カイトは剣を振るう。周囲に冷気が飛散し、ダイヤモンドダストが舞い散る。
レイスの黒い
槍を下段に構えた山神が前に出た。
「調子に乗るなよ!」
突き出した槍の穂先から、渦巻いた〝風〟が放たれる。風は荒れ狂う龍のようにレイスに襲い掛かるも、敵はまたしても煙となって消えてしまう。
カイトたちは周囲を見回し、相手の姿を探した。
どこから襲ってくるか分からないが、攻撃する際は実体化するはずだ。
数秒が経つと山神の後ろに白い煙が渦巻く。予想通り、大鎌を振り上げたレイスが姿を現した。
カイトと宮本が駆け出す。
山神はなんとか気づき、レイスの攻撃を紙一重でかわした。大鎌が地面に刺さり、床に長い亀裂が走る。
あんな攻撃を受けたら一溜まりもない。カイトは距離を取って攻撃しようと考え、剣を引いて何度も中空を斬りつけた。
冷気の斬撃が
カイトは唇を噛んで悔しがる。だが、その間に距離を詰めていた宮本が、燃え盛る拳でレイスを殴りつけた。
顔面に炸裂し、レイスは壁際まで飛んでいく。
すぐに体勢を立て直したため、それほど効いてはいないのだろう。それでも、初めて通った攻撃。
――いける! 隙さえ突ければ、あいつを倒すことはできる!!
カイトは剣を構えて走り出す。レイスも大鎌を構えたが、まともにぶつかろうとはしなかった。
煙となって姿を消し、別の場所に移動する。
どこだ!? 今度はどこに行った? カイトが振り返ると、山神の真上にレイスが現れた。
「山神さん!!」
カイトが叫ぶも、山神の反応は遅れた。容赦なく振り下ろされた鎌で肩口を斬り裂かれ、血を流して後ろに下がる。
助けに行った宮本が大鎌を殴り飛ばすと、レイスはそのまま後ろに下がり、消えてしまった。カイトと宮本は山神に駆け寄る。
致命傷ではないものの、重傷であることに間違いない。
カイトは埼玉支部の中川に向かって叫ぶ。
「中川さん! 回復魔法をお願いします!」
攻略隊の中で唯一、回復魔法を使える冒険者。中川は「ああ、分かったよ」とこちらに駆けて来る。そんな中川の背後でレイスが顕在化した。
大鎌を横に薙ぎ、中川の背中を斬りつける。
「うわっ!?」
「中川さん!!」
カイトは剣を持って走り出す。冷気の斬撃を放つも、レイスは煙となって消えた。
くそっ!! と悪態をついて中川の元に駆け寄る。カイトはしゃがんで背中の傷を確認した。
かなり深い斬り傷。この傷では、まともに魔法を使うことはできないだろう。
カイトは
「まずい!」
山梨支部の人間が落ち着かせようとしているが、パニック状態に
鉄扉は大きく開かれ、冒険者が我先にと外に飛び出す。
その背中をレイスが追いかけた。次々に冒険者を斬り裂き、いまにも扉の外に飛び出しそうだ。それだけは防がなければ!
カイトは山神をその場に残し、レイスに向かって走り出す。
ダンジョン・ブレイクには
もうひとつは、
それを防ぐために、ボスの討伐時は入口を守るための人員を配置しておくのが鉄則になっている。今回も同じように人員を配置していたが、入口を守っていた冒険者が早々に逃げてしまった。
このままでは逃げた冒険者を追って、レイスが外に出てしまう。
ダンジョン攻略において最悪の事態。なんとしても止めないと!! カイトは何重もの〝冷気の斬撃〟を放った。
レイスの背に当たる刹那――アンデッドは煙のように消えてしまう。
カイトは追いすがるも、レイスの速度には追いつけなかった。何人もの仲間が大鎌の餌食となり、洞窟内に悲鳴がこだまする。
A級ダンジョンの攻略は、完全なる失敗で幕を閉じた。
◇◇◇
役場で仕事をしていた雅也は時計に目をやる。午後五時前。そろそろ仕事も終わりだな、と考えていた時、フロアが
雅也は立ち上がり、生活支援課のオフィスを出た。
廊下の向こうで、塚口が別の課の職員と話をしている。雅也は辺りを見回しながら、塚口の元に歩み寄った。
「どうかしたんですか? 塚口さん。なにかあったんですか?」
振り返った塚口は「ああ、須藤さん! 大変なんですよ」といつもの調子で
「七ッ石山のダンジョン攻略! 失敗したらしいんです!!」
「ええ!?」
驚き過ぎて雅也は固まってしまった。ダンジョン攻略が失敗した? A級の冒険者を含む、充分な人員をそろえて攻略に臨んだはずなのに。
それなのに失敗したなんて……。
「冒険者の人たちはどうなったんですか?」
攻略には、山梨支部の相川や大野が参加している。彼らが無事かどうか気がかりだったが、塚口は目を閉じてかぶりを振る。
「分かりません。まだ詳しい情報は全然入ってきてないんですよ。ただ、県が緊急の避難命令を出すらしくて」
「避難命令!? 避難の範囲は?」
「丹波村山はもちろん、山梨県の広い範囲に出されるみたいです。正式な発表はいまからみたいですよ」
話を聞いた雅也はすぐに自分のデスクに戻り、スマホを手に取った。
一番心配なのは真紀の安全だ。いまは甲府の高校にいる。こっちに戻って来ないように伝えないと。
コール音が何度も鳴る中、早く出てくれ、と雅也は強く祈った。