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第16話 ホーン・ラビット

 角の生えたウサギは、ぴょんぴょんと飛び跳ねてこちらに来た。

 見た目だけならかわいらしいが、モンスターと聞いているので油断はできない。斧を持った加賀は一歩後ろに下がり、雅也たちを見る。


「では、倒してみましょう。まずは……あなたから」


 加賀が指差したのは雅也だった。驚いて「わ、私ですか!?」と上擦った声を出してしまう。


「大丈夫ですよ。このホーン・ラビットは力の弱いモンスターですから、大怪我をするなんてことはありません。剣で叩きつけて下さい」

「は、はあ……」


 雅也は仕方なく前に出て、両手で剣を持ち、高々と振り上げた。

 赤い目のうさぎは、小首をかしげて見つめてくる。なんとも愛くるしい表情だ。

 こんなかわいい動物を殺すのか? 雅也はなんとも言えない苦々しい気持ちになったが、これも冒険者になるためだと思い直し、目をつぶって剣を振るう。


「ていっ!」


 剣はカンッと高い音を鳴らして弾かれた。狙いを外して岩に当たったのだ。驚いたホーン・ラビットは飛び跳ね、雅也に向かって突っ込んで来る。

 フラついたため避けることができない。

 角の部分がすねに当たり、雅也は「いたっ!!」と大声を上げて地面に突っ伏し、すねを押さえて転げ回る。


「大丈夫ですか? 角はとがっていませんから、刺さりはしないんですが……」


 心配した加賀が上からのぞき込んでくる。刺さらなくても、痛いものは痛い。

 雅也が騒いでいる間に、ウサギもどきは逃げてしまった。臆病なモンスターで助かったと思う反面、そんなモンスターにも反撃を喰らってしまう自分が情けなかった。

 加賀にうながされ、雅也以外の冒険者志望者は次々とホーン・ラビットを倒していく。女性である湊崎もウサギの頭に剣を落とし、簡単に倒していた。

 頭を斬られたウサギは飛び跳ねてから地面を転がり、煙となって消えてしまう。 

 モンスターが死体を残さないのは知っていたが、こんなふうに死ぬのか、と今さらながら関心する。


「じゃあ、須藤さん。もう一度挑戦してみましょうか」


 加賀に声を掛けられ、雅也は「は、はい」と前に出る。

 今度こそ倒さないと。自分だけ何度も失敗しては、他の冒険者志望者のも笑われてしまう。雅也は剣を前に構え、ぴょこぴょこと飛びながら向かって来るホーン・ラビットに狙いを定める。


「緊張しないで。当てるだけでいいですから」

「はい!」


 加賀のアドバイスを背中に受けつつ、雅也は一歩踏み込み、ウサギの頭に向かって剣を振るった。今度は直撃し、ウサギはぴょ~んと飛び跳ねたあと、地面に転がって動かなくなる。

 どうだ? と思っていると、体から煙が出て、数秒ほどで消えてしまった。


「や、やった……」


 体から力が抜け、その場に座り込みたくなる。後ろで見ていた湊崎は、「やりましたね、須藤さん!」と喜んでくれている。あんな若い子に心配されるなんて情けない限りだが、なんとか倒せてホッと息を吐いた。


「がんばりましたね。その調子です。ノルマまで、あと二匹ですよ」


 加賀の言葉に、雅也は眉間に皺を寄せる。


「あと二匹も倒すんですか!?」

「ええ、一人三匹倒してから、魔力の計測を行います。なあに、すぐに終わりますよ。がんばっていきましょう!」


 はっはっはと明るく笑う加賀に対し、雅也は苦笑いを返す。一匹でも大変だったのに、もう二匹も倒さなくちゃいけないのか……。

 しんどいな、と思ってしまうが、仕方ないと割り切り気合いを入れ直す。

 その後も全員でホーン・ラビットを探し、倒して行くという作業を繰り返した。何匹も倒しているため、見つけるのが大変になってくる。

 数が少なくなったのか、はたまた警戒して出てこなくなったのか。

 なんにせよ、雅也はまだ二匹しか倒せていなかった。あと一匹を求めてダンジョン内を歩き回る。


「皆さん、もう少し奥に行きましょう。絶対、私たちの側を離れないで下さいね」


 加賀と二人の冒険者が洞窟の奥へと足を向ける。あまり奥には行きたくないと思っていた雅也は、集団の最後尾で様子をうかがっていた。

 湊崎は前のほうで積極的にホーン・ラビットを狩っている。

 女性なのに凄いな、と雅也が感心していると、背後に気配を感じた。振り返って目についたのは、岩陰に隠れるホーン・ラビットだ。


「あんなところにいたのか」


 雅也はゆっくりと近づき、剣を構える。斬りかかろうとした瞬間――ウサギは後ろに跳んで逃げてしまった。


「あ! こら、逃げるな」


 雅也は剣を構えたままウサギのあとを追いかける。頭に一撃入れるだけで倒せるモンスターだ。恐れる必要はない。

 十メートルほど進むと、大きな岩の陰にウサギが隠れていた。

 雅也はそっと近づき、剣を振り上げる。今度は失敗しない。ウサギの頭に剣を振り下ろそうとした瞬間――ウサギの後ろに無数の光が見えた。

 二つずつ並んだ赤い光。何匹ものホーン・ラビットがこちらを睨んでいた。


「うぅ……こんなところに仲間がいたのか。これはマズい!」


 振り返って冒険者を呼ぼうとしたが、みんなの姿が見えない。雅也が道をれている間に行ってしまったんだ。

 すぐ引き返そうとするも、戻る道先にもウサギがいた。

 いつの間にか囲まれている。雅也の全身からどっと汗が噴き出す。弱いモンスターとはいえ、こんな数で襲われたらただでは済まない。

 どうしよう、とオロオロしていると、ウサギたちは目をギラつかせ、一斉に飛びかかって来た。

 雅也はビクッと肩を震わせ、咄嗟とっさに右手を上げる。


「――轟雷覇王撃!!」


 数百の雷撃が洞窟内を駆け巡る。

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