四人はダンジョンを進み、最奥にあるボスの間に辿り着いた。
分厚く大きな扉を開け、中に足を踏み入れると、そこにいたのは緑色で大柄なモンスター。ゴブリンに似ているが、体格が違いすぎる。
「トロールだね。あたしたちがやるから、二人は後ろに下がって」
相川に諭され、雅也と湊崎は扉の前まで下がった。相川と大野は剣を構え、ゆっくりと緑のモンスター『トロール』に歩み寄る。
トロールは
雅也は周囲を見渡す。まるで神殿のような空間。防空壕から見たダンジョンに少し似ている。
相川と大野に目を向けると、二人はトロールと睨み付けていた。
ピリピリとした空気が辺りを支配し、いつぶつかり合ってもおかしくない。雅也だけでなく、湊崎も
次の瞬間――相川と大野が地面を蹴った。
トロールは棍棒を振り上げて迎撃しようとするが、明らかに二人のほうが速い。 叩きつけられた棍棒を掻い潜り、相川は剣に炎を宿らせる。同じく、剣を引いた大野も、その剣身に稲妻を宿す。
二人がトロールの足を斬り裂くと、怪物は野太い声で絶叫した。
相川は
巨躯のモンスターは頭を掻きむしりながら悶絶し、床を転げ回る。しばらくすると動かなくなった。どうやら死んだようだ。
D級とはいえ、ボスモンスターを二人だけで倒すなんて。やっぱり相川と大野は強いんだ。
戻って来る二人に対し、雅也は尊敬の眼差しを向けた。
◇◇◇
「え? 魔法の使い方?」
ダンジョンから戻る道すがら、雅也は相川に色々なことを聞いていた。一番知りたいのは、どうやって魔法を使うかだ。
雅也が持っているのは〝スキル〟であって〝魔法〟ではないらしい。
使いにくいスキルより、相川の〝炎〟や大野の〝雷〟のほうが便利そうで憧れを抱いてしまう。
運動神経があまり良くない雅也にとっては、重要な攻撃手段になるはずだ。
「私も相川さんみたいな魔法を使いたいんです。どうしたらいいですか?」
問われた相川は「う~ん」と唸り声を上げる。
「確認できてる方法は二つだね。一つはモンスターを倒して『クリスタル』を入手すること。クリスタルからは色々なスキルが手に入るけど、
「モンスターはどれぐらいの確率で『クリスタル』を落とすんですか?」
「まあ、弱いモンスターはほとんど落とさないよ。強いモンスターになればなるほどクリスタルを落とす確率が上がるって感じかな。今回のトロールはボスモンスターだったけど、ドロップしなかったでしょ? もっと強いモンスターじゃないとダメだってことだね」
「なるほど」
「でも、魔法を習得する方法は他にもあるんだ」
「なんですか? その方法って?」
雅也が訊ねると、相川はふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「魔力を得た人間の中には、自然に魔法が使えるようになる者が現れる。なにを隠そう、あたしと大野はそのタイプだね」
「そうなんですか!? じゃあ、自然に火の魔法が使えたんですか?」
「まあね。魔力を上げていけば、いずれ須藤さんや湊崎さんも使えるようになるかもしれない。ただ人によって適正が違うから、どういう系統の魔法が使えるかは分からないけど」
そうなのか、と雅也は希望を抱く。自分も魔力を上げていけば、相川たちのような魔法が使えるかもしれない。
いま持っているスキルはどれも使いにくい。
扱いやすい魔法を手に入れれば、冒険者として活躍できるはずだ。雅也はそんなことを考えながら、長い通路を歩く。
相川と大野を先頭に、四人はD級ダンジョンの入口から外に出た。
腕時計に目をやれば、まだ昼の二時だ。思ったよりだいぶ早くダンジョンの攻略が終わった。
「じゃあ、今日はこれでおしまい! 本部まで送って行くから、そこで解散ね」
相川に
◇◇◇
雅也は自分の車に乗り、帰路に着いた。
思ったより早く仕事が終わったので、真紀になにか買っていこうか。そうなことを思い、車を走らせていると、違和感に気づく。
「なんだ?」
歩道を歩く人たちが、なぜか上を見上げているのだ。
信号で止まった時、サイドウインドを開けて外を見上げる。なにかが空に浮かんでいた。……クジラ。巨大なクジラがゆったりと空を泳ぎ、地上に影が下りている。
「あれが塚口さんが言ってた、〝空をゆくもの〟か」
想像したより遙かに大きい。進行方向を考えると、どうやら雅也が帰る丹波山村のほうに向かっているようだ。
こうしてはいられないと思い、青信号になった瞬間――雅也はアクセルを踏み込んだ。甲州市を抜け、国道411号線をまっすぐに進む。
クジラの速度は車より遅い。先回りすれば、もっと観察できそうだ。
雅也は丹波山村の手前、田園風景が広がる道の路肩に車を止めた。
車外に降り、小高い丘の上に足を運ぶ。手をかざして南西の空に目を向けると、大きなクジラがゆっくりとやってくる。
全身が真っ白で、とてつもなく大きい。優雅に空を泳ぐ姿は神々しささえ感じる。 あの速度なら、数分もすれば頭上を通過するだろう。
「誰も討伐できなかったモンスターか……やっぱり迫力が違うな」
雅也は感心しながら眺めていたが、ふと、あることに気づく。
――まてよ。ここならスキルを思うぞんぶん使えるんじゃないか?
轟雷覇王撃のせいでダンジョンは崩落してしまったが、ここは開けた場所で人もいない。強力なスキルを使っても、迷惑を掛けることはないだろう。
スキルがあのモンスターに通用するかどうかは分からない。
それでも、試してみたいという強い衝動に駆られる。雅也はやるだけやってみようと思い、両手を空にかかげた。