薄暗い部屋の中は、空気がひんやりとしていた。
雅也と湊崎は足を止め、剣を構える。うっすらとモヤがかかった部屋の中央に、白い毛並みの狼がいる。
いままで倒したダイア・ウルフの、十倍はあろう体格。
雅也は一瞬たじろぐも、ここで引く訳にはいかない! と奥歯を噛み締め、剣を前に突き出す。湊崎も同じように前に出た。
せっかく相川たちに信用してもらっているのだ。結果を出さないと。
雅也は床を蹴って狼に突っ込む。水を
なかなかに素早いようだ。側面に回り込んだ湊崎は身を
剣先は狼の喉元に突き刺さり、鮮血がほとばしる。
「ウォォォォォォォォォォン!!」
狼は頭を
――危ない!!
雅也は床を蹴って狼に突っ込む。魔力を得たことで身体能力が上がり、思いのほか速く動ける。
狼に体当たりして水魔法を発動すると、床から間欠泉が噴き出した。
水の圧力で狼は吹っ飛び、床に叩きつけられゴロゴロと転がっていく。雅也は呆気に取られた。
いままでできなかった水魔法の応用が、土壇場になって炸裂した。
湊崎も驚いたようだが、まごついてる場合じゃない。体勢を立て直した狼が突進してくる。
雅也は剣を構え直して横に薙ぐ。
狼の顔面に傷をつけたが、浅い! 今度は剣に水を
やはり、実戦を
狼がひるんだところに、湊崎が追撃をかけた。
足を斬り裂き、喉元にも剣を突き立てる。狼は
水球は狼の顔面に当たり、派手に弾けた。
狼は体勢を崩し、一歩、二歩と後ろに下がる。
いまだ! と雅也と湊崎が同時に走り出す。二人が剣を振りかぶった時、狼はギラついた目をこちらに向け、突っ込んできた。
予想外の動きに、反応がわずかに遅れる。
大口を開けた狼が湊崎に迫る。
「くそっ!」
雅也が叫んだ瞬間――予想外のことが起きる。狼の頭上に雷が落ちたのだ。
ハッとして後ろを振り向くと、大野が手をかかげていた。雷魔法で助けてくれたんだ。ニッと笑う大野に感謝しつつ、雅也は剣を下段に構え、走り出していた。
湊崎も呼応するように走り出す。
狼がフラついている、いまがチャンスだ!
雅也の剣が狼の腹に突き刺さる。剣に流れていた水が弾け、傷口はより深くなった。湊崎も剣を狼の喉元に突き刺し、致命傷を与えた。
狼は痙攣してフラついていたが、最後は力尽き、ゆっくりと倒れた。
はぁ、はぁ、と息を切らしていた雅也たちは、横たわった狼を見て喉を鳴らす。本当に倒したんだ。大野の力を借りたものの、二人でボスを倒した。
そのことが信じられず、湊崎と顔を見交わし、じばらく呆然としてしまう。
「や、やりましたね。湊崎さん」
「は……はい、私もビックリで……なんて言ったらいいか……」
二人が戸惑いつつも喜んでいると、後ろから相川が声を掛けてくる。
「いや~立派、立派。まだまだ初心者なのに、もうダンジョンボスを討伐するなんて。本当にいい新人が入ってきてくれて良かったよ」
嬉しそうに笑う相川に、湊崎は謙遜して首を横に振る。
「い、いえ……大野さんが助けてくれなかったらどうなっていたか……須藤さんはともかく、私はまだまだです」
持ち上げられた雅也は慌てて否定する。
「私もいっぱい、いっぱいでした。ボスに挑むのは、さすがにまだ早いかと……」
湊崎と雅也の言葉を聞き、相川は「いやいや」と笑って見せる。
「あたしも毎年、新人冒険者を見てきてるけど、二人はかなり優秀なほうだよ。自信を持っていいよ、二人とも」
手放しで褒められ、雅也と湊崎は照れ笑いを浮かべる。そんな二人の前に、光の柱が立った。光の中には六角柱のクリスタルが浮かんでいる。
「これは……」
何度も見たスキルを得るためのクリスタル。白い狼を倒したことで出現したんだ。相川は「お! 出た、出た」と
「倒したあんたたちが使うといいよ。さあ、どっちが使うか決めて」
「い、いまですか?」
雅也は驚くも、相川は「いいから、いいから」と取得を
「湊崎さん、クリスタルはあなたが使って下さい」
「え!? でも、このモンスターは二人で倒したんですし、どちらかと言えば須藤さんのほうがダメージを与えていました。須藤さんが使うべきです」
「いいんです。私は水魔法が使えますし、湊崎さんもスキルを使えるようになったほうが、今後のダンジョン攻略には有用ですよ」
「でも……」
湊崎は二の足を踏むが、相川が「あたしもそのほうがいいと思う」と間に入る。
「今後も冒険者として働くなら、スキルか魔法は必須だよ。湊崎さんが魔法に覚醒するかどうか分からないからね。スキルは獲得できるうちに獲得しないと。じゃないとこの先、足手まといになるかもしれないよ」
湊崎は困ったように
「分かりました! 私に取得させて下さい」と力強く言った。
雅也が笑顔で頷くと、湊崎は目礼を返し、光の柱の前に立つ。
浮かんでいるクリスタルは、雅也がいままで見たものより
湊崎が触れると、クリスタルはパンッと弾けて光の粒子となる。
広がった光の粒は、吸い込まれるように湊崎の体へ流れ込んでいった。