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第14話 D級ダンジョン

 バスに揺られながら、雅也は物思いにふけっていた。

 自分が防空壕の中で手に入れたスキルは七つ。どれも強力なものだが、一日一回しか使えない。

 ただし、最後に習得した【亜空間操作】だけは、〝魔力〟を消費して使うらしい。 

 魔力さえあれば何回も使用できるようだが、そもそも自分には魔力なんてものはない。つまり、この【亜空間操作】だけは、現時点で使うことができないということだ。

 冒険者はモンスターを倒すことで魔力を得ると聞く。

 自分も冒険者として活躍していたら、いつかは使えるようになるかもしれない。そんなことを考えていた時、隣に座った女性が話し掛けてきた。


「あ、あの……私、湊崎みなとざきあいといいます。今日はよろしくお願いします」

「あ、ああ、いや、こちらこそ、よそしくお願いします。私は須藤と申します」


 湊崎と名乗った女性は丁寧な挨拶をしてきた。雅也も頭を下げて挨拶を返す。ずいぶん礼儀正しい子だな、と雅也は好感を抱いた。


「実は冒険者の試験って初めてなので……緊張していて」


 湊崎は苦笑するように目元を緩める。それで話し掛けてきたのか。雅也も緊張していたため、気持ちはよく分かる。


「私も初めてなんです。というか、初めてじゃない人っているんですか?」


 辺りを見回せば、大学生ぐらいの若い子と、二十代後半ぐらいの社会人のような人しかいない。てっきり全員が初参加だと思っていたが……。

 湊崎は柔和にゅうわな表情で微笑み掛けてくる。


「ええ、二回目、三回目という参加者もいると思います。特に参加の回数制限はありませんから」

「そうなんですね」


 確かに、応募要項に回数制限などはなかった。失敗したとしても、再挑戦は可能なのか。


「湊崎さんは大学生ですか?」

「あ、はい。帝京学院大学の二回生です」


 帝京学院は偏差値の高い大学だ。この子はかなり頭がいいらしい。


「じゃあ、大学に通いながら冒険者をするんですか?」

「はい、実は親戚に冒険者をやってる人がいて。私、その人を凄く尊敬してるんです。だから、自分も社会の役に立ちたいと思って今回、試験を受けに来たんです」「おお、それは立派な考えですね。でも、大学に通いながら冒険者をやるとなると、かなり大変じゃないですか?」

「ええ、でも、それは試験に受かったらの話ですから」

「ああ、確かにそうですね」


 二人は小さく笑い合う。試験は始まってもいないのに、もう冒険者になった気でいた。受かるかどうかも分からないのに。


「須藤さんは、なにかお仕事をされているんですか?」


 湊崎は綺麗な瞳を向けてくる。ドキリと鼓動が高鳴った。よくよく見れば、湊崎は長い黒髪よく似合う、モデルのような容姿の女性だ。

 身近にはいないタイプの美人に、雅也はどぎまぎしてしまう。


「い、いや、私は丹波村の役場で働く一介の公務員ですよ。日々、地味な仕事をしています」

「ええ! 役場で働いてるんですか? 冒険者も公務員ですけど、仕事以外でも公務員として働くんですか?」

「ええ、まあ……」


 やっぱりそう思いますよね。と雅也は頭を掻いた。平日も役場で働いて、休日も公務員として働こうとするのはさすがにおかしいと思われるだろう。

 雅也は冒険者になろうと考えた経緯を、湊崎に話すことにした。


「娘さんに良く思われたくて、冒険者になろうと思ったんですか?」

「そうなんですよ。呆れますよね、こんなことを考える父親って」


 湊崎は「そんなことありませんよ」と首を振り、明るい笑顔を向けてきた。


「思えば、私も父とはあまり話していません。母とはよく話すんですけど……」

「湊崎さんは、実家暮らしなんですか?」

「はい、甲府で暮らしています。両親と同じ家に住んでいるのに、父だけ避けてるみたいになっちゃって……私の父も、須藤さんみたいに寂しい思いをしてるんでしょうか?」

「きっとそうだと思いますよ」


 雅也はハハと苦笑いする。二人が取り留めのない会話をしていると、バスガイド役の川北が大きな声を張り上げた。


「皆さん、もうすぐ河口湖に到着します。お忘れ物がないように、荷物の確認をお願いしますね」


 川北はニッコリと微笑む。雅也と湊崎は荷物棚からリュックと小さなバッグを取り出し、降りる準備をする。

 マイクロバスが富士河口湖町の駐車場に停まった。

 雅也は川北にうながされ、バスを降りる。目の前には雄大な湖が広がり、振り返れば富士山がそびえ立つ。

 雅也は大きく深呼吸をした。晴れ渡った空の下で見る富士山と湖は、青く抜けるように澄み切っていてとても綺麗だ。


「いや~晴れて良かった。気持ちがいいです」


 雅也が微笑んで言うと、湊崎は「そうですね。前向きな気持ちになります」と明るく答えた。雅也は改めて周囲を見る。

 バスから降りた冒険者志望者は、二十代くらいの若い人ばかり。

 自分のように40を過ぎて冒険者になろうとする者は少ないのだろう。

 大丈夫かな? そんな不安を抱いていると、川北の陽気な声が聞こえてくる。


「さあ、皆さん。こっちです、こっち! 私のあとについて来て下さい」


 川北について行くと、河口湖のこはんに地面の盛り上がった場所があった。岩がせり上がったような不自然な地形。

 盛り上がった岩のかたまりには穴が空いていた。人間が入るには充分な穴の大きさだ。


 ――あれが、ダンジョンか?


 川北に止まるように言われ、全員が足を止める。穴の前には剣や槍を携えた職員が数人いた。指導役を務める冒険者だろう。

 川北は穴の前まで行くと、振り返ってこちらを向く。


「ここが二週間前に発生したD級ダンジョンです。奥まで行かない限り、弱い魔物しか出てきませんので安心して下さい」


 ニッコリと微笑む川北とは裏腹に、雅也を始め、集まった人たちの間に緊張が走る。それはそうだろう。

 ダンジョンなど普通に暮らす一般人に取っては縁遠く、危険な場所だ。


「では皆さん。これより冒険者協会・山梨支部の認定試験を行います!」


 雅也は姿勢を正し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

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