「大丈夫か? 真紀」
「う、うん……」
真紀の手を引いてなんとか立たせる。困惑したように顔を
「真紀、ここはお父さんがなんとかする。お前はすぐに避難しなさい」
「なんとかするって……」
なにか言いたげな真紀だったが、雅也は耳を傾けず、隣に立つ友人の立花美鈴に目を向ける。
「立花さん、真紀のことを頼む。近くにある県庁別館の避難所なら、私の知り合いの冒険者もいる。そこならきっと安全だよ」
「は、はい……」
立花は怯えた表情で頷く。こんな状況だ。冷静に対応しろと言うほうが無理だろう。雅也は振り返って死神の様子を見る。
地面に倒れていたが、すぐに起き上がり、鎌を構えてこちらを睨む。
やる気は満々のようだ。雅也は真紀と立花を見て大声で叫ぶ。
「さあ行って! 振り返らず、全力で走るんだ!!」
雅也の声でビクッと肩を震わせた二人だが、立花は「は、はい!」と答え、真紀も「分かったよ」と応じて走り出した。
遠ざかっていく二人を見送りながら、雅也は深く息を吐いた。
目を向ければ、死神は高く舞い上がり、大鎌を高々とかかげる。
コンクリートの上に、いくつもの魔方陣が浮かび上がった。光の中から何体ものスケルトンが湧き出し、ゆっくりと向かって来る。
雅也は両手に〝水流剣〟を持ち、
「さあ来い! ここから先は、一歩も通さないぞ!」
◇◇◇
真紀は息を切らしながら必死に走った。
市の庁舎から逃げ出した人たちは、それぞれバラバラに走っていたが、真紀と美鈴は県庁舎の別館に向かっていた。
そこに行くよう、父親に諭されたからだ。
真紀は振り返って市の庁舎に目を向ける。もう、父親の姿は見えない。あの怪物と本当に戦っているんだろうか?
――もういい歳なのに……本当に冒険者になるなんて……。
不安な気持ちを押し殺し、真紀は大通りをまっすぐに走った。県庁舎の別館が見えてくると、入口前に人が何人か立っている。
見れば剣などの武器を持ち、鎧を着込んだ者もいた。
冒険者だ! 父親が言っていた冒険者がいるかもしれない。真紀は息を切らしながら女性の冒険者に歩み寄る。
「あ、あの……」
「大丈夫ですか!? ここは安全だから、安心して下さい」
優しく声を掛けてくれた長い黒髪の女性。真紀と美鈴は立ち止まり、呼吸を整えてから口を開く。
「父が……父が甲府市役所で怪物と戦ってるんです! すぐ助けに行って下さい!」
女性は目を見開き、驚いた表情をする。
「ひょっとして、須藤さんの娘さんですか?」
「は、はい! そうです」
父の知り合いだ。本当に父を知ってる冒険者がいた。真紀は市役所に骸骨の怪物が現れ、多くの人が逃げ出したことを伝える。
女性の後ろからは他の冒険者も集まってきた。
「話は分かりました。私たちが応援に向かいますから、二人は建物の中に避難して下さい」
女性はそれだけ言うと、何人かの冒険者と共に市役所に向かった。
あの人たちで大丈夫だろうか? と真紀は不安になったが、隣にいた美鈴は興奮した様子で顔を上気させていた。
「かっこいいよね、あの人。女の人なのに冒険者って……なんか憧れちゃう」
「確かにそうだけど……」
「それに、真紀のお父さんもかっこよかったよ!」
「え?」
突然、美鈴に言われ、真紀は動揺する。
「だって、私たちを助けてくれたんだよ! あの怪物をぶん殴って、『うちの娘に手を出すな!!』って叫んでたじゃない。ホントにかっこ良かったな~」
「そ、そんなこと……別にないよ」
真紀は顔を真っ赤にして反論した。父親が冒険者を始めたことは美鈴にも伝えていたが、それは自慢するためではない。いい歳したおっさんがなにしてるんだか、と呆れながら愚痴っていたのだ。
父親が遊び半分で冒険者をやるなど、子供に取ってはいい迷惑だ。
そう思っていたのに――父親に助けてもらった瞬間、いいようのない安心感に包まれた。いつも見ていた背中が、あんなに大きく感じるなんて。
真紀は市役所の方角に目をやり、胸に手を当てる。
――お願い、お父さん。無事でいて……。
◇◇◇
雅也は目の前に立つスケルトンたちを睨む。
三十体はいるだろうか。無数の魔方陣からわらわらと現れた人型のスケルトン。上空にいる死神は動こうとしない。
――召喚したモンスターで私を倒すつもりか! 上等だ!!
スケルトンが一斉に駆け出し、向かって来た。雅也も剣を構え、地面を蹴って走り出す。
体が軽い。足もさらに速くなっている。体が魔力に慣れてきたのかもしれない。 スケルトンが手を伸ばして襲って来るが、どれもこれも緩慢な動きに見える。
雅也は両手に持った水流剣を思うがままに振るった。
骨が砕け、破片が宙を舞う。水の剣身を長くすれば、離れた場所にいるスケルトンも斬ることができた。
あっと言う間に三十体のスケルトンを倒す。
だが、砕けた骨は空を飛び交い、合体して巨大な人型スケルトンになる。空に浮かぶ死神は、誇らしげな様子でこちらを見下ろす。
――その自信、すぐに打ち砕いてやる!
雅也は手を上にかかげ、意識を集中した。頭上に水の玉が生まれ、徐々に大きくなっていく。直径二メートル以上になった水球はパアッンと破裂し、空を渦巻き細長い形に変わった。
それは中国の絵巻に出てくるような巨大な龍。
雅也が手を振るうと、龍は大きな口をガバリと開け、巨人なスケルトンに向かっていった。
巨人の腕に噛みついた龍は腕を砕き、そのままスケルトンの体に突っ込んだ。