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第38話 避難地域

『なに?』


 電話口から、不機嫌そうな声が返ってくる。雅也はとりあえず電話が繋がったことに安堵した。


「真紀、聞いてくれ。家の近くで発見されたダンジョンの攻略なんだけどな。どうも失敗したらしい。丹波山村周辺は避難地域になるから、今日は帰ってきちゃだめだ。たぶん、甲府に避難所ができる。役所や警察の人の言うことをよく聞いて、そっちに行ってほしい」


 一息にまくし立てた雅也だが、真紀からは反応がない。

 やはり、かなりの不安を感じたのだろう。ここは父親として、真紀を安心させるようなことを言わないと。

 雅也は一つ咳払いをし、話を続けた。


「真紀、安心してほしい。近隣から優秀な冒険者が集まってくるだろうし、お父さんも冒険者として村の人たちを守るつもりだ。モンスターがどれだけ出てきても、全部やっつけてやるからな! お父さんを信じなさい、真紀」


 けっこうかっこ良く言えたな、と自分で思っていると電話口の向こうで真紀が口を開く。


『カイト君は?』

「え?」

『そのダンジョン、カイト君も中に入ってたんだよね!? 失敗したってことは、カイト君が怪我をしたんじゃないの? お父さん、なにか知らない!?』

「え、いや、そこまで詳しくは知らないけど……」


 そう言えば、と雅也は思い返す。今回のダンジョン攻略に関し、東京から如月カイトが来てるというニュースが流れていた。

 真紀は大喜びしてダンジョンまで行くと言い出す始末。

 危ないから絶対ダメだ、と雅也が必死で止めたのだ。真紀に取っては父親より、カイトのほうが心配なのだろうか。

 若干、ショックを受ける雅也に対し、真紀は『もう、役場の公務員なのに、カイト君の安否も分からないなんて……』と愚痴を零す。

 雅也は気持ちを立て直し、「とにかく、真紀。自分の安全を最優先に考えてくれ。父さんからはそれだけだ」と付け足す。


「じゃあ、忙しくなるんで、これで切るな」


 真紀に断って通話を切ろうとすると、電話の向こうから小さな声が聞こえた。 


『……父さんは……なの』

「うん? なんだ?」

『だから、そっちのほうが危ないんでしょ! 丹波村山に残って、大丈夫なの?』


 雅也は言葉に詰まる。真紀が自分のことを心配してくれている。父親には無関心だと思っていたのに……。

 なんだか目頭が熱くなる。雅也は頭を振り、意識的に明るい声を出した。


「父さんは大丈夫だ。山梨の冒険者もこっちに来てるし、父さんだってちゃんと戦えるんだぞ! モンスターが襲って来ても、全部やっつけてやるさ」


 強気で言い切った雅也に対し、電話口の向こうにいる真紀は溜息を吐く。


『冒険者って……もう歳なんだから、お父さんなんてなんの役にも立たないよ。それぐらい分からないの?』

「そうかもしれない。でも、父さんには村の人たちを守るっていう役割があるんだ。役場のみんなだって、自分のできることを精一杯やるよ。大人には、それぞれが背負った責任ってものがあるからな」


 真紀は小さな声で『バカみたい』とつぶやき、電話を切った。

 子供は子供なりに、親を心配しているということか。少し嬉しくなった雅也だが、団野の「みなさん、こっちに集まって下さい!」という声を聞いて顔を引き締める。 住民の避難計画についての話だろう。

 雅也はスマホをポケットに仕舞い、駆け足で団野の元に向かった。


 ◇◇◇


 県からの要請を受け、村役場はてんてこ舞いとなる。

 村にはたくさんの高齢者がおり、全員を村の外に連れ出すのは現実的ではなかった。甲府市や山梨市にも避難所は設置されたようだが、住民を守るための冒険者が圧倒的に不足している。

 国は警察や自衛隊の派遣も検討しているらしい。

 ある程度、時間が経てばなんとかなるかもしれないが、直近の安全をどうやって確保するかが課題になっていた。


「県外に逃げられない住民の方は、役場に集まってもらうことになりました。いま警察や自治体の方が高齢者を迎えに行っていますので、みなさんは役場で迎える準備をして下さい!」

「「「はい!」」」


 団野の号令に従い、生活支援課の面々は準備に取りかかる。雅也も受け入れ準備を手伝おうとすると、団野に声を掛けられた。


「須藤さん、ちょっといいですか」

「はい、なんでしょう」

「須藤さんはプロの冒険者でもありますから、役場の仕事ではなく、冒険者として役場の警護をお願いできませんか?」

「それは……もちろん構いませんが、私だけでは大して役に立たないと思いますよ」


 市中に放たれたのはA級ダンジョンのモンスターだ。弱いものならともかく、奥にいる強いモンスターでは手に余るだろう。

 轟雷覇王撃などのスキルは強力だが、こんなところで使えば周りにも被害が出てしまう。人がいる場所では到底使えない。

 そんな不安を抱く雅也に対し、団野はやさしく話し掛ける。


「大丈夫ですよ、須藤さん。山梨の冒険者協会から、別の冒険者の方が派遣されてきますし、近くの警察署からも応援が来ます。須藤さんだけに負担を掛けることはありません。須藤さんは役場側の人間として、冒険者や警察の方々と一緒にここを守って下さい。どうか、お願いします」


 真剣な眼差しで頼んでくる団野に、雅也は口を結び、深々と頷く。


「分かりました。私にできることを精一杯やります。警備に関することは、私に任せて下さい!」


 力強く応えた雅也は、住民の避難を手伝いつつ、やって来た冒険者と警護態勢について話し合う。

 問題なのは冒険者の人数だ。村役場に来た冒険者はわずか三名。

 しかもD級の冒険者だ。ランクの高い冒険者はA級ダンジョンの攻略に参加しているため、ランクの低い冒険者しかいないのは仕方ない。

 近県も冒険者を攻略隊に出しているので、対応に苦慮しているようだ。


 ――だとすると、相川さんたちが戻って来るまで耐えるしかないか。


 攻略隊がどうなったのか、詳しいことは分かっていない。それでも加賀や相川、大野が死んだとは思えない。きっと戻って来る。きっと。

 その後も車などの足を持たない高齢者が次々と村役場に集まってきた。

 雅也は派遣されてきた警察官と合流し、全員で役場の警備にあたる。

 日はすっかりと暮れて、辺りは夕闇に包まれる。役場の外を見回っていた雅也は、足を止めて自分の手を見た。


 ――水魔法の使い方は、だいぶうまくなってる。弱いスケルトンぐらいなら、何体来ようと絶対に倒せるはずだ。


 雅也は自信を深め、周囲の見回りを再開した。

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