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第20話 魔法

 四人はダンジョンを進み、最奥にあるボスの間に辿り着いた。

 分厚く大きな扉を開け、中に足を踏み入れると、そこにいたのは緑色で大柄なモンスター。ゴブリンに似ているが、体格が違いすぎる。


「トロールだね。あたしたちがやるから、二人は後ろに下がって」


 相川に諭され、雅也と湊崎は扉の前まで下がった。相川と大野は剣を構え、ゆっくりと緑のモンスター『トロール』に歩み寄る。

 トロールは緩慢かんまんな動きで棍棒を振り上げる。

 雅也は周囲を見渡す。まるで神殿のような空間。防空壕から見たダンジョンに少し似ている。

 相川と大野に目を向けると、二人はトロールと睨み付けていた。

 ピリピリとした空気が辺りを支配し、いつぶつかり合ってもおかしくない。雅也だけでなく、湊崎も固唾かたずを飲んで戦いを見守る。

 次の瞬間――相川と大野が地面を蹴った。

 トロールは棍棒を振り上げて迎撃しようとするが、明らかに二人のほうが速い。 叩きつけられた棍棒を掻い潜り、相川は剣に炎を宿らせる。同じく、剣を引いた大野も、その剣身に稲妻を宿す。

 二人がトロールの足を斬り裂くと、怪物は野太い声で絶叫した。

 相川はとどめとばかりに飛び上がり、炎の剣でモンスターの顔面を斬りつける。トロールの頭は轟々と燃え上がった。

 巨躯のモンスターは頭を掻きむしりながら悶絶し、床を転げ回る。しばらくすると動かなくなった。どうやら死んだようだ。

 D級とはいえ、ボスモンスターを二人だけで倒すなんて。やっぱり相川と大野は強いんだ。

 戻って来る二人に対し、雅也は尊敬の眼差しを向けた。


 ◇◇◇


「え? 魔法の使い方?」


 ダンジョンから戻る道すがら、雅也は相川に色々なことを聞いていた。一番知りたいのは、どうやって魔法を使うかだ。

 雅也が持っているのは〝スキル〟であって〝魔法〟ではないらしい。

 使いにくいスキルより、相川の〝炎〟や大野の〝雷〟のほうが便利そうで憧れを抱いてしまう。

 運動神経があまり良くない雅也にとっては、重要な攻撃手段になるはずだ。


「私も相川さんみたいな魔法を使いたいんです。どうしたらいいですか?」


 問われた相川は「う~ん」と唸り声を上げる。 


「確認できてる方法は二つだね。一つはモンスターを倒して『クリスタル』を入手すること。クリスタルからは色々なスキルが手に入るけど、まれに魔法を得られるクリスタルもあるからね」

「モンスターはどれぐらいの確率で『クリスタル』を落とすんですか?」

「まあ、弱いモンスターはほとんど落とさないよ。強いモンスターになればなるほどクリスタルを落とす確率が上がるって感じかな。今回のトロールはボスモンスターだったけど、ドロップしなかったでしょ? もっと強いモンスターじゃないとダメだってことだね」

「なるほど」

「でも、魔法を習得する方法は他にもあるんだ」

「なんですか? その方法って?」


 雅也が訊ねると、相川はふふんと得意げに鼻を鳴らす。


「魔力を得た人間の中には、自然に魔法が使えるようになる者が現れる。なにを隠そう、あたしと大野はそのタイプだね」

「そうなんですか!? じゃあ、自然に火の魔法が使えたんですか?」

「まあね。魔力を上げていけば、いずれ須藤さんや湊崎さんも使えるようになるかもしれない。ただ人によって適正が違うから、どういう系統の魔法が使えるかは分からないけど」


 そうなのか、と雅也は希望を抱く。自分も魔力を上げていけば、相川たちのような魔法が使えるかもしれない。

 いま持っているスキルはどれも使いにくい。

 扱いやすい魔法を手に入れれば、冒険者として活躍できるはずだ。雅也はそんなことを考えながら、長い通路を歩く。

 相川と大野を先頭に、四人はD級ダンジョンの入口から外に出た。

 腕時計に目をやれば、まだ昼の二時だ。思ったよりだいぶ早くダンジョンの攻略が終わった。


「じゃあ、今日はこれでおしまい! 本部まで送って行くから、そこで解散ね」


 相川にうながされ、雅也と湊崎はダンジョン前に停まっていたSUVに乗り込む。車は発進し、大野の運転で笛吹市の本部に戻った。


 ◇◇◇


 雅也は自分の車に乗り、帰路に着いた。

 思ったより早く仕事が終わったので、真紀になにか買っていこうか。そうなことを思い、車を走らせていると、違和感に気づく。


「なんだ?」


 歩道を歩く人たちが、なぜか上を見上げているのだ。

 信号で止まった時、サイドウインドを開けて外を見上げる。なにかが空に浮かんでいた。……クジラ。巨大なクジラがゆったりと空を泳ぎ、地上に影が下りている。


「あれが塚口さんが言ってた、〝空をゆくもの〟か」


 想像したより遙かに大きい。進行方向を考えると、どうやら雅也が帰る丹波山村のほうに向かっているようだ。

 こうしてはいられないと思い、青信号になった瞬間――雅也はアクセルを踏み込んだ。甲州市を抜け、国道411号線をまっすぐに進む。

 クジラの速度は車より遅い。先回りすれば、もっと観察できそうだ。

 雅也は丹波山村の手前、田園風景が広がる道の路肩に車を止めた。

 車外に降り、小高い丘の上に足を運ぶ。手をかざして南西の空に目を向けると、大きなクジラがゆっくりとやってくる。

 全身が真っ白で、とてつもなく大きい。優雅に空を泳ぐ姿は神々しささえ感じる。 あの速度なら、数分もすれば頭上を通過するだろう。


「誰も討伐できなかったモンスターか……やっぱり迫力が違うな」


 雅也は感心しながら眺めていたが、ふと、あることに気づく。


 ――まてよ。ここならスキルを思うぞんぶん使えるんじゃないか?


 轟雷覇王撃のせいでダンジョンは崩落してしまったが、ここは開けた場所で人もいない。強力なスキルを使っても、迷惑を掛けることはないだろう。

 スキルがあのモンスターに通用するかどうかは分からない。

 それでも、試してみたいという強い衝動に駆られる。雅也はやるだけやってみようと思い、両手を空にかかげた。

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