雅也が声を上げると、湊崎は驚いた表情を見せる。
「須藤さん! どうしてここに……」
雅也は剣を構えて前に出た。
水流剣を交差して構え、クロスした〝水の刃〟を放つ。さらに威力の増した斬撃は、鎧ごとスケルトンの腕を粉砕する。
道路に突っ伏すモンスターを
「湊崎さん、避難所から来たんですか?」
「え? あ、はい。山梨県庁の別館を警備してたところに、このスケルトンが現れたんです。警備隊が追い払ったんですけど、放っておけば被害が広がりますから、私たちが追って来たんです」
「そうだったんですね」
避難所に女子高生がいるか聞きたかったが、その前に鎧のスケルトンが起き上がってきた。粉砕した前腕の一部が再生している。
――完全に破壊しないとダメなのか。だったら徹底的にやるまでだ。
「湊崎さん、このスケルトンは魔法じゃないと倒せないらしいです。私が戦いますから、みなさんは下がってください!」
「え? でも……」
湊崎は
「大丈夫です。これぐらいのモンスターなら、私一人でなんとかなりますから」
雅也は地面を蹴り、牙を剥く動物型のスケルトンに突っ込んだ。
◇◇◇
須藤が一人で戦おうとしている。湊崎は戸惑った。
確かに自分は攻撃魔法を使えないが、一緒に来た冒険者は炎や風などの攻撃魔法を使うことができる。ここは一緒に戦うべきだ。
他の冒険者に「私たちも行きましょう!」と発破をかけ、走り出そうとした瞬間、轟音が辺りに響く。
巨大な水柱が噴き上がり、スケルトンを吹っ飛ばしていた。
宙に舞ったスケルトンに向かって、須藤さんはいくつもの〝水の刃〟を放つ。刃は銀の鎧を砕き、骨を切り裂く。
並の攻撃魔法ではすぐに再生してしまうのに、水の刃に斬られた骨は元の状態に戻らなかった。スケルトンは道路上に叩きつけられ、藻掻きながらも起き上がろうとする。だが、すでに四肢を失い、立ち上がることはできない。
ゆっくりとスケルトンに近づいた須藤は、水の剣を高々と振り上げる。
斬りつけた剣は地面で弾け、モンスターの骨を粉々に砕いた。
敵は動くことなく、そのまま煙となって消えてしまう。湊崎は背中にゾワリと悪寒が走った
――強すぎる。相川や大野さんと同じくらい……いえ、ひょっとしたらそれ以上なんじゃ……。
この鎧のスケルトンは、C級の冒険者を含む数人でやっと追い払うことができたモンスター。一人で倒すなんて考えられない。
「須藤さん、大丈夫ですか? 怪我とかは……」
湊崎が声をかけると、須藤は振り返り、ニッコリと微笑む。
「ああ、大丈夫ですよ。これくらいのモンスターなら、私でも倒せます。それより避難所に行きましょう。また襲撃に遭うかもしれませんし」
「え、ええ……そうですね。分かりました」
湊崎は多少のわだかまりを覚えたが、胸の奥にしまい込み、須藤と一緒に避難所に戻ることにした。
◇◇◇
雅也は走りながら、湊崎に視線を向ける。
「湊崎さん。避難所に、女子高生とかはいませんでしたか?」
「女子校生……ですか?」
怪訝な顔をする湊崎を見て、雅也は慌てて説明する。
「あの、実は娘が甲府で避難していて……できれば娘の元に行きたいんです」
「娘さんですか! それは心配ですね。ただ、県庁の別館に学生はいなかったと思います。避難所はたくさんありますから、いま探すのは大変かもしれません」
「そうですか……」
雅也は表情を曇らせる。電話が通じにくくなった時点で覚悟はしていたが、やはり、真紀の元に行くのは難しそうだ。
どうしたものかと悩んでいると、
「あの……甲府市役所なら学生が多くいたはずです。娘さんの学校かどうかは分かりませんが、可能性はあるんじゃないでしょうか?」
「え?」
話し掛けてきたのは三十代ほどの男性冒険者。サラリーマンのようにスーツを着込んでいるが、ベルトに刀のような武器を差している。
そのアンバランスさに不思議な印象を受けた。
「すいません、お二人のお話が聞こえてきたもので……ただ、私も娘がいるので気持ちは分かります。市役所はここから近いですから、すぐに行って下さい」
力強い言葉に後押しされ、雅也は「ありがとうございます!」とお礼を言い、湊崎に視線を向けた。
「湊崎さん、私は市役所に向かいます。こちらの警備に加われなくて申し訳ありませんが、娘のいる避難所を守りたいです。すいません」
「いえ、全然いいですよ。娘さんのところに行ってあげて下さい。市役所はこの通りをまっすぐ進んだ左手にあります。行けば分かるはずです!」
湊崎が指差した方向を見る。無人の車が何台か乗り捨てられている大きな通り。
雅也は湊崎たちに一礼し、方向を変えて大通りを進む。しばらく走っていると、左手に大きな建物が見えてきた。
前面ガラス張りの綺麗な庁舎。日本最大級の太陽光パネルが三階の屋上に設置され、十階の屋上は緑化されている。
自然に考慮した造りだと聞いたことがある。
庁舎の入口に回り込もうとした時、すぐ近くに二体の人型スケルトンがいた。雅也は水流剣を生み出し、スケルトンに向かって走る。
相手も気づいたようだが、雅也は一手速く攻撃した。
一瞬で二体のスケルトンはバラバラになり、コンクリートの上に散らばる。骨の欠片は煙となって消えていく。
この程度のモンスターなら、いくらでも倒せる。
雅也は自信を深め、市役所の中に入ろうとした。すると、エントランスから大きな悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!?」
目を向ければ、一階のホールを抜け、大勢の人がこちらに向かって走って来る。
その後ろからは数体の動物型スケルトンが迫っていた。すでに敵の侵入を許していたんだ!
振り向けば、いつの間にか多くの人型スケルトンも集まっていた。
――どこからこんなに!?
雅也は入口扉を開け、一般市民に避難を
――この人たちを逃がすためにも、全部のスケルトンを倒さないと!
雅也が一歩踏み出すと、目の端になにかが映る。
空に黒い影があった。雅也が見上げて目を細めると、それがなにか分かった。
黒い外套を
丹波山村の役場で戦った死神スケルトンだ。
雅也は左手にも水流剣を持ち、空に浮かぶモンスターを睨んだ。