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第28話 新たなダンジョン

 翌日――真紀が先に家を出て、雅也も役場に行くため玄関の扉を開けた。

 車に乗り込もうとした時、ふと奇妙な違和感に気づく。


「なんだ? この感覚」


 辺りを見回すが、特に変わったところはない。しかし、違和感はどんどん増すばかりだ。なにより、雅也はこの感覚に覚えがあった。


「もしかして……魔力か?」


 同じような感覚は、ダンジョンのボスや〝空をゆくもの〟からも感じていた。だとしたら、モンスターから放たれる魔力である可能性が高い。

 もしかして、防空壕のモンスターが復活したのか!?

 雅也は不安になって防空壕に行こうとした。だが、不穏な気配は防空壕ではなく、別の方向から感じる。


「どういうことだ?」


 雅也は車から離れ、家の西側にある雑木林に足を向ける。役場に遅刻する訳にはいかないので、小走りで木々の合間を駆けた。

 最近は身体能力が向上したためか、多少走っても息が切れることはない。

 しばらく走ると開けた場所に出る。そこは地面が盛り上がり、小高い丘のようになっていた。よく見れば、その丘には横穴が空いている。


「これは……ダンジョンか?」


 冒険者試験の時に入った、河口湖のダンジョンに似ている。雅也は入口から中を覗いてみる。暗い岩壁の洞窟だ。

 魔力はこの中から漂ってくる。どうやら新しいダンジョンが出現したらしい。


「まあ、山梨県だけでも、月に二、三件は発生するみたいだし、家の近くにできても不思議じゃないけど……」


 それにしても、と雅也は思う。防空壕のダンジョンといい、近場で多すぎるんじゃないだろうか? もし、ダンジョン・ブレイクでもしたら大変なことになる。

 県に通報しないといけないな、と思いながら腕時計に目をやる。


「あ! もうこんな時間か。早く出勤しないと」


 遅刻してしまうと思い、慌てて引き返す。このダンジョンについては帰って来てから考えよう。

 雅也は車に乗り、村役場へと向かった。


 ◇◇◇


 家に帰って食事が終わったあと、雅也は真紀に気づかれないように勝手口から家を出た。暗い夜道を懐中電灯で照らし、雑木林に向かう。

 朝方見つけたダンジョンに辿り着き、入口から中に入る。

 薄暗い岩壁のダンジョンだが、中にはわずかな明かりがあった。これなら懐中電灯はいらないか、と思いスイッチを切って洞窟内を進む。

 魔力は漂っているものの、モンスターの気配はない。

 通報するべきなのは重々承知だが、その前に確認したいことがあった。しばらく歩いていると、洞窟の奥からなにかが出てくる。

 白骨が人間のように歩いている。「うっ!」とビックリはしたものの、このモンスターはテレビの特集で見たことがあった。


「確か、スケルトンだったか。そんなに強いモンスターじゃなかったはずだけど」


 雅也は右手に力を込め、〝水流剣〟を作り出す。勢いよく出現した剣の切っ先をスケルトンに向け、雅也は呼吸を整えた。

 相手が襲って来る前に地面を蹴り、水流剣を叩きつける。

 白骨標本のようなモンスターはバラバラに砕け、白い煙を上げて消えていく。


「うん、この程度のモンスターならなんとかなりそうだな」


 雅也は踵を返し、ダンジョンの出口に向かう。ここなら水魔法や亜空間魔法の練習にもってこいだ。モンスターをたくさん倒せば魔力だって上がるだろう。

 いいところを見つけたと思う反面、万が一にもダンジョン・ブレイクしないよう、気を付けないといけない。


「2週間ぐらいしてから県に通報するか。あのスケルトンの弱さなら、たぶんD級かC級くらいのダンジョンだろう。相川さんたちなら1日で攻略できそうだ」


 練習できるのは2週間ほど。準備をして、明日から本格的に入ろう。

 雅也はそんなことを考えながらダンジョンを出て、家へと戻った。


 ◇◇◇


 火曜日の朝――

 山梨県の冒険者支部は、にわかに騒がしくなっていた。


「新しいダンジョンか?」


 加賀の問いに、相川は真剣な表情で頷く。いくつものデスクが並ぶ広いオフィスの中心――相川の席の周りには、加賀や大野、それに数人の冒険者が集まっていた。

 相川はパソコンに表示された魔力観測班の報告を読み上げる。


「北東部の山間に魔力反応があるって書いてある。観測班によれば、ランクはB級上位からA級だって」

「B級上位からA級……厄介だな」


 加賀はあからさまに顔をしかめる。相川自身も唇を噛む。このランクのダンジョンは、山梨支部が単体で攻略しに行くことはない。

 近隣の冒険者協会と協力して隊を編成、迅速に攻略に乗り出すのがセオリーだ。


「まあ、なんにせよ。場所の特定が最優先だ。警察や県の職員に連絡して捜索を依頼してくれ。俺は他県の冒険者協会に連絡を取る」

「分かった。こっちは任せておいて」


 相川は笑顔で答え、スマホを取り出す。山神はきびすを返し、他の冒険者を連れてオフィスを出て行った。

 県に電話を架けながら、相川は思考を巡らせる。A級のダンジョンが山梨にできるのは久しぶりだ。

 前回出現したのは三年前。まだ相川が新人だった頃。加賀や大野、それに他県の冒険者と共に必死に戦い、なんとか攻略することができた。

 今回も成功すると思うが、万が一にも失敗したら県民に多くの被害が出る。

 なんとしても成功させないと。相川が強い決意を抱いた時――ふと須藤と湊崎の顔が脳裏を過った。

 急成長を遂げつつある、有望な新人二人。

 さすがに今回のダンジョンに連れて行くのは難しいが、いずれ主戦力になってくれるのは間違いない。


「先輩としては、いいとこ見せないとね」


 相川はふふと微笑み、繋がった電話口の相手に現状を報告した。

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