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第42話 強すぎる冒険者

 雅也が声を上げると、湊崎は驚いた表情を見せる。


「須藤さん! どうしてここに……」


 雅也は剣を構えて前に出た。

 水流剣を交差して構え、クロスした〝水の刃〟を放つ。さらに威力の増した斬撃は、鎧ごとスケルトンの腕を粉砕する。

 道路に突っ伏すモンスターを一瞥いちべつし、雅也は湊崎に目を向けた。


「湊崎さん、避難所から来たんですか?」

「え? あ、はい。山梨県庁の別館を警備してたところに、このスケルトンが現れたんです。警備隊が追い払ったんですけど、放っておけば被害が広がりますから、私たちが追って来たんです」

「そうだったんですね」


 避難所に女子高生がいるか聞きたかったが、その前に鎧のスケルトンが起き上がってきた。粉砕した前腕の一部が再生している。


 ――完全に破壊しないとダメなのか。だったら徹底的にやるまでだ。


「湊崎さん、このスケルトンは魔法じゃないと倒せないらしいです。私が戦いますから、みなさんは下がってください!」

「え? でも……」


 湊崎は躊躇ためらいを見せたが、攻撃魔法を持たない以上、戦わせるのは危険だ。雅也は水流剣を両手に持ち、鎧のスケルトンと相対する。


「大丈夫です。これぐらいのモンスターなら、私一人でなんとかなりますから」


 雅也は地面を蹴り、牙を剥く動物型のスケルトンに突っ込んだ。


 ◇◇◇


 須藤が一人で戦おうとしている。湊崎は戸惑った。

 確かに自分は攻撃魔法を使えないが、一緒に来た冒険者は炎や風などの攻撃魔法を使うことができる。ここは一緒に戦うべきだ。

 他の冒険者に「私たちも行きましょう!」と発破をかけ、走り出そうとした瞬間、轟音が辺りに響く。 

 巨大な水柱が噴き上がり、スケルトンを吹っ飛ばしていた。

 宙に舞ったスケルトンに向かって、須藤さんはいくつもの〝水の刃〟を放つ。刃は銀の鎧を砕き、骨を切り裂く。

 並の攻撃魔法ではすぐに再生してしまうのに、水の刃に斬られた骨は元の状態に戻らなかった。スケルトンは道路上に叩きつけられ、藻掻きながらも起き上がろうとする。だが、すでに四肢を失い、立ち上がることはできない。

 ゆっくりとスケルトンに近づいた須藤は、水の剣を高々と振り上げる。

 斬りつけた剣は地面で弾け、モンスターの骨を粉々に砕いた。

 敵は動くことなく、そのまま煙となって消えてしまう。湊崎は背中にゾワリと悪寒が走った


 ――強すぎる。相川や大野さんと同じくらい……いえ、ひょっとしたらそれ以上なんじゃ……。


 この鎧のスケルトンは、C級の冒険者を含む数人でやっと追い払うことができたモンスター。一人で倒すなんて考えられない。


「須藤さん、大丈夫ですか? 怪我とかは……」


 湊崎が声をかけると、須藤は振り返り、ニッコリと微笑む。


「ああ、大丈夫ですよ。これくらいのモンスターなら、私でも倒せます。それより避難所に行きましょう。また襲撃に遭うかもしれませんし」

「え、ええ……そうですね。分かりました」


 湊崎は多少のわだかまりを覚えたが、胸の奥にしまい込み、須藤と一緒に避難所に戻ることにした。


 ◇◇◇


 雅也は走りながら、湊崎に視線を向ける。


「湊崎さん。避難所に、女子高生とかはいませんでしたか?」

「女子校生……ですか?」


 怪訝な顔をする湊崎を見て、雅也は慌てて説明する。


「あの、実は娘が甲府で避難していて……できれば娘の元に行きたいんです」

「娘さんですか! それは心配ですね。ただ、県庁の別館に学生はいなかったと思います。避難所はたくさんありますから、いま探すのは大変かもしれません」

「そうですか……」


 雅也は表情を曇らせる。電話が通じにくくなった時点で覚悟はしていたが、やはり、真紀の元に行くのは難しそうだ。

 どうしたものかと悩んでいると、併走へいそうしていた冒険者の一人が声を掛けてきた。


「あの……甲府市役所なら学生が多くいたはずです。娘さんの学校かどうかは分かりませんが、可能性はあるんじゃないでしょうか?」

「え?」


 話し掛けてきたのは三十代ほどの男性冒険者。サラリーマンのようにスーツを着込んでいるが、ベルトに刀のような武器を差している。

 そのアンバランスさに不思議な印象を受けた。


「すいません、お二人のお話が聞こえてきたもので……ただ、私も娘がいるので気持ちは分かります。市役所はここから近いですから、すぐに行って下さい」


 力強い言葉に後押しされ、雅也は「ありがとうございます!」とお礼を言い、湊崎に視線を向けた。


「湊崎さん、私は市役所に向かいます。こちらの警備に加われなくて申し訳ありませんが、娘のいる避難所を守りたいです。すいません」

「いえ、全然いいですよ。娘さんのところに行ってあげて下さい。市役所はこの通りをまっすぐ進んだ左手にあります。行けば分かるはずです!」


 湊崎が指差した方向を見る。無人の車が何台か乗り捨てられている大きな通り。

 雅也は湊崎たちに一礼し、方向を変えて大通りを進む。しばらく走っていると、左手に大きな建物が見えてきた。

 前面ガラス張りの綺麗な庁舎。日本最大級の太陽光パネルが三階の屋上に設置され、十階の屋上は緑化されている。

 自然に考慮した造りだと聞いたことがある。

 庁舎の入口に回り込もうとした時、すぐ近くに二体の人型スケルトンがいた。雅也は水流剣を生み出し、スケルトンに向かって走る。

 相手も気づいたようだが、雅也は一手速く攻撃した。

 一瞬で二体のスケルトンはバラバラになり、コンクリートの上に散らばる。骨の欠片は煙となって消えていく。

 この程度のモンスターなら、いくらでも倒せる。

 雅也は自信を深め、市役所の中に入ろうとした。すると、エントランスから大きな悲鳴が聞こえてきた。


「なんだ!?」


 目を向ければ、一階のホールを抜け、大勢の人がこちらに向かって走って来る。

 その後ろからは数体の動物型スケルトンが迫っていた。すでに敵の侵入を許していたんだ!

 振り向けば、いつの間にか多くの人型スケルトンも集まっていた。


 ――どこからこんなに!?


 雅也は入口扉を開け、一般市民に避難をうながす。しかし、このままではスケルトンに囲まれてしまう。雅也は水流剣を右手に持ち、迫ってくるモンスターを睨む。


 ――この人たちを逃がすためにも、全部のスケルトンを倒さないと!


 雅也が一歩踏み出すと、目の端になにかが映る。

 空に黒い影があった。雅也が見上げて目を細めると、それがなにか分かった。

 黒い外套をまとい、大きな鎌を持つモンスター。上空に揺蕩たゆたい、こちらを悠然と見下ろしている。

 丹波山村の役場で戦った死神スケルトンだ。

 雅也は左手にも水流剣を持ち、空に浮かぶモンスターを睨んだ。

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