雅也は手を緩めず、水球による攻撃を続ける。
相手の兜が割れ、
もはや、どこから攻撃されているのか分からないのだろう。
雅也は周囲に展開していた亜空間の穴を全て閉じ、両手に水流剣を持って地面を蹴った。
魔力によって足の筋力が上がっているため、一瞬で間合いを詰める。
至近距離からクロスの斬撃を放つ。骸骨騎士の胸部で爆散し、着ている鎧を粉々に砕いた。モンスターは後方に吹っ飛び、岩壁に背中を打つ。
そのまま座り込むように腰を落とし、動かなくなった。
ようやく倒せたようだ。雅也は水流剣を消し、服などに付いた
「けっこう強かったな……奥まで来すぎたか」
今日はここまでにしようと思い、来た道を引き返す。その時、「あ! そうだ」といいことに気づく。
「さっき瞬間移動ができたじゃないか。家までスキルを使って帰ろう」
雅也は目の前に亜空間の穴を空ける。体が全部入るほど大きな穴ができると思っていたが、なんとも微妙な大きさの穴が空いた。
「前よりは大きいけど……ギリギリ体が入らないな」
ピンチの時に咄嗟にできただけで、まだまだ練習が足りないのかもしれない。
雅也は「仕方ないか」と肩を落とし、歩いて出口に向かった。
小一時間ほど掛けて外に出ると、真上に昇った太陽の光が、木々の合間から
雅也は眩しさに目をすがめ、家へと足を向ける。
少し歩いたところで異変に気づいた。離れた場所から気配がする。モンスターではない。あれは――人間か。木々の向こうに人影があった。
向こうもこちらに気づいたらしく、ずんずんと歩いて来る。
「あなたは、この辺りにお住まいの方ですか?」
紺のスーツを着た男性に訊ねられる。雅也は「ええ、そうです」と答えた。
「ここでなにをされているんです?」
ぶしつけな質問に眉根を寄せたが、「散歩をしていただけですよ」と無難に返す。スーツ男の後ろには、もう一人、別の男性がいた。
目付きは鋭く、なにかを探しているような雰囲気だ。
ひょっとして警察の人間か? と雅也は警戒する。
「そうですか。ところで、この辺で変わったものを見ませんでしたか? 例えば、ダンジョンのような、大地が盛り上がった場所とか」
雅也は「ダンジョン?」と相手の言葉を反芻してから、なるほどと得心する。
この人たちは、新しくできたダンジョンを捜索する県の職員だろう。とぼけようかとも思ったが、それはあまりに不誠実だ。
練習先がなくなるのは残念だが、仕方がない。
「ええ、地面が盛り上がった場所が向こうにありましたね。遠くから見ただけなんですが、ひょっとしたらお探しのダンジョンかもしれません」
「そうですか! 向こうですね、ありがとうございます!」
二人の男は小走りで雑木林の奥に向かう。ランクの低いダンジョンだから、相川たちが探していたものではないだろう。
それでもダンジョンが危険なのは間違いない。
攻略する時にまた入れるかもしれないな。そんなことを考えながら、雅也は自分の家へと戻った。
◇◇◇
「見つかったのか!」
山梨支部の本部にいた加賀は、相川の報告に目を見開く。
「うん、捜索班から連絡があった。七ッ石山の
「そうか、すぐに準備しないとな。明日から本格的に潜る!」
加賀の言葉に、相川や大野を始め、その場にいた冒険者たちは身を引き締めた。すでに他県との調整も終わり、ランクの高い冒険者たちの派遣が決定している。
相川は自分の手に目を向けた。かすかにだが、小刻みに震えている。
――やっぱり怖いのかな……いや、武者震いってやつだ!
拳を握り込み、相川は笑みを浮かべる。久しぶりに入るA級ダンジョン。必ず攻略してやる、と改めて決意を固めた。
◇◇◇
雅也が村役場に出勤すると、いつもの
「また、なにかあったんですか?」
雅也が
「山梨にA級ダンジョンが発見されたんですよ。いま役場はその話で持ちきりです」
「ああ、相川さんが言ってたダンジョンか。見つかったんですね。どこにあったんですか?」
「七ッ石山の
「ええっ!?」
七ッ石山は自宅の裏手にある山だ。そこにあったのがA級ダンジョンなら、まさに雅也が潜っていたダンジョンがそれということだろう。
――あのダンジョン、A級だったのか……序盤は弱いモンスターしかいなかったけど、もっと奥に行ったら強いのが出て来たってことか。危なかったぁ。
雅也は一人で身震いする。確かに骸骨騎士はかなり強かったな、と今更ながら思い至る。塚口が「どうかしたんですか?」と訊ねてきたので、雅也は「いや、なんでもないですよ」と誤魔化した。
なんにせよ、あのダンジョンは山梨支部の冒険者が攻略するだろう。
自分や湊崎にも声がかかるかもしれないが、A級ダンジョンではきっと足手まといになる。願わくば加賀や相川、大野などのベテラン勢に任せたいところだ。
雅也は役場での仕事をテキパキと熟し、急いで家路についた。
大丈夫だと思うが、家の近くに強力なモンスターがいるのだ。真紀を一人にはさせられない。
自分は冒険者である前に、娘を守る一人の父親なのだから。