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第2話 剣の魔法少女

「ま、マジか」

 牧原は、頭の中が真っ白になる。

「いったい何が起きているんだ」

 高校生を殺したモンスターは、今度は牧原に標的を変える。倒した高校生へ向いていた体をゆっくり牧原の方へ向けた。そして、走り出すと、牧原への鎌の形をした左手を振り下ろす。


 牧原は、ほとんど反射的に振り下ろされた鎌の形をした左手を左に避けた。すると右手の鎌が横から来るのを背後に上体を逸らしながら後ろに下がる。攻撃を避け切ると背後にジャンプし、距離を取った。


 モンスターの攻撃は決して遅くない。少なくとも倒された高校生が、対処できない程度には。それが、右手、左手の二連攻撃で来るのだ。よっぽど訓練を積んていなければ避けるのは難しい。


 牧原は、運動不足のサラリーマンの中年男である。本来の姿のままなら、最初の鎌の一撃すら、何されたのかわからず、殺されていただろう。しかし、魔法少女に変身した今は、鎌による攻撃を完全に目視で認知し、鎌より素早い動きで避けることができる。自覚していないが、認知能力が向上しておりモンスターのわずかな初動動作から動きを先読みして対処するのをほとんど反射で行っていた。だから余裕で避けられるのだ。


 避けてばかりでは、攻撃され続ける。攻撃しなければと思い、モンスターに蹴りを入れた。

「いった~。全然効かないじゃん」

 蹴りの威力も、変身前よりかなり強化されてはいるが、人間の蹴りではたいしてダメージを与えることはできない。


 なんとか距離を取って逃げなきゃ。

 攻撃以外は、モンスターは意外とトロい。モンスターの間合いから離れることができれば逃げ切れる。


 牧原はそう思っていたが、何気に戦闘慣れしているのかモンスターの間合いから逃れられない。


 すると突然、牧原の斜め後ろから、超速いスピードで走って来る魔法少女がいた。


 これが敵だったら、僕死んでるな。敵じゃなくて良かった。


 そう思った。魔法少女の動きは牧原よりはるかに速く。そして、殺気は牧原ではなくモンスターへ向いていた。

 魔法少女は手に持っていた剣で、モンスターに一太刀浴びせる。

 モンスターは血飛沫を上げてあっさり倒れ、地面に血が流れた。


「大丈夫かい?」

 魔法少女が聞いた。

「ええ。大丈夫です」

 牧原は、凛々しい魔法少女に見惚れた。

 魔法少女は、長い黒髪で、毛先を紐で結わえている。薄い水色の和装のような服で、白い足袋のような靴下に黒い草履のようなサンダルを履いていた。隙が無く、ビシッとして、様になっている。

「君は一体……」

 牧原が言いかけると、魔法少女は殺された高校生の元へ行く。

「助けられなくて、ごめんな」

 そう言うと、魔法少女は手を合わせる。そして、倒したモンスターの元へやって来て足でひっくり返す。

 モンスターの死体の額には、楕円形の石が付いていた。


 牧原は、元焼肉屋のおばちゃんのモンスターを思い出す。確か同様に額に石があった。

「元人間だ」

 魔法少女の言葉に牧原は驚く。そして脳裏に焼肉屋のおばちゃんが、目視できない鳥が落とした石をキャッチした後にモンスターに変ったのを思い出す。

「元人間って、空から降ってきた石をキャッチしてモンスターに変わったってこと?」

「そう言う事だよ」

「どうしてそんなこと分かるの?」

「額に石が付いているのは、元人間の証。魔法石の成れの果てだ。君も魔法少女なんだから、持っているだろ魔法石。魔法石はある特定の人間を魔法少女にするけど、ある特定の人間はモンスターにするんだよ」

 牧原は、ギクリとする。

「僕もモンスターに成る可能性があるってこと?」

 牧原は恐る恐る聞いた。

「君は魔法少女に成る側でしょ」

「え?」

 牧原はまだ自分が魔法少女に成っていることに気付いていない。

「一度でも魔法少女になるとモンスターには絶対にならない。だから魔法少女に変身した君は、モンスターになる心配はないよ」

 牧原は絶句する。『魔法少女に変身した君』と言われたからである。自分の着ていた服とは違う服になっていたのは、袖や襟を見てわかっていた。しかし、自分の姿の全容は知らなかったからである。

「魔法石を手にすると魔法少女になる条件とモンスターになる条件があるんだろうけど、今のところその条件がわかっていない」

 魔法少女の説明を聞きながら、牧原は十字路のカーブミラーに映っている自分の姿を見る。

 カーブミラーの為、高い位置にあり、しかも歪んで見えるが、自分の姿が魔法少女のような姿になっているのはわかる。

 そんなショックな状況だが、落ち込んでいる暇はなかった。

 嫌な臭いがあたりに広がったからだ。魔法少女が、モンスターの死体から額の石を取った。すると、モンスターの死体は、ゲル状になって地面に流れ、悪臭を放った。

「元人間のモンスターの死体から魔法石の残骸を取り除くとこうなるんだ」

 魔法少女は、牧原に石を渡す。

 牧原は、受け取った魔法石を掌に載せてみると、魔法石から感じるエネルギーを感じた。もちろん牧原を変身させる魔法石に比べるとほんのわずかだ。ポケットからティシュを取り出すと、包んでポケットに入れた。

「魔法石って何ですか?」

 牧原が聞いた。

「君も持っているはずだけど」

 魔法少女は、ポケットから綺麗な石を取り出し、掌の上に乗せて、牧原に見せる。

「運が良いと君のような魔法少女になり、運が悪いとこれみたいになる」

 魔法少女はゲル状の物を指差した。

 焼肉屋のおばちゃんがモンスターになった理由がわかった。

 牧原は、朝のテレビのニュースを思い出す。

「最近、池袋周辺で殺人事件が頻発していることと関係しているのか?」

「証拠はないけど、たぶんそうだと思うよ」

 牧原は驚く。

「驚いている所悪いんだけど、用がないなら帰った方が良いよ。モンスターが増えているから」

「近所のスーパーで買物したいんだけど」

「ボディガードが必要なら付いて行ってあげるよ。その代わり奢ってよ」

「背に腹は代えられない。頼むよ。僕は牧原って言います。君は?」

「霧島です」

「魔法少女なのに、平凡な名前なんだね」

「あのね。魔法石で変身しているけど、中身は普通の高校生だからね」

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