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第19話 初仕事

 記入した書類を郵便で送り、冒険者登録はつつがなく終了した。

 雅也は冒険者としての活動を楽しみにしながら、週末の金曜も役場の仕事を精力的にこなしていた。

 昼食を終え、午後からの仕事の準備をしていると、同僚の塚口が「大変です、大変!」といつもの調子で話し掛けてくる。


「大変なんですよ、須藤さん!」

「なんです? またクレームですか?」


 塚口は眼鏡の奥にある大きな目を見開き、「違いますよ、須藤さん」と憤慨した様子で口をとがらせる。


「スマホのニュースで流れて来たんですけど、明日の夕方、山梨上空に〝空をゆくもの〟が来るらしいんですよ!」

「空をゆくもの? なんですか、それ?」


 まったく聞いたことがなかったので聞き返すと、塚口は呆れたような顔をする。


「知らないんですか? 須藤さん。有名なモンスターですよ。大きくてクジラみたいな姿をしてる……本当に知らないんですか?」


 かなり有名らしいが、本当に聞いたことがなかった。元々、冒険者に興味を持っていなかったため、積極的にニュースなどは見ていない。

 普段から、もっと情報収集しておくべきだったか。


「まったく知らないから、良かったら教えてくれないかな。その〝空をゆくもの〟ってモンスターのことを」


 塚口は「しょうがないですねぇ」と眼鏡の位置を直す。

 どこか嬉しそうだ。おしゃべりが好きなので、こういった話題を講釈するのが好きらしい。


「〝空をゆくものは〟は海の中にあったS級ダンジョンから出てきたモンスターで、世界中の空をグルグルと回ってるんですよ」

「出てきたってことは……ダンジョン・ブレイクしたってことだよね」

「そうなんです。ただでさえS級ダンジョンで攻略困難なのに、海の中にあったんで攻略隊を送れなかったみたいです。手をこまねいている間にダンジョン・ブレイクしちゃって、海に強いモンスターがいっぱい出ちゃったんです。ただ、空をゆくものだけは飛行能力があったんで、いまも空を旅してるって訳です」

「なるほど……」


 活き活きと話す塚口の説明に相づちを打ちつつ、腕を組んで顔を上げる。


「でも、ぷかぷか空に浮かんでるなら、いまからでも討伐できるんじゃないかな」「いやいや、須藤さん。甘いですよ。S級ダンジョンから出てきたボスモンスターですよ。色んな冒険者が討伐をこころみたらしいですけど、強すぎて相手にならなかったみたいです。いまも時々災害級の雨を降らせたり、かなり影響があるらしくって」

「そうか、それは大変だ」


 雅也は唸り声を上げたが、塚口は人差し指をピンと立てる。


「でも、ほとんどの地域はただ通過するだけ。過度に怖がる必要はないみたいです。それに、けっこう人気のあるモンスターなんで、見たがる人は多いんですよ。明日はSNSなんかが盛り上がるかもしれません!」

「そうなんだ。お昼頃には見えるのかな?」

「はい! お昼頃から夕方頃に山梨県を通過するようです。私も写真を撮りたくて、いまからウズウズしてますよ」


 テンションを上げて自席に戻る塚口を見つめながら、雅也は明日の予定を思い出す。


 ――明日は朝からD級ダンジョンに潜らなきゃいけない。空を飛ぶクジラは見れそうにないな。


 本格的なダンジョン攻略を前に、雅也のテンションもまた上がっていた。


 ◇◇◇


 土曜日の朝――笛吹市にある冒険者協会・山梨支部に行くと、ビルの前で相川が待っていた。


「さっそく行こうか」


 湊崎とも合流し、雅也は用意された銀色のSUVに乗車する。少し広めの車内で「緊張しますね」と湊崎に話し掛けると、彼女は「はい」と強張った顔で答えた。


「今回は本格的な攻略って聞いてますから……足を引っ張らないか心配です」


 湊崎も自分と同じような不安を抱いているようだ。運転は男性が受け持ち、相川は助手席に座った。

 緊張している自分たちを気遣ったのか、相川は振り返って笑顔を向けてくる。


「ああ、気楽にしてていいよ。攻略っていっても、実際にモンスターを倒してダンジョンを進むのは私たちC級冒険者だから。二人は弱いモンスターを倒して魔力を上げることに専念してよ」

「は、はあ……」


 雅也が空返事をすると、相川は「あ! そうそう」と手を叩く。


「あたし、二人の指導役に決まったから。なにか質問や相談があったらあたしに言ってね。あと、こっちの無愛想な男は大野。この前の冒険者試験の時にいたから、なんとなく覚えてるでしょ?」


 バックミラー越しに男性を見ると、相手の目とかち合った。鋭い目付きに思わず顔をそむけたが、確かに以前見た冒険者だ。

 車が発進すると、相川は「レッツ・ゴー!」と笑っていたが、大野は無言のままなのでちょっと怖い。

 車は県道を上り、目的地に向かって速度を速めた。


 ◇◇◇


「うわあああああ!」


 雅也は情けない声を出して尻もちをつく。目の前に現れたのは緑色の肌の子鬼。俗にゴブリンと言われるモンスターだ。

 だらしなく倒れた自分の代わりに、湊崎が前に立つ。


「須藤さん、大丈夫ですか!? ここは私が押さえます!」


 剣を構える湊崎はいさましくかっこよかったが、彼女にだけ戦わせる訳にはいかない。必死に立ち上がり、雅也も剣を構える。

 建造物のようなダンジョン。通路の先に、五匹のゴブリン。

 自分たちには過分な相手だ。恐怖で剣先がぷるぷると震えてしまう。そんな雅也の様子を見ていた相川が、頭を掻きながら前に出てくる。


「ゴブリンぐらいなら大丈夫かと思ったけど、ちょっと早かったかな。こいつらはあたしがやるよ」


 そう言うと相川は背中に背負っていた片刃の大きな剣を抜き、床を蹴る。一瞬で五匹のゴブリンを斬り裂き、簡単に倒してしまった。


「す、凄い……」

「情けないなぁ、須藤さん。女の子に守られちゃダメだよ」


 相川は大きな剣を肩に乗せ、振り返って苦言を言う。その通りだと雅也は思った。あんな子供ぐらいの背丈のモンスターに臆するなんて。

 雅也が「次は大丈夫です!」と声を上げると、相川はフフと微笑んだ。


「じゃあ、小さなゴブリンはお願いね。あたしたちは大きいホブ・ゴブリンのほうを倒していくから」


 その言葉の通り、相川と大野は大き目のゴブリンを次々と倒していく。さらに剣で斬るだけでなく、強力な炎や雷撃によってモンスターを蹴散らしていった。

 燃え上がるゴブリンを見ながら、雅也は思わず息を飲む。


「あれが……魔法!」

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