翌日――真紀が先に家を出て、雅也も役場に行くため玄関の扉を開けた。
車に乗り込もうとした時、ふと奇妙な違和感に気づく。
「なんだ? この感覚」
辺りを見回すが、特に変わったところはない。しかし、違和感はどんどん増すばかりだ。なにより、雅也はこの感覚に覚えがあった。
「もしかして……魔力か?」
同じような感覚は、ダンジョンのボスや〝空をゆくもの〟からも感じていた。だとしたら、モンスターから放たれる魔力である可能性が高い。
もしかして、防空壕のモンスターが復活したのか!?
雅也は不安になって防空壕に行こうとした。だが、不穏な気配は防空壕ではなく、別の方向から感じる。
「どういうことだ?」
雅也は車から離れ、家の西側にある雑木林に足を向ける。役場に遅刻する訳にはいかないので、小走りで木々の合間を駆けた。
最近は身体能力が向上したためか、多少走っても息が切れることはない。
しばらく走ると開けた場所に出る。そこは地面が盛り上がり、小高い丘のようになっていた。よく見れば、その丘には横穴が空いている。
「これは……ダンジョンか?」
冒険者試験の時に入った、河口湖のダンジョンに似ている。雅也は入口から中を覗いてみる。暗い岩壁の洞窟だ。
魔力はこの中から漂ってくる。どうやら新しいダンジョンが出現したらしい。
「まあ、山梨県だけでも、月に二、三件は発生するみたいだし、家の近くにできても不思議じゃないけど……」
それにしても、と雅也は思う。防空壕のダンジョンといい、近場で多すぎるんじゃないだろうか? もし、ダンジョン・ブレイクでもしたら大変なことになる。
県に通報しないといけないな、と思いながら腕時計に目をやる。
「あ! もうこんな時間か。早く出勤しないと」
遅刻してしまうと思い、慌てて引き返す。このダンジョンについては帰って来てから考えよう。
雅也は車に乗り、村役場へと向かった。
◇◇◇
家に帰って食事が終わったあと、雅也は真紀に気づかれないように勝手口から家を出た。暗い夜道を懐中電灯で照らし、雑木林に向かう。
朝方見つけたダンジョンに辿り着き、入口から中に入る。
薄暗い岩壁のダンジョンだが、中にはわずかな明かりがあった。これなら懐中電灯はいらないか、と思いスイッチを切って洞窟内を進む。
魔力は漂っているものの、モンスターの気配はない。
通報するべきなのは重々承知だが、その前に確認したいことがあった。しばらく歩いていると、洞窟の奥からなにかが出てくる。
白骨が人間のように歩いている。「うっ!」とビックリはしたものの、このモンスターはテレビの特集で見たことがあった。
「確か、スケルトンだったか。そんなに強いモンスターじゃなかったはずだけど」
雅也は右手に力を込め、〝水流剣〟を作り出す。勢いよく出現した剣の切っ先をスケルトンに向け、雅也は呼吸を整えた。
相手が襲って来る前に地面を蹴り、水流剣を叩きつける。
白骨標本のようなモンスターはバラバラに砕け、白い煙を上げて消えていく。
「うん、この程度のモンスターならなんとかなりそうだな」
雅也は踵を返し、ダンジョンの出口に向かう。ここなら水魔法や亜空間魔法の練習にもってこいだ。モンスターをたくさん倒せば魔力だって上がるだろう。
いいところを見つけたと思う反面、万が一にもダンジョン・ブレイクしないよう、気を付けないといけない。
「2週間ぐらいしてから県に通報するか。あのスケルトンの弱さなら、たぶんD級かC級くらいのダンジョンだろう。相川さんたちなら1日で攻略できそうだ」
練習できるのは2週間ほど。準備をして、明日から本格的に入ろう。
雅也はそんなことを考えながらダンジョンを出て、家へと戻った。
◇◇◇
火曜日の朝――
山梨県の冒険者支部は、にわかに騒がしくなっていた。
「新しいダンジョンか?」
加賀の問いに、相川は真剣な表情で頷く。いくつものデスクが並ぶ広いオフィスの中心――相川の席の周りには、加賀や大野、それに数人の冒険者が集まっていた。
相川はパソコンに表示された魔力観測班の報告を読み上げる。
「北東部の山間に魔力反応があるって書いてある。観測班によれば、ランクはB級上位からA級だって」
「B級上位からA級……厄介だな」
加賀はあからさまに顔をしかめる。相川自身も唇を噛む。このランクのダンジョンは、山梨支部が単体で攻略しに行くことはない。
近隣の冒険者協会と協力して隊を編成、迅速に攻略に乗り出すのがセオリーだ。
「まあ、なんにせよ。場所の特定が最優先だ。警察や県の職員に連絡して捜索を依頼してくれ。俺は他県の冒険者協会に連絡を取る」
「分かった。こっちは任せておいて」
相川は笑顔で答え、スマホを取り出す。山神は
県に電話を架けながら、相川は思考を巡らせる。A級のダンジョンが山梨にできるのは久しぶりだ。
前回出現したのは三年前。まだ相川が新人だった頃。加賀や大野、それに他県の冒険者と共に必死に戦い、なんとか攻略することができた。
今回も成功すると思うが、万が一にも失敗したら県民に多くの被害が出る。
なんとしても成功させないと。相川が強い決意を抱いた時――ふと須藤と湊崎の顔が脳裏を過った。
急成長を遂げつつある、有望な新人二人。
さすがに今回のダンジョンに連れて行くのは難しいが、いずれ主戦力になってくれるのは間違いない。
「先輩としては、いいとこ見せないとね」
相川はふふと微笑み、繋がった電話口の相手に現状を報告した。