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第26話 水魔法の使い手

「ど、どうですか……湊崎さん。スキルは獲得できましたか?」


 雅也がたずねると、湊崎は困惑した様子で顔を上げる。


「よく分からないんですけど、頭の中に言葉が流れてきて……」

「だったら成功だよ。クリスタルが割れると、頭の中に情報が入ってくるからね。で、なんのスキルを得たの?」


 相川が笑顔で聞いた。雅也も興味があったため、前のめりになる。


「……頭に流れてきたのは『ホーリー・キュア』というスキルです。なんでも、人の傷を癒やすらしいんですが……」

「ああ、回復系のスキルだね。けっこう希少で使い勝手がいいよ」


 湊崎は「そうなんですか?」と目を見開く。


「仲間の傷を治すこともできるし、戦闘で負った自分の傷だって治せる。汎用性が高いスキルだよ」


 相川に太鼓判を押され、湊崎は嬉しそうに微笑む。確かに便利そうなスキルだ。


「良かったですね、湊崎さん。今度、私が怪我をしたら、ぜひ治してもらえると助かります」

「もちろんです! 須藤さんのおかげでスキルを得られたんです。必ず役に立ってみせます!」


 湊崎の意気込みを聞いて、雅也も嬉しくなる。歳はだいぶ違うが、やはり同期というのはいいものだ。切磋琢磨できるし、頼りにもなる。

 ボスを倒した雅也たちはダンジョンを出ることにした。

 出口に向かう道すがら、相川は『ホーリー・キュア』について教えてくれた。


「病気とかは治せないけど、傷ならけっこうな重症でも回復できるよ。魔力を消費するタイプのスキルだから、魔力値が上がりやすい湊崎さんには向いてると思う。モンスターをガンガン倒して魔力値を上げるといいよ」

「はい! がんばります」


 ダンジョンを出ると、西の丘陵きゅうりょうに太陽が沈んでいく。今日は遅くなると真紀に伝えていたが、この時間なら夕食に間に合うかもしれない。

 四人は車に乗り込み、山道を下って帰路に着いた。


 ◇◇◇


 翌日の日曜――雅也は用があって静岡に来ていた。

 向かっているのは静岡市にある冒険者協会・静岡支部。相川に紹介してもらい、静岡にいる〝水魔法〟の使い手に会いに来たのだ。

 国道1号線を南下し、カーナビを頼りに県道27号を進む。しばらく走ると、正面右手に五階建ての建物が見えてきた。

 あそこに冒険者協会の静岡支部が入っている。

 雅也はウィンカーを出してからハンドルを右に切り、敷地内に車を入れる。駐車場の空いているスペースに車を止めると、胸ポケットからメモを取り出した。


「ええっと……会いに行くのは甲野さんだったな。菓子折も持ったし、失礼がないようにしないと」


 雅也はメモをポケットに仕舞い、菓子折の入って袋を持って車を降りた。

 見上げた建物は比較的新しい。県の施設で、冒険者やダンジョン関連の業務を行っている職員が勤めているらしい。

 一括して仕事をするには便利な施設だろう。

 雅也は正面入口から中に入り、受付でアポイントメントがあることを伝えた。 


 ◇◇◇


「やあやあ、あなたが須藤さんですね。東京支部の相川さんから話は聞いています。私が静岡支部の甲野です。今日はよろしくお願いしますね」


 出て来たのは、ちょっと小太りで眼鏡を掛けたおじさんだった。ハンカチで汗をぬぐい、柔和にゅうわな笑顔を向けてくる。


「こちらこそ、よろしくお願いします! すいません。お忙しいところ、時間を取っていただいて……」

「いやいや、いいんですよ。支部は違いますが、同じ冒険者として助け合うのは当然ですからね」

「ありがとうございます。これ、つまらない物ですが……」


 手土産を渡そうとすると、甲野は「そんな、お気遣いなく」と言ったが、有名店の和菓子だと伝えると頬を崩して「遠慮なくいただきます」と受け取ってくれた。 

 二人で施設の裏手に回り、塀に囲まれた敷地に足を運ぶ。

 そこそこ広さのある場所で、少し離れたところに『的』のような板がいくつも並んでいた。ここは冒険者の訓練場らしい。


「じゃあ、さっそく始めましょうか。須藤さんもお時間があるでしょうし」

「はい! よろしくお願いします」


 雅也は頭を下げ、真剣な目で甲野を見つめる。ここ、静岡に来た目的はひとつ。水魔法の使い手である甲野に魔法を教わるためだ。

 相川いわく、水魔法をうまく使いたければ、水魔法使いに教わるのが一番とのこと。 甲野は関東近県で最強の水魔法使いらしい。雅也は楽しみで仕方なかった。


 ――どんな水魔法を見せてくれるんだろう? ワクワクするな。


 四メートルほど間を空け、向かい合った甲野は「じゃあ、基礎から始めましょう。水の玉は作れますか?」と聞いてきた。


「はい、野球のボールくらいの大きさなら作れます」

「おお、それは優秀ですね。見せていただけますか?」


 雅也は「はい!」と元気よく答え、てのひらを上に向ける。水が徐々に集まり、手の上で渦巻いた。三秒ほどで球体に変わり、ぷるぷると震えている。

 甲野はほがらかな表情のまま、満足気に頷く。


「その球体、戦いではどんなふうに使ってますか?」

「そうですね。全力で投げてます。当たればそれなりのダメージになりますから」「なるほど。では、この方法を教えましょう」


 甲野もてのひらを上に向け、球体を作り出す。振り返って手を前にかざした。水の球体を十メートル以上先にある『的』に向けた。


「いきますよ――ハッ!」


 まっすぐに伸ばした手から、水球が弾かれるように飛んでいく。凄まじい速さで的にぶつかり、水飛沫みずしぶきが舞い上がった。


「すごい……あんな飛ばし方があるなんて」


 雅也が感心していると、甲野は振り返ってニッコリと微笑む。


「実戦ではこのやり方のほうがいいと思います。魔力をうまくコントロールするとできるんですよ。ちょっと魔力は消費しますが……まあ、一週間ほど練習すれば、ある程度はできるかと。やってみますか?」

「はい! やってみます」


 あんなふうに撃ち出せたらかっこいいな、と思いつつ、雅也は手を前にかざした。水球を作りだし、丸い的が描いてある板に向ける。

 意識を集中して手に力を込めた。


「ハッ!!」


 手から水球が弾かれ、物凄い勢いで的に向かう。直撃すると板は割れ、水が派手に舞い散った。

 成功したことに雅也は飛び上がって喜ぶ。


「や、やりました! 甲野さん、私も水球を飛ばせました!!」


 満面の笑みで甲野を見ると、なぜか引きつった表情をしていた。


「あ、ああ……本当にできちゃいましたね。いや……思ったより早いな」


 甲野はポリポリと頬を掻き、なんともいえない顔をした。

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