役場に出勤し、自分の席に着く。
「須藤さん、須藤さん! テレビ見ました? 例のダンジョンの件」
塚口はいつものように眼鏡のブリッジを上げ、大きな瞳をランランと輝かせる。
「ああ、もちろん見たよ。良かったよね。危ないダンジョンが攻略されて。これで問い合わせも少なくなる」
「ええ、本当です。ここ二日はダンジョンのことばっかりでしたからね。通常の業務に集中できますよ」
心底ホッとした表情の塚口に、雅也は
「冒険者の人たちには感謝しないといけないね。自分には関わりのない遠い存在だと思ってたけど、こんな形で助けられるなんて」
「分かります! いまはアイドル並の人気がある冒険者さんもいますからね。私も好きで応援してるんですよ」
「え? 塚口さんも冒険者のファンなの?」
意外な話に雅也は眉間に皺を寄せた。真紀だけじゃなく、若い女の子はみんなカイトが好きなのか? と考え、なんとも言えない気持ちになる。
「ファンというほどじゃないですけど……でも、好きな冒険者さんはいますよ」
坂口は自分のデスクに行き、スマホを手に取って戻って来る。画面をタッチしてなにかを表示させた。
「見て下さい。東京支部の冒険者・山神アキラさんです。37歳なんですけど、渋くてかっこいいんですよ」
スマホの画面に映っていたのは、黒い帽子を被ったおじさんだった。自分より歳は若いものの、こんな中年に人気が集まるのか?
驚いている雅也を
「特に山神さんは〝イケボ〟なんですよね。テレビのインタビューとか聞いてるときゃーってなっちゃいます」
「イケボ?」
よく分からない単語が出てきたが、すでに始業時間が過ぎていたため、自席に座っていた課長の団野が「コホンッ」と咳払いした。
テンションが上がり過ぎて周りが見えなくなっていた塚口は、慌てて自分の席へと戻る。
ファンじゃないと言っていたが、どう見ても大ファンにしか見えない。
団野は席を立ち、朝礼を始めましょう、と告げる。十人ばかりの生活支援課の面々が立ち上がる。簡単な挨拶と連絡事項を言い終えたあと、団野は「今日も一日がんばりましょう!」と明るく朝礼を締めた。
雅也は席に座り、パソコンを見つめる。
冒険者がそんなに人気があるとは知らなかった。なにより、おじさんでも尊敬されている。それは雅也に取っては衝撃だった。
――
プロの冒険者はもっと凄いスキルを持っているのかもしれないが、このスキルが役に立たないとは思えない。
スキルを活用できれば、それなりに活躍できるんじゃ……。
実際やるにしても、役場の仕事があるため週末ぐらいしか活動できないだろう。それでも冒険者になってみたい。そんな衝動に駆られた。
活躍すれば、冷たい態度を取る真紀に尊敬してもらえるかもしれない。
それは娘との関係性に悩む雅也に取って、唯一の希望に思えた。
◇◇◇
家に帰って来た雅也は、自分の部屋に
山梨県が運営する冒険者協会・山梨支部の募集要項に目を通す。冒険者は通年募集しているようで、年齢は51歳以下までなら応募OK。
それ以外の制限はないらしい。
――これなら私でも応募できるな。
冒険者は準公務員になるため、週末も公務員として働くのはどうかと思ったが、それもこれも父親としての尊厳を取り戻すためだ。
雅也は決意を固め、応募シートに必要事項を記入していく。
しばらくすると返信メールがあり、そこには次の土曜日に『冒険者資格審査』があると書かれていた。
「やっぱり審査があるのか。まあ、それはそうか……」
急に緊張してきたが、いまさら引く訳にはいかない。雅也は土曜日に向け、準備に取りかかった。
◇◇◇
土曜日・早朝――
雅也は山梨県の県庁に来ていた。応募シートを送ったあと、今日、県庁前に集合してほしいというメールを受け取っていた。
このあとランクの低いダンジョンに行くらしい。
県庁前には、徐々に人が集まって来る。若い男性や女性。自分と同じように、冒険者登録に来たのだろう。
自分を含め、計七人が集まると、庁舎の入口から一人の男性が出て来た。
「いやいや、お待たせしました。県ダンジョン課の川北と申します」
小太りの川北はハンカチで顔の汗を
「すぐにバスが来ますので、少しだけお待ち下さい」
川北が今回の冒険者登録試験の担当者らしい。しばらく待つと、川北の言った通りマイクロバスがやって来た。
「どうぞどうぞ、こちらにお乗り下さい」
川北に
雅也の隣の席には若い女性が座った。
大学生ぐらいだろうか。長い黒髪の綺麗な女性で、物静かな印象を受ける。こんな子が冒険者になろうとしてるのか?
女性は静かな声で「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。
「こ、こちらこそ」
雅也も頭を下げ、緊張しながら挨拶を返す。役場の塚口も若い女性だが、この子とは雰囲気がだいぶ違う。
雅也が変な汗を掻いていると、最後に乗り込んできた川北がバスガイドのように声を上げる。
「では、全員そろいましたので出発しましょう! 行き先は河口湖に出現したD級ダンジョンです。プロの冒険者さんたちもいますから、安心していいですよ」
意気揚々と語る川北と七人の素人を乗せ、バスは河口湖に向けて出発した。