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第18話 冒険者協会・山梨支部

 家に帰って来た雅也は、娘の真紀と夕食を囲んでいた。

 対面に座る娘は父親に一瞥いちべつもくれず、黙々と料理を口に運んでいる。相変わらずだな、と思いつつも、雅也は悲観していなかった。

 なにしろ、今日は真紀に話す取っておきの話題がある。

 雅也ははしを置き、コホンと小さな咳払いをして真紀を見据える。


「実はな。父さん、真紀に話すことがあって……」


 真紀はスマホに目を落としながら「なに?」と冷たく返事をする。こちらを見てはくれない。


「この前の休日にな、冒険者の登録試験を受けてきたんだ。お父さん、適正があったみたいで、合格したんだ。だから休日を利用して、冒険者活動をしてみようと思ってて……」


 ドキドキしながら言ってみるが、真紀はスマホから目を離さない。興味なさそうに「へぇ」と喉を鳴らす程度。内容を聞いているのだろうか?

 雅也は姿勢を正し、もう一度ハッキリ宣言する。


「真紀。父さん、冒険者になる!」


 自分の父親が冒険者になると言っているのだ。真紀だって多少の興味は持ってくれるだろう。そう期待したが、真紀はまったく顔を上げず、「がんばれば」と素っ気なく答えた。


「それだけか?」


 顔をのぞき込むも、返事はない。今日の会話は終わりということか。

 雅也はガックリと肩を落とし、食べ終わった皿をシンクへと片付けた。


 ◇◇◇


 翌日の日曜――雅也はさっそく冒険者協会・山梨支部のビルに来ていた。

 甲府の隣、笛吹市にあるかなり高い商業ビル。正面の入口にある案内板を見ると、冒険者協会の事務所だけでなく、普通の企業も入っているようだ。


「冒険者協会は五階か……なんだか緊張してきたな」


 スーツを着てきた雅也はネクタイを直しつつ、自動ドアをくぐりエントランスに入る。中は吹き抜けで明るく、エスカレーターで二階までは行けるようだった。

 だが、向かう先は五階なのでエレベーターを探す。

 歩きながらキョロキョロ辺りを見回していると、「須藤さん!」と突然声を掛けられた。振り返ると、昨日一緒に試験を受けた湊崎が走って来る。


「湊崎さん! あなたも今日、登録しに来たんですか?」

「ええ、そうなんです」


 湊崎は息を整え、ニッコリと微笑む。


「平日は大学の講義がありますから、来るなら今日かなって思って」

「そうですよね。私も明日から役場の仕事がありますから……考えることは同じですね」


 知り合いが一人いると、緊張は一気に緩和する。雅也は湊崎と談笑しながら、エレベーターを見つけて二人で乗り込む。五階で降りると、冒険者協会のマスコット冒険太郎くんのパネルが正面に置かれていた。

 剣を持った小学生ぐらいのキャラクター。人気があるとは言えないキャラクターだが、他にも子供向けのキャラクターのパネルがいくつか並んでいる。


「思ったより、砕けた感じの場所なんですかね?」


 雅也の言葉に、湊崎は「さあ、どうなんでしょう」と戸惑った様子で周囲を見る。壁には冒険者を紹介するポスターや、冒険者募集の案内が張られていた。受付には誰もいなかったため、雅也たちは仕方なくフロアの奥に足を進める。

 明るく開けた場所まで行くと、デスクがいくつか並んでいた。

 数人が事務作業をしているようだ。そのうちの一人が雅也たちに気づき、立ち上がって近づいて来る。


「ああ、昨日の人たちだね。さっそく登録に来てくれたんだ」


 対応してくれたのは背の高い女性。昨日の試験に冒険者として参加していた人だ。確か名前は――相川だったか。赤みがかった髪が無造作に跳ね、男性的な印象を受ける。胸元にはドクロのネックレスが光り、黒い革ジャンを来ていた。

 かなりワイルドな人のようだ。


「まずは挨拶から。あたしは冒険者の相川です。これ、名刺ね」


 名刺を渡され、雅也も懐から名刺を取り出して相川と交換した。湊崎は「すいません。私、名刺持ってなくて……」と謝っていたが、大学生なのだから持っていないのは当然だ。

 相川は「いいから、いいから。気にしないで」と気さくに言う。

 雅也は名刺に目を落とした。『C級冒険者 相川理沙』と書かれている。C級はけっこう高いほう、と聞いたことがある。

 この人も優秀な冒険者ということか。

 相川がソファーを勧めてきたので、雅也と湊崎は腰を下ろす。


「ちょっと待ってて。すぐに必要な書類を持ってくるから」


 相川は一旦、自分のデスクに戻り、なにかを手に取って戻ってきた。A4判用、角形2号の茶封筒が目の前に置かれる。

 中身を確認すると、色々な書類が出てきた。

 冒険者協会に登録するためのものだ。冒険者になるための心得的な資料もある。


「この書類に記入して提出してほしいんだけど、いますぐじゃなくていいよ。家に帰ってじっくり書いて。出すときは郵送でいいから。ところで、仕事はいつからできそう? うちは人手不足だからね、なるべく早いほうがありがたいけど……」


 資料を見ていた湊崎は顔を上げ、「私は週末か祝日にしか出られないんですけど、大丈夫でしょうか?」と申し訳なさそうに訊ねる。

 雅也も慌てて「私もです!」と口をはさんだ。

 相川はフフと微笑んで雅也たちを見渡す。


「大丈夫、大丈夫。冒険者は兼業の人が多いから、土日に仕事をしたいって人、けっこういるんだよ。だからダンジョン討伐も土日や連休にやることが多くて」

「そうなんですか。それは助かります」


 湊崎は安堵の表情を浮かべる。それは雅也も同じだった。


「まあ、二人は新人だから。まずはランクの低いダンジョンで、攻略に慣れるところから始めようと思ってる。たぶん、来週の土曜か日曜に予定が入ると思うんですけど……どうかな?」


 雅也と湊崎は「それで大丈夫です」と力強く返答する。

 その後は簡単な研修を受け、ビデオやリーフレットで冒険者活動についての必要事項を学んだ。一通りのレクチャーが終わると、雅也たちはお礼を言い、山梨支部のオフィスをあとにした。

 ビルの入口から外に出ると、湊崎は晴れやかな顔をこちらに向けてくる。


「次も須藤さんと一緒になりそうですね。とっても心強いです。よろしくお願いします」

「こちらこそ心強いです。よろしくお願いします」


 二人で頭を下げ合い、笑顔で別れた。雅也はきびすを返し、車を停めたパーキングに向かう。雅也は改めて気を引き締めた。

 冒険者としての人生が、いよいよ来週から始まる。

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